AI(人工知能)が設計した半導体チップが、設計時間とコストを大幅に削減する可能性を示す研究成果が発表された。しかし、AIが生み出す複雑な設計は、人間には理解できないという課題も浮上している。
AI設計チップとは?
現代社会において、半導体チップはスマートフォンから自動車、医療機器まで、あらゆる電子機器に不可欠な存在である。より高性能で効率的なチップを迅速に開発するため、半導体業界では常に革新的な設計手法が求められている。近年注目されているのが、AIを活用したチップ設計である。
米・プリンストン大学の研究チームは、AIの一種であるConvolutional Neural Network(畳み込みニューラルネットワーク、CNN)を用いて、無線チップの設計を自動化する研究を行った。
人間には理解不能?AIによる複雑なチップ設計
従来のチップ設計は、人間が長年の経験と知識に基づき、回路や電磁気素子を一つ一つ手作業で論理的に積み重ねていく、いわば職人的なプロセスであった。エンジニアは、綿密な計算とシミュレーションを繰り返し、信号の流れや回路の動作を意図通りに制御できる、秩序だった構造を構築してきた。しかし、AI、特にCNNを活用した設計は、これまでの設計手法とは根本的に異なるアプローチを採用する。
AI設計の中核となるのは、bottom-up design(ボトムアップ設計)、またはinverse design(逆設計)と呼ばれる手法である。これは、まずチップに求める性能や機能、例えば「特定の周波数帯で効率的に動作する無線チップ」といった目標を定義する。そして、AIは与えられた目標を達成するために、制約条件の中で最適なチップ構造を自律的に探索する。この探索プロセスは、人間のように論理的な思考や経験則に頼るのではなく、膨大な設計空間を徹底的に探索し、試行錯誤を繰り返すことで行われる。
その結果、AIが生成するチップ設計は、従来の設計とは大きく様相が異なる。人間のエンジニアが設計するチップは、回路図を見ただけで、ある程度その動作原理や信号の流れを推測できる、整然とした構造を持つことが多い。しかし、AIが生成する設計は、一見すると無秩序で、複雑に入り組んだ形状をしている。まるで自然界の複雑な形状、例えば樹木の枝分かれや血管のネットワークのように、人間には直感的に理解することが難しいのだ。
インド工科大学マドラス校のUday Khankhoje准教授は、AIが生み出す設計を「奇妙でランダムな形状に見える」と表現する。また、プリンストン大学のKaushik Sengupta教授も、「人間は本当にそれらを理解することはできませんが、それらはより良く機能する可能性があります」と述べている。
なぜAIは、人間には理解困難なほど複雑な設計を生み出すのだろうか。それは、AIが人間とは異なる「設計の文法」を持っているためと考えられる。人間は、過去の経験や知識、そして論理的な思考に基づいて設計を行う。そのため、どうしても既存の設計パターンや、人間が理解しやすい構造に偏りがちになる。
一方、AIは制約条件と目標のみを与えられ、設計空間を自由に探索することができる。そのため、人間には思いもよらない、しかし目的を達成するためには最適化された、複雑で革新的な構造を生み出すことが可能になるのだ。Sengupta氏らは、人間が既存の設計テンプレートに縛られていることが、チップ設計の制約になっていると指摘する。AIを活用することで、人間では思いつかない斬新な設計パラダイムが生まれ、設計の可能性が大きく広がると期待されている。
Sengupta氏は、声明で次のように述べている。「古典的な設計では、回路と電磁気素子を注意深く、一つ一つ組み合わせて、チップ内で信号が意図した方向に流れるようにします。構造を変化させることで、新しい特性を組み込むことができます。以前は、これを行う方法は限られていましたが、現在では選択肢が大幅に増えています」。
設計時間とコストを大幅削減
AIによるチップ設計は、設計時間とコストを大幅に削減できる可能性がある。従来、数週間を要していた無線チップの設計が、AIを用いることで数時間に短縮されることが研究で示唆されている。
Khankhoje准教授は、「この新しい技術は効率性を提供するだけでなく、エンジニアの能力を超えていた設計課題への新しいアプローチを解き放つことを約束します」と述べている。
AIは、複雑な電磁気構造と回路を統合した無線チップの設計を、人間には直感的に理解できない、奇妙でランダムな形状で生成する。しかし、これらのAI設計チップは、既存の最良のチップを凌駕する性能を示すことが頻繁にあると報告されている。
AIと人間の協調による未来のチップ設計
AIが生成する複雑なチップ設計は、設計時間とコストを大幅に削減し、高性能なチップ開発を加速する可能性を秘めたものだ。しかし、同時に、人間がその設計を完全に理解できないという課題も存在する。チップの動作原理がブラックボックス化することで、予期せぬ不具合や脆弱性の発見が遅れるリスクや、チップの修理や改良が困難になる可能性も指摘されている。Sengupta氏らは、AIが現実にはありえない構成を提案したり、誤った情報を生成する「ハルシネーション」を起こす可能性を指摘する。そのため、AIによる設計には、人間の監視と修正が依然として不可欠だ。
Sengupta氏は、「重要なのは、人間の設計者をツールに置き換えることではありません。重要なのは、新しいツールで生産性を向上させることです。人間の精神は、新しいものを創造したり発明したりすることに最も適しており、より平凡で実用的な作業はこれらのツールに任せることができます」と述べている。
AI設計チップの普及には、まだ多くの課題が残されている。しかし、AIと人間が協調することで、これまで想像もできなかった高性能チップが、より迅速かつ低コストで開発される未来が近づいていることは間違いない。
論文
- Nature Communications: Deep-learning enabled generalized inverse design of multi-port radio-frequency and sub-terahertz passives and integrated circuits
参考文献
- Princeton Engineering: AI slashes cost and time for chip design, but that is not all
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