AIブームが過熱する中、その実態には予想以上に大きな課題が存在することが明らかになった。Goldman Sachsの最新調査によると、AIの採用率は予想外に低く、利益もほとんど出ていない状況だという。この状況は、熱狂と現実のギャップを浮き彫りにするものだ。
低い採用率と収益性の課題が浮上
Goldman Sachsのレポートによると、同社のエコノミストは今後10年間でAIが米国の生産性を9%向上させ、GDP成長率を6.1%押し上げると予測しているが、MITのDaron Acemoglu教授は、AIの経済効果について慎重な見方を示していおり、AIが米国の生産性を0.5%、GDP成長率を0.9%押し上げるにとどまると予測している。
Acemoglu教授は、「現在のAI技術の焦点と構造を考えると、本当に変革的な変化は急速には起こらず、10年以内に起こる可能性は低い」と指摘している。教授は、AIが短期的に影響を与える業務プロセスの数は限られており、人間が現在行っているタスクの多くは複雑で、AIが近い将来大幅に改善することは難しいと考えている。
また、米国勢調査局のデータによれば、2023年9月から2024年2月にかけて、AIを利用している企業の割合は3.7%から5.4%に増加し、2024年秋までには6.6%に達すると予測されているが、その採用率は鈍化しており、依然として低水準にとどまっている。この緩やかな成長率は、多くの企業がAI導入に慎重な姿勢を示していることの表れだと言える。
さらに懸念されるのは、AIを活用して生産性向上を目指した企業の株価パフォーマンスが期待に反して低迷していることだ。Goldman Sachsの分析によると、H&R BlockやWalmartなどの企業の株価は、2022年終盤以降、広範な株式市場を大きく下回るパフォーマンスを示している。これは、AIへの投資が短期的には収益に結びついていないことを示唆している。
この状況について、Goldman Sachsのグローバル株式調査責任者であるJim Covello氏は、「AI技術は非常に高価であり、そのコストを正当化するためには、複雑な問題を解決できる必要があります。しかし、AIはそのように設計されていません」と指摘している。この発言は、現在のAI技術が、その高コストに見合う複雑な問題解決能力を持ち合わせていないという根本的な課題を浮き彫りにするものだ。
AIの採用を妨げている要因としては、AIが事実ではない情報を生成するハルシネーションの問題、セキュリティとプライバシーの懸念、AIモデルのブラックボックス化による企業秘密漏洩のリスクなどが挙げられる。
また、半導体や電力供給の制約がAIの成長を抑制する可能性も指摘されている。Goldman SachsのUS semiconductor analystsは、2024年後半から2025年初頭にかけて、高帯域幅メモリ(HBM)技術とTSMCのChip-on-Wafer-on-Substrate(CoWoS)パッケージングの不足により、半導体の供給が需要を制限すると予測している。
また、AI技術の導入と維持に必要な高額な費用や、運用に伴う大量の電力消費による環境負荷も、多くの企業にとって大きな障壁となっている。Goldman Sachsの報告によると、2022年から2030年にかけて米国の電力需要は年平均2.4%増加すると予測されており、そのうち約90%がデータセンターによるものとされている。これは、AIの普及が電力インフラストラクチャーに大きな負荷をかけることを意味している。加えて、Cloverleaf Infrastructureの共同設立者であるBrian Janous氏は、米国の電力インフラがAIによる電力需要の急増に対応できていないと警告している。Janous氏は、「電力会社は、AIテクノロジーが発展するスピードに対応できていない」と指摘し、「次の10年間は、電力需要が供給を上回るにつれて痛みを伴う時期になるだろう」と予測している。
現時点でAIから実質的な収益を上げているのは、主にNVIDIAのようなAIに必要なハードウェアを販売している企業に限られている。これは、AIの価値連鎖において、インフラストラクチャー提供者が現時点で最も恩恵を受けていることを示している。
更に皮肉なことに、サイバー犯罪者はAIを用いることで効果・効率的に攻撃を行う事が可能な状況になってしまっている。そのため、企業はサイバーセキュリティ対策費用の増加を余儀なくされ、対策のためのAIの導入がさらなるコスト増加要因となっているのだ。
しかし、AIの将来性に関しては楽観的な見方も存在する。Goldman Sachsの上級グローバルエコノミストJoseph Briggs氏は、AIが最終的に全作業タスクの25%を自動化し、今後10年間で米国の生産性を9%、GDP成長率を6.1%押し上げると予測している。
Sources
- Economist: What happened to the artificial-intelligence revolution?
- Goldman Sachs: Gen AI Too Much Spend, Too Little Benefit? [PDF]
- US Census Bureau: Tracking Firm Use of AI in Real Time: A Snapshot from the Business Trends and Outlook Survey [PDF]
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