半導体技術の最前線で繰り広げられる米中の覇権争いに、新たな展開が生じている。中国の国家資金によって設立されたJFS Laboratoryが、シリコンフォトニクス技術において重要なブレークスルーを達成したと発表した。この成果は、米国主導の先端半導体製造技術の輸出規制に対する中国の戦略的対応を示すものであり、グローバルな半導体産業の勢力図に大きな影響を与える可能性がある。
EUV規制の壁を越えるシリコンフォトニクスの可能性
中国の半導体産業は、極端紫外線(EUV)リソグラフィ装置の輸出規制により、7nm以下の先端プロセスノードでのチップ製造に大きな障壁を抱えていた。オランダのASML社が事実上独占するEUV装置は、米国の圧力により2019年以降、中国への輸出が停止されている。
この状況下で、中国は代替となる技術の開発に莫大な資金を投じてきた。その一環として注目を集めているのが、シリコンフォトニクス技術だ。この技術は、従来の電気信号の代わりに光信号を用いてチップ内およびチップ間でデータを転送する革新的なアプローチを採用している。
JFS Laboratoryの最新の成果は、シリコンベースのチップに統合されたレーザー光源の点灯に成功したことだ。これは中国が光エレクトロニクス技術における「数少ない空白」を埋めたことを意味する。2021年に82億元(約1,700億円)の政府資金で設立されたJFS Laboratoryは、このブレークスルーにより、中国の半導体産業の自立化に向けた重要な一歩を踏み出したと言える。
シリコンフォトニクス技術は、単にEUV規制の回避策としてだけでなく、次世代半導体技術の鍵として世界中で注目を集めている。TSMCの陳右忠副総経理は、「優れたシリコンフォトニクス統合システム」がAI時代のエネルギー効率とコンピューティングパワーの課題を解決し、業界に「パラダイムシフト」をもたらす可能性があると指摘している。
グローバル半導体産業への影響と各国の動向
シリコンフォトニクス技術の発展は、中国だけでなく、グローバルな半導体産業全体に大きな影響を与える可能性がある。米国のNVIDIAやIntel、中国のHuaweiなど、世界的な半導体企業もこの技術分野に注目している。国際半導体産業協会SEMIの予測によると、シリコンフォトニクスチップの世界市場は2022年の12.6億ドルから2030年には78.6億ドルに拡大すると見込まれている。
中国にとって、シリコンフォトニクスはさらに大きな機会を提供する可能性がある。北京を拠点とする半導体スタートアップ、Sintoneの隋軍社長は、「シリコンフォトニクスチップは、電気チップとは異なり、比較的成熟した原材料と設備を使用して国内で生産でき、高性能なEUVリソグラフィ装置に依存する必要がない」と指摘している。
一方、米国のシンクタンク戦略国際問題研究所(CSIS)は、シリコンフォトニクスが「米中技術競争の新たな最前線」になる可能性があると警告している。CSISの前経済プログラムフェローであるMatthew Reynolds氏は、「米国主導の輸出規制が中国の従来型チップ製造能力を後退させる一方で、次世代半導体で重要な役割を果たす新興技術にリソースを投入するよう中国を間接的に促している可能性がある」と分析している。
Xenospectrum’s Take
中国のシリコンフォトニクス技術におけるブレークスルーは、半導体産業の未来を占う重要な指標となる可能性がある。この技術は、単に米国の輸出規制を回避するための手段としてだけでなく、半導体技術の根本的な限界を克服する可能性を秘めている。
ムーアの法則の限界が見え始めている現在、シリコンフォトニクスは伝統的な半導体技術の制約を超える新たな可能性を提示している。特に、データセンターやAI処理において要求される高速・低消費電力のニーズに応えるポテンシャルは高い。
しかし、技術的なブレークスルーから商業化までの道のりは決して平坦ではない。中国が直面する課題は、研究室レベルの成果を量産可能な製品へと発展させることだ。これには、製造プロセスの確立、信頼性の向上、コスト削減など、多くの障壁が存在する。
さらに、地政学的な観点からも、この技術の発展は注目に値する。米中のハイテク覇権争いが激化する中、シリコンフォトニクスが新たな競争の舞台となる可能性は高い。米国が今後、この分野でも中国企業への規制を強化するのか、あるいは自国の技術開発を加速させるのか、その動向が注目される。
Source
- South China Moring Post: Chip war: China claims breakthrough in silicon photonics that could clear technical hurdle
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