最新の調査結果によって、中国が半導体研究において米国を量・質の両面で大きく上回っていることが明らかになった。2018年から2023年の間に中国の研究者は米国の2倍以上の論文を発表し、被引用率でも圧倒的に優位に立っている。米国主導の厳しい技術規制下にありながら、中国は次世代半導体技術で主導権を握るための基盤を着々と構築しつつある。
研究論文の量と質で浮き彫りになる中国の優位性
ジョージタウン大学のEmerging Technology Observatory(ETO)が発表した最新報告書「Research Almanac」の分析によると、2018年から2023年の間に全世界で約47万5000件のチップ設計・製造に関する研究論文が発表された。この膨大な数の中で、中国の研究者が発表した論文は16万852件と全体の34%を占める。一方、米国の研究者による論文は7万1688件(15%)、欧州勢は約18%にとどまった。中国の研究論文数は米国の2倍以上という圧倒的な差があるだけでなく、インド、日本、韓国という次の3カ国を合わせた数をも上回る圧巻の生産性を示している。
さらに注目すべきは、中国が単に論文の量だけでなく質においても明らかなリードを示している点だ。各年の被引用数上位10%に入る「高被引用論文」の分析では、50%が中国の組織・大学に所属する研究者によるものだった。対照的に、米国は22%、欧州は17%と大きく引き離されている。つまり、世界で最も影響力のある半導体研究の半分が中国発ということになる。
ETOの研究者Zachary Arnold氏はNature誌のインタビューで、「これほどの差がある研究分野は見たことがない」と驚きを表明。「これだけの研究活動量があれば、中国の技術力、そして最終的には製造能力に影響を与えないことは考えにくい」と将来への影響を示唆している。
中国の研究機関が圧倒的な存在感
研究機関別の成果を見ても、中国の圧倒的な優位性は明らかだ。チップ研究論文の発表数トップ10のうち9機関が中国の大学・研究所であり、高被引用研究に限れば上位8機関すべてを中国勢が独占した。
特に中国科学院は2018年から2023年の間に1万4387件もの論文を発表し、圧倒的な首位に立っている。続いて中国科学院大学、清華大学、南京大学、華中科技大学といった中国の名門大学がランクインした。これに対し、米国や欧州の著名な研究機関はほとんどトップ10に入っていない状況だ。
この調査が英語のタイトルまたは要約を持つ論文のみを対象としている点も考慮する必要がある。中国語のみで発表された論文も含めれば、実際の差はさらに拡大する可能性がある。また、ETOの報告書は公開された研究論文のみを分析対象としており、特許や企業内部の研究は含まれていない。特に半導体設計・製造分野では多くの研究が産業界で行われているため、全体像の一側面を見ているに過ぎないことには留意が必要だ。
次世代技術への投資が中国研究の特徴
中国の研究が特に注力しているのは、従来の半導体技術の限界を超える次世代技術だ。現在の主流である「プロセスノードの微細化」という進化の道筋が物理的限界に近づく中、中国はポスト・ムーアの法則時代を見据えた分野に戦略的に投資している。
特に活発なのは以下の分野だ:
- ニューロモーフィックコンピューティング:人間の脳の神経細胞(ニューロン)の構造と機能をモデルにしたプロセッサーによる計算方式。従来のデジタル計算とは根本的に異なるアプローチで、特にAI処理に大きな効率向上をもたらす可能性がある。
- 光電子コンピューティング:チップ内でデータ転送に電気ではなく光を使用する技術。電気信号より高速で低消費電力なデータ転送が可能になり、チップのパフォーマンスを飛躍的に向上させる可能性を秘めている。
- 二次元材料の応用:グラフェンやMXeneなど、わずか原子数個分の厚さしかない革新的な材料を半導体に応用する研究。これらの材料は従来のシリコンを遙かに上回る電気特性や熱特性を持ち、チップの微細化や高性能化に貢献する。
これらの分野は、従来の半導体製造プロセスの延長線上ではなく、根本的に新しいアプローチを模索するものだ。つまり、米国が設定した14nm以下のチップ製造装置の輸出規制といった制限の効果が及びにくい領域でもある。米国が中国よりも先にこれらの技術に特許を取得できなければ、従来型の輸出規制という手法は新世代の半導体技術に対しては通用しない可能性がある。
米中技術覇権争いの新局面
中国の研究進展は、米中間の激化する技術覇権争いという大きな文脈で捉える必要がある。米Biden政権は2022年10月、中国の半導体産業を標的とした厳格な輸出規制を導入。14nm以下のプロセスノードを製造するための技術と装置の中国への輸出を実質的に禁止した。これにはオランダのASMLが製造する最先端の露光装置(EUVリソグラフィーシステム)など、現代の半導体製造に不可欠な機器が含まれる。
規制はその後も強化され、2023年12月には半導体開発に不可欠な24種類の製造装置と3カテゴリのソフトウェアに新たな制限を課した。さらに140の中国半導体企業を「エンティティリスト」に追加し、米国企業との取引を事実上禁止する措置も取られた。
これらの厳しい制約にもかかわらず、あるいはむしろその結果として、中国は半導体研究への投資を加速させている。また、清華大学の半導体専門家・孫南や、元Appleエンジニアの王煥宇(現在は華中科技大学に所属)など、海外で活躍していた半導体分野の科学者の帰国も積極的に推進している。
注目すべき事例として、中国のスタートアップDeepSeekが最近発表した低コストAIモデル「R1」がある。このモデルは、より少ない、あまり高度ではないチップを使用しながらも米国の主要モデルと同等の能力を示した。これは中国がハードウェアの制約をソフトウェアの最適化と効率的なアルゴリズム設計で克服しようとしている一例だ。DeepSeekの成功は、米国の制裁が意図した効果を上げていない可能性を示唆している。
研究から製造能力へ
中国の半導体研究がこの勢いで継続し、理論的成果が実際の製造能力に変換されれば、米国主導の輸出規制の効果は長期的には薄れていく可能性がある。特に次世代技術の分野で中国が主導権を握れば、従来型の半導体技術を前提とした規制の有効性は限定的になるだろう。
ただし現時点では、中国は最先端の半導体製造では依然として遅れをとっている。7nmと5nmのプロセスノードを製造できるのはSMIC(中芯国際集成電路製造)のみであり、産業規模での生産に課題を抱えている。台湾TSMCや韓国Samsungが既に量産体制に入っている3nmプロセスや、開発が進む2nmプロセスなど、最先端技術では依然として差がある。
中国の半導体メーカーがAIや高性能コンピューティング用の最先端国産チップを大量生産するためには、より高度なプロセスノードでの製造技術の確立が不可欠だ。研究論文の数や質だけでは、最先端の製造技術の差を埋めることはできない。
一方で、西側諸国による中国技術への締め付けがグローバルなイノベーションを阻害する懸念も専門家から指摘されている。科学と人材の自由な流れはイノベーションの基盤であり、過度な規制は結果的に技術発展全体を遅らせる可能性もある。The Economistは昨年、米国が科学的協力においてより開放的な姿勢を取ることが、中国の科学的イノベーションを抑制するためには貿易制限よりも効果的かもしれないと論じている。
TSMCの1000億ドル規模の米国投資、中国のRISC-V(オープンスタンダードの命令セットアーキテクチャ)への積極的な動き、そして新たな関税措置の導入など、米中のテック戦争は今後も続くと見られる。両国の長期的な技術力の行方は予測困難だが、中国が基礎研究の分野で着実に進展を遂げていることは、将来の製造能力に大きな影響を与える可能性がある。
Sources
- Emerging Technology Observatory: The state of global chip research
- Nature: China research on next-generation computer chips is double the US output
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