Googleは、Android向けChromeブラウザの性能を大幅に改善したことを発表した。2年間にわたる最適化の取り組みにより、多くのAndroidデバイスでSpeedometerベンチマークのスコアが2倍以上になり、特にQualcommの最新チップセット「Snapdragon 8 Elite」搭載機では、モバイル端末向けブラウザとして最高のベンチマークスコアを記録した。
Chromeにおける最適化アプローチ
GoogleはChromeの改善において以下のアプローチを取り入れている:
- ビルドの最適化: Chromeのビルド方法に多くの変更を加え、最新のプレミアムAndroidデバイスとSoCに対応した高速なコード実行を実現。
- V8とBlinkの改良:JavaScriptエンジン(V8)とレンダリングエンジン(Blink)に多くの改良を加え、パフォーマンスをさらに向上。 JavaScriptエンジン(V8)とレンダリングエンジン(Blink)に多くの改良を加え、パフォーマンスをさらに向上させた。
- スケジューリング、OS、SoC: Androidのパートナーと緊密に協力し、ChromeとOSのインタラクション方法やスレッドスケジューリングを最適化し、デバイス上のシリコンを最大限に活用できるようにした。
高性能ビルドによる最適化
Googleは2023年のChrome 113のリリースを機に、端末の性能に応じた2つのビルドバージョンの提供を開始した。これは、従来のエントリーレベル端末向けの最適化版と、プレミアム端末向けの高性能版という区分けだ。高性能版では、ARM64アーキテクチャの活用により、より効率的な命令セット機能と64ビット演算を実現。また、十分なディスク容量とメモリを持つプレミアム端末では、バイナリサイズの制約から解放され、サイズ最適化(-Oz)ではなく、速度重視の最適化(-O2/-O3)をC++コードに適用できるようになった。
さらに、コンパイラーのインライン展開しきい値を調整し、ホットコードでのインライン展開を促進。同時に、MLGOと呼ばれるコンパイラーパスのモデルとポリシーを更新し、コールドコードでのインライン展開を抑制している。プロファイルに基づく最適化(PGO)技術も導入され、ホットコードのコードレイアウトと最適化レベルが改善された。これらのビルド最適化だけで、全体のSpeedometerスコア向上の過半数を占める効果が確認されている。
V8およびBlinkエンジンの進化
JavaScriptエンジンV8では、新しい段階的コンパイル構造が導入された。まず、Ignitionインタープリタの直上に位置する超高速ベースラインコンパイラー「Sparkplug」が非最適化コードを高速生成。その上位には、新しい中間層コンパイラー「Maglev」が配置され、完全な最適化コンパイラーであるTurbofanよりも短時間で、準最適化コードを生成する。この階層的なコンパイル構造により、より効率的な性能向上と消費電力の削減を実現している。
レンダリングエンジンBlinkでは、最適化された高速HTMLパーサーがinnerHTML属性の解析を担当。また、ガベージコレクションのタイミングを、レンダリングエンジンがアイドル状態の時やユーザーがページから離れる時に実行するよう調整された。これに加えて、パース処理、スタイル適用、レイアウト、テキストレンダリングエンジンなど、多岐にわたる段階的な最適化が実施されている。
Qualcommとの協業による更なる高速化
Googleは、QualcommなどのSoCベンダーとの緊密な協力関係についても報告している。Googleは、ブラウザの性能最適化においてハードウェアレベルからの改善が不可欠との認識のもと、Qualcommとの戦略的な協業を進めてきた。この協業によって、ChromeとSnapdragonプラットフォームの深いレベルでの統合が実現している。
特に注目すべきは、オペレーティングシステムとハードウェアの境界領域における最適化だ。Chromeのスレッドスケジューリングメカニズムを、Snapdragonチップセットの特性に合わせて緻密に調整することで、プロセッサーリソースの効率的な活用を実現している。この最適化により、WebページのレンダリングやJavaScriptの実行において、より効果的なCPUコアの活用が可能となった。
この取り組みの成果は、最新のSnapdragon 8 Elite搭載機での性能測定で如実に表れている。Speedometer 3.0ベンチマークにおいて、前世代のチップセットと比較して60-80%という劇的な性能向上を達成。この改善は、理論上の数値向上にとどまらず、実際のユーザー体験に直接的な影響をもたらしている。例えば、GoogleはPixel Tabletでの検証において、Google Docsドキュメントの読み込み時間が従来比で50%以上短縮されたことを報告している。
さらに、この協業は将来的なモバイルウェブブラウジングの方向性も示唆している。ChromeとSnapdragonプラットフォームの緊密な統合は、Webアプリケーションとネイティブアプリケーションの性能差を縮める重要な一歩となっている。特に、近年急速に普及しているプログレッシブWebアプリ(PWA)の実行性能向上において、このハードウェアレベルでの最適化は大きな意味を持つ。
このQualcommとの協業成果は、高性能モバイルデバイスにおけるWebブラウジングの新たなベンチマークを確立しただけでなく、次世代のモバイルWeb体験の基盤を形作るものとなっている。今後は、この最適化アプローチが他のチップセットベンダーとの協業にも波及し、Android端末全体でのWebブラウジング体験の向上につながることが期待される。
Xenospectrum’s Take
この一連の最適化は、単なるベンチマークスコアの向上以上の意味を持つ。現代のWebアプリケーションは、従来のネイティブアプリに迫る複雑さを持つようになっており、ブラウザの実行効率はユーザー体験を左右する重要な要素となっている。
特筆すべきは、Googleが端末の二極化という現実を受け入れ、プレミアム端末向けに最適化の制限を取り払った点だ。これは、Android端末の多様性という「強み」が、時として「足かせ」となっていた従来のアプローチからの決別を意味する。皮肉めいた見方をすれば、「すべての端末に最適な一つのソリューション」という理想主義から、現実主義への転換とも言えるだろう。
Source
- Chromium Blog: How Chrome doubled its Speedometer scores on Android
Meta Description
Googleが2年の開発を経てAndroid版Chromeの性能を大幅向上。ビルド最適化やエンジン改善により、多くの端末でSpeedometerベンチマークが2倍に。Snapdragon 8 Elite搭載機では最高記録を達成。
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