米国人工知能学会(AAAI)が発表した2025年の調査レポートによると、AI研究者の76%が現在のAIアプローチの単純なスケールアップでは汎用人工知能(AGI)の実現は見込めないと考えていることが明らかになった。この調査は、AIの未来に関する17のトピックを評価するために24人の経験豊富なAI研究者によって実施され、475人の参加者による補足調査も行われた。
調査結果の詳細
AAAIの「AI研究の未来に関する2025年会長パネル」として知られるこの調査は、Francesca Rossi AAAI会長の主導のもと、2024年夏から2025年春にかけて実施された。調査チームは、AI推論、AIエージェント、具現化されたAI、AGIなど17の異なるトピックを包括的に検討した。特にAGIに関する調査結果は、現在のAI開発アプローチに対する研究者らの懸念を浮き彫りにしている。
調査によると、研究者の76%が「現在のAIシステムをスケールアップしても、AGIを生み出す可能性は低いまたは非常に低い」と評価している。この結果は、近年の大規模言語モデル(LLM)などの進歩にもかかわらず、人間レベルの汎用知能の実現には、単にモデルサイズやデータ量を増やす以上の根本的なブレークスルーが必要であることを示唆している。
さらに注目すべきは、シンボリックAI(記号的人工知能)の重要性に関する見解だ。調査回答者の60%以上が、「人間のような推論能力を持つシステムは少なくとも50%はシンボリックでなければならない」と考えている。これは、現在主流となっているニューラルネットワークベースのアプローチだけでは、人間のような推論能力を実現するには不十分であるという認識を反映している。
現在のAIアーキテクチャの限界
調査報告書は、最近の推論モデルの進歩にもかかわらず、現在のAIモデルに見られる複数の基本的な制約を指摘している。これらの制約は、単純なスケールアップでは克服できない根本的な課題だ。
特に重要な制約として以下が挙げられている:
- 長期的な計画立案能力の欠如: 現在のAIシステムは複雑な長期計画を立てることに苦戦している。これは、人間のような遠い将来を見据えた目標設定と達成のための段階的計画能力が不足していることを意味する。
- 継続的学習の困難さ: 人間は経験から継続的に学び、知識を更新する能力を持つが、現在のAIシステムは主に事前学習と微調整のパラダイムに依存している。継続的で適応的な学習の欠如は、真に汎用的なAIの発展における大きな障壁となっている。
- 構造化されたエピソード記憶の不足: 人間は過去の経験を記憶し、それを特定の状況に応じて想起できるが、現在のAIはそのような構造化された記憶機能を持たない。
- 因果推論の限界: AIは大量のデータから相関関係を検出できるが、因果関係や反事実的推論に関してはまだ大きな課題がある。
これらの制約は、現在のニューラルネットワークベースのアプローチに根本的な限界があることを示している。
将来のAI研究の方向性
報告書は、AGI実現に向けた研究課題として、複数の重要な方向性を提示している。
まずは、Transformerを超えたアーキテクチャの開発が重要視されている。現在の標準的なTransformerアーキテクチャは固定されたコンテキストウィンドウ、明示的なメモリの欠如、リアルタイムフィードバックからの学習・反応能力の不足といった基本的な制限がある。
また、記号的手法とニューラルアプローチを組み合わせた「ニューロシンボリック」システムの開発も有望視されている。これには、Transformerとグラフニューラルネットワーク、強化学習エージェント、記号的推論システムなどを組み合わせるハイブリッドアーキテクチャの探求が含まれる。
その他の重要な研究分野として、継続的学習と記憶メカニズムの向上、身体性と実世界相互作用の重視、整合性・解釈可能性・安全性の強化などが挙げられている。
社会的視点とガバナンス
調査のコミュニティ意見部分では、AGIの社会的・倫理的側面に関する重要な見解も明らかになっている。回答者の82%が「AGIシステムが民間企業によって開発された場合、公的に管理されるべきだ」と考えている一方で、70%の回答者は安全性と制御メカニズムが完全に確立されるまでAGI研究を停止すべきではないと回答している。
さらに注目すべきは、回答者の77%がAGI自体の直接的な追求よりも、「受け入れ可能なリスク対便益のプロファイルを持つAIシステムの設計」を優先していることだ。これは、単に高度な知能を追求するのではなく、安全で有益なAIシステムの開発に重点を置く傾向を示している。
AAAIの調査結果は、現在のAI研究の方向性に対する重要な示唆を提供している。単なるスケールアップでは真のAGIは実現せず、より根本的なアプローチの変更や多面的な研究が必要であることが示されており、AI研究コミュニティは今後の技術開発と並行して、適切なガバナンスフレームワークの構築も視野に入れる必要があるだろう。
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