Linux FoundationとGoogleは2025年1月9日、Chromiumベースのブラウザ開発を支援する新たな基金「Supporters of Chromium-Based Browsers」を設立したと発表した。MicrosoftやMeta、Operaなども参画するこの取り組みは、オープンソースのブラウザエンジン「Chromium」の開発支援と持続可能性の確保を目指したものだ。
オープンソースの持続可能性を目指す新組織
新設される基金は、業界のリーダー企業や学術機関、開発者、そしてオープンソースコミュニティが協力してChromiumエコシステムを支援する「中立的な場」として機能する。Linux FoundationのエグゼクティブディレクターであるJim Zemlin氏は「この取り組みにより、オープンソースコミュニティへの支援をさらに一歩前進させることができる」と述べている。
特筆すべきは、この基金が従来のChromiumプロジェクトの統治構造を維持しながら、新たな支援の枠組みを提供する点だ。技術諮問委員会(TAC)が設置され、より広範なChromiumコミュニティのニーズに応える体制が整備される。
Googleの圧倒的な貢献と新たな協力体制
ChromiumプロジェクトにおけるリーディングカンパニーとしてのGoogleの存在感は、具体的な数字からも明らかだ。2024年における同社のコミット数は10万件を超え、プロジェクト全体の約94パーセントを占めている。この圧倒的な貢献に加えて、同社はテスト用サーバーの運用やバグ対応など、プロジェクトの基盤を支える重要なインフラ整備にも多大なリソースを投じている。
ChromeのVPであるParisa Tabriz氏は「Linux Foundationの支援により、Chromiumエコシステムの継続的な開発とイノベーションを支える持続可能なプラットフォームを創出できる」と期待を表明している。同氏の発言からは、単独企業による支援から、より広範な協力体制への移行を目指す方向性が読み取れる。
新たな協力体制において、各企業の役割も明確になりつつある。MicrosoftのEdge部門VP、Meghan Perez氏は「この取り組みは、Webプラットフォームへの私たちのコミットメントと合致している」と述べ、コラボレーティブなエンジニアリングとコミュニティパートナーシップを通じて、Web利用者全体にとって最適な成果を目指す意向を示している。
一方、長年Chromiumを活用してきたOperaも、より積極的な役割を担う姿勢を示している。同社のEVP Browsers、Krystian Kolondra氏は「オープンソースエコシステムの発展に向けて努力を傾注していく」と表明。特に革新的で魅力的な製品開発の観点から、Chromiumプロジェクトへの貢献を強化する方針を明らかにしている。
注目すべきは、今回の基金設立によって、各社の開発リソースがより効率的に活用される可能性が高まる点だ。Googleは引き続き主要な貢献者としての役割を維持しつつ、他社からの投資増加も歓迎する姿勢を示している。これにより、特定の企業に依存しない、より持続可能な開発体制の構築が期待される。
さらに、技術的な側面では、各社が持つ独自の専門知識や経験がChromiumの進化に活かされることになる。Microsoftのエンタープライズ環境における知見、Operaのモバイルブラウジングでの実績、そしてMetaのソーシャルメディアプラットフォームにおける経験など、多様な視点からの貢献が期待できる。これらの協力は、最終的にはChromiumベースのブラウザを利用する全てのユーザーに恩恵をもたらすことになるだろう。
広がるChromiumの影響力と今後の展望
Chromiumの影響力は、2008年のリリース以来、Webブラウザの領域を超えて着実に拡大を続けている。現在では約30種類のブラウザがChromiumをベースに開発されており、その中にはMicrosoft Edge、Opera、Braveといった主要ブラウザが含まれている。特に2020年にMicrosoftがEdgeブラウザをChromiumベースに移行したことは、同プロジェクトの重要性を決定づける転換点となった。
デスクトップアプリケーション開発の分野でも、ChromiumはElectronフレームワークを通じて大きな存在感を示している。Microsoft Teams、Visual Studio Code、Slackといった広く普及したアプリケーションは、いずれもElectronを採用している。さらに、組み込みシステムの分野でもChromium Embedded Frameworkが活用され、その応用範囲は IoTデバイスやデジタルサイネージにまで及んでいる。
今回の基金設立の背景には、2020年以降のGoogleによる段階的な管理権限の緩和という文脈がある。同社は外部の開発者をリーダーシップポジションに招き入れ、Google以外の機能追加にも柔軟な姿勢を示すようになっている。また、「Goma」と呼ばれるChromium開発スキームの公開など、開発プロセスの透明性向上にも取り組んでいる。
米司法省がGoogleに対してChromeブラウザの売却を求める判断を下した後のタイミングで今回の発表がなされた点も注目に値する。この動きは、Chromiumエコシステムが仮にGoogleの直接的な関与が減少した場合でも、持続可能な開発体制を維持できることを示す意図があると解釈できる。
技術面での展望も興味深い。複数の主要企業が協力して開発を進めることで、Web標準への準拠性向上や新技術の実装スピード向上が期待される。特に、プライバシー保護、セキュリティ強化、パフォーマンス最適化といった重要課題に対して、各社の知見を活かした取り組みが加速する可能性がある。
一方で、Chromiumの影響力拡大は、Web技術の標準化やブラウザエンジンの多様性という観点から、新たな課題も提起している。現在、デスクトップブラウザ市場ではMozilla FirefoxがGeckoエンジンを採用する主要ブラウザとして残されているが、その市場シェアは約6%にとどまっている。この状況下で、今回の基金設立がウェブ技術の発展にどのような影響を与えるのか、業界関係者の注目が集まっている。
さらに長期的な視点では、人工知能や拡張現実といった新技術とブラウザプラットフォームの統合も重要なテーマとなるだろう。Chromiumの開発体制が強化されることで、これらの新技術への対応も加速することが期待される。基金設立を通じた協力体制の確立は、次世代のWebプラットフォーム開発における重要な布石となる可能性を秘めている。
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