Donald Trump大統領が議会において、半導体産業支援のためのCHIPS法の資金を国家債務の返済に充てるべきだと訴えた。この発言は、前Biden政権下で成立した超党派の法律に対する、Trump大統領の最も強い批判となり、米国の技術競争力維持と財政再建の優先順位を巡る議論を加速させている。
CHIPS法は「ひどいもの」、資金は無駄遣いと批判
Trump大統領は、先週開かれた議会合同会議において、CHIPS法について「ひどい、ひどいものだ」と酷評。「何百億ドルも与えているのに、何の意味もない。彼らは我々の金を受け取って、使わない」と述べ、議会に対し同法の撤廃を要求した。 CHIPS法は、2022年にJoe Biden前大統領が署名した法律で、米国内の半導体製造と研究開発を促進するため、527億ドルの補助金と750億ドルの融資枠を提供するもの。しかし、Trump大統領は、補助金の代わりに、関税を課すことで企業の国内投資を促せると主張している。
Trump大統領の主張内容
Trump大統領は「国家債務の削減は我々の経済的安全保障にとって最重要課題である」と強調。その解決策として、2022年に成立したCHIPS法の未使用資金を債務返済に再配分すべきだと主張した。大統領は「グローバルテクノロジー企業への補助金よりも、米国国民の財政的将来を保証することが優先されるべきだ」と述べた。
この提案に対し、共和党議員からは概ね支持の声が上がっている。下院多数党院内総務のSteve Scully議員は「大統領の財政規律に対するコミットメントを高く評価する」とコメント。一方、民主党のHakeem Jeffries下院少数党院内総務は「短期的な財政対策のために国の技術的優位性を犠牲にすることは国家安全保障上の誤りだ」と批判した。
CHIPS法とその戦略的重要性
CHIPS法(CHIPS and Science Act)は、2022年8月に成立した法律で、米国の半導体産業の競争力を強化し、中国などの国々への依存を減らすことを目的としている。この法律では、半導体製造への補助金として約520億ドル、研究開発への投資約110億ドル、そして科学研究や技術イノベーションへの投資約2000億ドルが割り当てられている。
COVID-19パンデミック時に顕在化した半導体のサプライチェーンの脆弱性や、中国の半導体産業への急速な投資に対抗するため、この法律は超党派の支持を受けて成立した。Intel、TSMC、Samsungなどの主要半導体企業は、この法律を受けてアメリカ国内での製造施設の建設や拡張を発表している。
米国の半導体製造シェアは1990年の37%から現在は12%程度まで低下しており、CHIPS法はこの傾向を逆転させる重要な政策と位置づけられている。特に、最先端の半導体技術は国家安全保障やAIなどの戦略的技術の基盤となるため、その国内生産能力の確保は単なる産業政策を超えた重要性を持っている。
資金転用の潜在的影響
CHIPS法の資金を債務返還に転用するという政策が実行された場合、以下のような影響が考えられる。
産業への直接的影響
国内半導体製造施設の建設計画の遅延または中止が予想される。すでに多くの企業がCHIPS法の補助金を見込んで大規模な投資計画を発表しており、資金の転用はこれらの計画の見直しを余儀なくする可能性がある。
例えば、Intelはオハイオ州に200億ドル規模の最先端半導体工場の建設を計画し、TSMCはアリゾナ州に400億ドル規模の投資を発表しているが、これらの計画は補助金を前提としている。資金の減少により、これらの計画の規模縮小や延期が懸念される。
また、半導体研究開発への投資減少により、次世代半導体技術の開発が遅れる恐れもある。特に、人工知能、量子コンピューティング、5G/6Gなどの先端技術に必要な半導体技術への影響が懸念される。
国際競争力への影響
中国は「中国製造2025」計画の一環として半導体産業に巨額の投資を行っており、韓国や台湾も国家戦略として半導体産業を支援している。欧州連合(EU)も「欧州半導体法(European Chips Act)」を通じて430億ユーロの投資を計画している。
CHIPS法の資金転用は、これらの国際的な競争相手との技術開発競争における米国の立場を弱める可能性がある。特に、3nm以下の最先端プロセス技術や、次世代メモリ、特殊用途向け半導体(ASIC)などの分野での競争力に影響する恐れがある。
経済・雇用への波及効果
半導体製造施設の建設は、直接的な雇用だけでなく、建設、設備、材料、サービスなど関連産業への波及効果も大きい。資金転用によりこれらの経済効果が減少する可能性がある。
商務省の試算によれば、CHIPS法による投資で数万人の直接雇用と数十万人の間接雇用が創出される見込みだった。資金転用によりこの経済効果が減少すれば、特に製造施設の建設が予定されていた地域への経済的打撃となる。
債務問題とのバランス
米国の国債は約30兆ドルを超え、財政状況の改善は重要な課題である。Trump大統領の提案は、政府支出の削減と債務問題への対処を優先する財政アプローチの一環と見られている。
一部の経済学者や財政保守派は、政府による市場介入の最小化や、財政規律の重要性を強調している。彼らの視点からは、産業補助金よりも債務削減を優先することが長期的な経済安定にとって重要だと考えられている。
しかし、他の経済専門家は、半導体産業への投資は単なる補助金ではなく、国家安全保障や長期的な経済成長に不可欠な戦略的投資だと主張している。短期的な債務削減よりも、技術的優位性の確保が長期的な経済力の維持には重要だという見方もある。
業界の反応と今後の展開
半導体産業協会(SIA)などの業界団体からは、Trump大統領の提案に対する懸念の声が上がっているとされる。SIAの声明によれば、CHIPS法の完全実施は米国の半導体産業の競争力と安全保障にとって不可欠であり、その重要性は債務問題とは別に考えるべきだと主張している。
Intel、Micron、Qualcommなどの主要企業も、長期的で一貫した政策支援の重要性を訴えている。これらの企業は、政策の急激な変更が投資の不確実性を高め、長期的な計画を立てにくくすることへの懸念を表明している。
今後、議会との協議や業界からのフィードバックを通じて、政策の詳細が形成されていくものと思われる。半導体産業の競争力強化と財政健全化のバランスをどのように取るかが、Trump政権の大きな政策課題となるだろう。
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