Samsungが次世代バッテリー技術である全固体電池をGalaxy Ringに導入する計画が報じられた。早ければ今年後半にも実現し、将来的にイヤホンやウォッチへの展開も視野に入れる。ウェアラブルの性能向上に期待が集まる一方、コストが課題となる可能性もある。
全固体電池、ウェアラブルから導入開始か
韓国メディアMoney Todayは、Samsungの部品部門であるSamsung Electro-Mechanicsが、開発中の全固体電池を同社のウェアラブルデバイスに段階的に適用する計画であると報じた。この報道は、テクノロジー業界で長らく期待されてきた全固体電池の実用化に向けた具体的な動きとして注目される。
全固体電池 (Solid-state Battery) とは、現在主流のリチウムイオン電池 (Lithium-ion Battery) が可燃性の液体電解質を使用するのに対し、不燃性の固体電解質を用いる電池のことである。
報道によると、Samsung Electro-Mechanicsは以下のスケジュールで全固体電池の試作品を適用する目標を立てているとされる。
- Galaxy Ring: 2025年第4四半期 (早ければ)
- 完全ワイヤレスイヤホン (TWS、Galaxy Budsシリーズ想定): 2026年第4四半期
- スマートウォッチ (Galaxy Watchシリーズ想定): 2027年第4四半期
ただし、この導入時期についてはあくまでもリークなどに基づく物であり、確定した情報ではないことには留意が必要である。
Samsung Electro-Mechanicsは、ウェアラブルデバイス向けの超小型全固体電池開発を進めており、昨年にはエネルギー密度 (Energy Density) – 単位体積あたりに蓄えられるエネルギー量を示す指標 – が200Wh/L の試作品を開発したと発表している。Money Todayによると、同社はこれを2024年第4四半期までに360Wh/Lまで高め、まずGalaxy Ringに適用することを目指しているという。さらに、2026年第4四半期までには400Wh/Lへの向上を計画しており、これはTWSへの適用を想定していると見られる。
この動きは、Samsung Electro-Mechanicsの張徳鉉(チャン・ドクヒョン)社長が今年1月のCES(コンシューマー・エレクトロニクス・ショー)で語った方針とも一致する。同社長は「今年(2024年)量産設備に投資し、試作品を供給、2026年以降に適用製品を拡大する予定」と述べていた。
一方で、Samsung Electro-Mechanicsの関係者はMoney Todayに対し、「事業関連については確認できない」とコメントしており、計画が最終決定されたものではない可能性も示唆されている。
全固体電池のメリットと課題
全固体電池が「夢のバッテリー」とも呼ばれるのには、いくつかの理由がある。
- 高い安全性: 最大の特徴は、可燃性の液体電解質を使用しないことによる安全性の向上である。発火や液漏れのリスクが大幅に低減されるため、デバイス設計の自由度も高まる。Wccftechが指摘するように、様々な形状に加工することも可能になる可能性がある。
- 高エネルギー密度: 理論的には、リチウムイオン電池よりも高いエネルギー密度を実現できるとされる。これにより、同じサイズであればより長いバッテリー持続時間、同じ持続時間であればより小型軽量なデバイス設計が可能になる。Android Authorityが指摘するように、これはバッテリー持続時間に課題があった初代Galaxy Ringにとって大きな改善点となり得る。
- 長寿命化: 固体電解質は劣化しにくいため、充放電サイクルの繰り返しによるバッテリー容量の低下を抑制できる可能性がある。これもデバイスの長寿命化に貢献する。
- 高速充電: イオン伝導性の高い固体電解質材料が開発されれば、より高速な充電が可能になると期待されている。
しかし、全固体電池には大きな課題も存在する。
- 製造コスト: 現状、全固体電池の製造コストはリチウムイオン電池に比べて著しく高い。Money Todayは、特に有望視される硫化物系固体電解質の主要材料である硫化リチウムの価格が、液体電解質の約200倍(キログラムあたり1500~2000ドル)にも達すると指摘している。酸化物系固体電解質も高価な金属を使用するため、コスト競争力の確保が難しい状況である。この高コストが、最終製品の価格に転嫁される可能性は高い。
- 事業性: Money Todayは、最初の搭載候補とされるGalaxy Ringの販売が当初の期待ほど伸びていない点を挙げ、たとえ全固体電池の量産が決定しても、供給量が限定的になる可能性を指摘している。高コスト化がさらなる販売不振を招くリスクも考えられる。一方で、「売れ筋」デバイスから導入するには、Samsung本体もElectro-Mechanicsもリスクが大きいと判断した可能性もあるとの分析も紹介されている。
- 量産技術: 実験室レベルでは高性能な全固体電池が開発されていても、それを安定した品質で大量生産する技術の確立は容易ではない。
これらの課題、特にコストと量産技術のハードルを乗り越えられるかが、全固体電池普及の鍵となる。Samsungが比較的小型でバッテリー容量も小さいウェアラブルデバイスから導入を始めるのは、これらの課題を考慮した現実的な戦略と言えるかもしれない。
スマートフォンへの搭載は見送り? 代替技術の可能性
今回の報道で注目すべき点は、Samsungの主力製品であるスマートフォンへの全固体電池搭載について、現時点では言及がないことである。
その理由として考えられるのは、主にコストの問題だ。スマートフォンはウェアラブルデバイスに比べてはるかに大きなバッテリー容量を必要とするため、高価な全固体電池を採用した場合、製品価格が大幅に上昇し、市場競争力を失う可能性がある。
また、Samsungはスマートフォン向けには別のバッテリー技術を検討している可能性も指摘されている。それがシリコンカーボン (Silicon-Carbon) バッテリーだ。これは、負極材にシリコンとカーボンの複合材を用いることで、従来のリチウムイオン電池よりもエネルギー密度を高める技術である。
- シリコンカーボンバッテリー: リチウムイオン電池の負極材には主に黒鉛(グラファイト)が使われるが、シリコンは黒鉛よりも多くのリチウムイオンを吸蔵できるため、理論的にはバッテリー容量を大幅に増やすことができる。ただし、充放電時にシリコンが大きく膨張・収縮するため、耐久性に課題があった。シリコンと炭素材料を組み合わせることで、この問題を抑制し、高容量と耐久性を両立させる研究開発が進められている。
シリコンカーボンバッテリーの技術はすでに中国の競合スマートフォンメーカーで採用例があり、デバイスの厚みを抑えつつ大容量バッテリーを搭載することに貢献しているという。Samsungもこの技術開発を進めており、過去には「Galaxy S26 Ultraに7,000mAhのシリコンカーボン電池が搭載される可能性がある」といった噂が流れたこともある。
ただし、これらのシリコンカーボンバッテリーに関する動きも、現時点ではあくまで噂や憶測の段階であり、Samsungが実際にどの技術を将来のスマートフォンに採用するかは不明だ過去にも同様の開発に関する報道はあったが実現には至っていないため、慎重な見方が必要だろう。
現時点では、Samsungはコストや量産性の観点から、まずウェアラブルデバイスで全固体電池の実用化とノウハウ蓄積を進め、スマートフォン向けには当面、既存のリチウムイオン技術の改良や、シリコンカーボン技術のような代替アプローチを模索していく可能性が高いと考えられる。全固体電池がスマートフォンに搭載されるのは、コストが大幅に低下し、大容量化技術が確立される、もう少し先の話になるのかもしれない。
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