研究者たちが、これまで知られていた強磁性と反強磁性に続く、「アルター磁性体(Altermagnetism)」の存在を初めて実験的に確認することに成功した。この画期的な発見は、コンピュータメモリの高速化や省エネルギー化、さらには超伝導材料の開発にブレークスルーをもたらす可能性がある。
磁性の新たな地平を拓く「アルター磁性体」とは
現代社会に不可欠な磁性材料は、コンピュータの長期記憶装置から最新のマイクロ電子デバイスまで、幅広く利用されている。しかし、従来の磁性体には限界もあり、より高性能で効率的な材料が求められていた。今回発見された「アルター磁性体」は、強磁性体、反強磁性体に続く第三の磁性体として、科学の世界に新たな可能性をもたらす。
強磁性体と反強磁性体、そしてアルター磁性体
磁性体は、その磁気的な性質によって大きく2つに分類されてきた。
- 強磁性体 (Ferromagnetism): 原子内の微小な磁石(磁気モーメント)が同じ方向を向いて整列しているため、外部磁場がなくとも磁力を持つ。磁石や電磁石、磁気テープなどに利用されている。
- 反強磁性体 (Antiferromagnetism): 隣り合う磁気モーメントが互いに逆方向を向いて打ち消し合うため、物質全体としては磁力を持たない。しかし、情報の保持能力が高く、次世代の磁気メモリ材料として注目されている。
今回ノッティンガム大学のPeter Wadley教授らの研究チームによって発見されたアルター磁性体 (Altermagnetism) は、これらの両方の性質を併せ持つ、全く新しいタイプの磁性体である。反強磁性体のように隣り合う磁気モーメントが逆方向を向いているが、その構造は隣り合うものと比較してわずかにねじれている。この微細な構造の違いが、従来の磁性体にはないユニークな特性を生み出す鍵となる。「アルター磁性体は、反強磁性体のようなねじれを持ちながら、強磁性体のような特性も示します。このわずかな違いが、大きな影響をもたらすのです」と、 Wadley教授は説明する。
実験的証拠とデバイス開発への道
X線顕微鏡によるナノスケールイメージング
英国ノッティンガム大学の研究チームは、アルター磁性体の実証研究において、スウェーデンのMAX IV国際施設に設置された最先端の大型放射光施設、シンクロトロンを活用した。この施設から供給される強力なX線を利用し、光電子顕微鏡 (PEEM) という特殊な顕微鏡を用いて、物質の磁気的な性質をナノスケールレベルで詳細に観察することを可能にした。
PEEMは、物質にX線を照射し、そこから放出される光電子を検出することで、物質表面の元素の種類や化学状態、そして磁気的な状態を同時に分析できる。特に今回の実験では、X線磁気円二色性 (XMCD) と X線磁気線二色性 (XMLD) という2つの異なるX線吸収分光法を組み合わせることで、アルター磁性体特有の磁気秩序を可視化することに成功した。
XMCDは、円偏光したX線を用いることで、磁性体の磁化の方向を検出する。一方、XMLDは、直線偏光したX線を用いることで、磁気モーメントの配列方向に関する情報を得る。研究チームは、これらの手法を駆使し、テルル化マンガン (MnTe) 試料のナノスケールにおける磁気ドメイン構造や磁壁の形状、磁気渦の存在などを明らかにした。
テルル化マンガン (MnTe) は、近年、アルター磁性体としての性質が理論的に予測されていた物質であり、今回の実験で初めてその磁気構造が直接的に観察されたことは、アルター磁性体の存在を裏付ける強力な証拠となる。
熱サイクリングによる磁気構造の制御
研究チームは、アルター磁性体の基礎物性を解明するだけでなく、その磁気構造を外部から制御する技術の開発にも成功した。熱サイクリング と呼ばれる手法を用いることで、テルル化マンガン内部の磁気ドメイン構造を意図的に変化させ、磁気渦 (magnetic vortex) と呼ばれる渦状の磁気構造を生成することに成功した。
熱サイクリングとは、物質をキュリー温度(磁性体が常磁性体へと転移する温度)以上に加熱した後、徐冷するプロセスを繰り返すことで、磁気ドメイン構造を制御する技術である。今回の実験では、外部磁場を印加しながら熱サイクリングを行うことで、磁気渦の巻き方向や配置を制御することに成功した。
この磁気渦は、スピントロニクス デバイスへの応用が期待されている。スピントロニクスとは、電子の電荷だけでなく、スピン(電子の自転運動)も利用したエレクトロニクスの新しい分野であり、磁気メモリや磁気センサーなどの高性能デバイスの実現に繋がると期待されている。磁気渦は、その特異な形状と磁気的な性質から、次世代スピントロニクスデバイスの基本要素として注目されており、今回の研究成果は、アルター磁性体を用いた新しいスピントロニクスデバイスの開発に道を開くものと期待される。
アルター磁性体がもたらす革新
1000倍の高速化と省エネ
アルター磁性体は、強磁性体と反強磁性体の長所を兼ね備える。強磁性体のように情報の読み書きが容易でありながら、反強磁性体のように高速で安定した情報処理が可能である。理論的には、マイクロ電子部品やデジタルメモリの動作速度を1000倍に向上させる可能性を秘めている。
さらに、アルター磁性体は、従来の強磁性体技術に不可欠な希少元素や毒性の高い重元素への依存度を減らすことが期待されている。これにより、デバイスの製造コストを削減できるだけでなく、環境負荷の低減にも貢献する可能性がある。
超伝導研究への新たな光
アルター磁性体は、超伝導の研究分野にも新たな展望をもたらすと期待されている。超伝導体は、特定の条件下で電気抵抗がゼロになる物質であり、エネルギー効率の飛躍的な向上に繋がる技術として注目されている。
研究者たちは、アルター磁性体が超伝導と磁性の分野を結びつける「ミッシングリンク」となる可能性を示唆している。アルター磁性体の特性を解明することで、より高性能な超伝導材料の開発が加速するかもしれない。
今回の研究成果は、アルター磁性体が単なる理論上の存在ではなく、実際に物質として存在し、制御可能であることを実験的に証明した画期的なものである。
研究チームは、アルター磁性体のナノスケールイメージングと制御技術を確立したことで、高速・高効率なデジタルデバイス、省エネルギーな超伝導材料、さらには量子コンピュータやスピントロニクスといった、次世代テクノロジーの発展に貢献することが期待される。
論文
参考文献
- University of Nottingham: Researchers discover new third class of magnetism that could transform digital devices
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