カナダの深海鉱物資源探査企業The Metals Company (TMC)は、国連の国際海底機構(ISA)の規制プロセスを迂回し、米国の国内法である「深海底固形鉱物資源法(DSHMRA)」に基づき、深海での鉱物資源探査および商業的回収許可を申請するプロセスを開始したと発表した。この動きは、ISAでの採掘規則策定の遅れに業を煮やしたTMCが、より迅速な承認を期待して米国政府に働きかけた結果であり、国際的な枠組みや環境保護を巡り、大きな波紋を広げている。
申請の詳細と背景
TMCは2025年3月27日(現地時間)、同社の米国子会社TMC USA LLCが、米国商務省傘下の海洋大気庁(NOAA)に対し、1980年に制定された深海底固形鉱物資源法(DSHMRA)に基づく探査ライセンスおよび商業的回収許可の申請プロセスを正式に開始したと発表した。同社は、2025年第2四半期にNOAAへ申請書を提出する予定である。
TMCの最高経営責任者(CEO)Gerard Barron氏は声明で「過去10年間で我々は契約地域のノジュール資源を理解し責任を持って開発するために5億ドル以上を投資してきた。CCZ(クラリオン・クリッパートン・ゾーン)に関する世界最大の環境データセットを構築し、環境への影響を最小限に抑える沖合収集システムを慎重に設計・テストし、国際海底機構が要求するすべてのステップに従ってきた」と述べている。
同社によると、米国商務省国立海洋大気管理局(NOAA)との事前申請相談プロセスをすでに開始しており、2025年第2四半期に正式申請を行う予定。申請の法的根拠となるDSHMRAは1980年に米国議会で可決された法律で、国際条約が発効する前の暫定的な法的枠組みとして、公海における深海採掘を規制する米国の制度を確立したものである。NOAAは1981年に探査ライセンスに関する施行規則を採択し、1989年には商業回収許可に関する施行規則を採択している。
深海採掘は、バッテリーや再生可能エネルギー技術に不可欠なニッケル、コバルト、銅、マンガンなどの金属を海底から回収するもので、その潜在的な経済価値は8兆ドルから16兆ドル以上とも見積もられている。
TMCがこの動きに出た背景には、ISA(International Seabed Authority、国際海底機構)による「採掘規則」採択の遅れがある。ISAは、国連海洋法条約(UNCLOS)に基づいて1994年に設立された国際機関で、国家管轄権外の深海底における活動を規制・管理する責任を負う。本部はジャマイカのキングストンにある。
同社はプレスリリースで「ISAは、UNCLOSと1994年協定の下での明示的な条約上の義務に違反して、『区域における鉱物資源の開発に関する規則』をまだ採択していない」と批判している。
ISAは現在、ジャマイカのキングストンで36カ国の代表が参加する理事会会議を開催しており、深海採掘の規制枠組みについて議論しているが、3月28日に終了する今回の交渉ラウンドで最終テキストが完成する見込みは低いとされている。
TMCはこれまで10年以上にわたり、5億ドル以上を投資し、ナウル共和国とトンガ王国が後援するCCZの2つの多金属ノジュール契約地域の探査を行ってきた。同社は2025年2月には、パートナー企業PAMCOの日本の八戸にある回転キルン電気アーク炉設備で2,000トンの深海多金属ノジュールサンプルを処理し、35トンのニッケル・銅・コバルト合金と320トンのマンガンケイ酸塩製品の生産に成功したと発表している。
Barron氏は「我々は(深海採掘を)開始し、環境リスクを管理できることを証明するのに十分な知識を持っていると信じている。必要なのは、堅牢な規制体制を持ち、我々の申請を公正に審理する意思のある規制当局だ」と述べ、ISAにおける商業採掘規則の採択が遅れている現状を批判。DSHMRAに基づく米国の規制が、「安定し、透明性があり、執行可能な規制経路」を提供すると強調した。
国際的反応と懸念
この発表に対して、国際海底機構(ISA)の新たに選出された事務局長Leticia Carvalho氏は「深い懸念」を表明し、「『区域』におけるすべての探査および開発活動は機構の管理下で実施されなければならない」と述べた。また、「一方的な行動は国際法の違反となり、多国間主義の基本原則、海洋の平和的利用、および条約で設定された集団的ガバナンスの枠組みを直接損なうものである」と警告した。
環境保護団体GreenpeaceのLouisa Cassonシニアキャンペーナーは、「多国間主義への侮辱であり、国際協力への平手打ちだ」と激しく非難。「TMCはISAに圧力をかけてきたが失敗し、今度は米国の古い国内法を利用して国際法違反を助長しようとしている。これは同社の絶望的な状況を示しており、深海採掘の一時停止(モラトリアム)がこれまで以上に緊急に必要であることを証明している」と訴えた。
深海保護連合(Deep Sea Conservation Coalition)の法律顧問であるDuncan Currie氏も、「TMCは規制なき海底採掘から、全ての国際的枠組みの外での海底採掘へと舵を切ろうとしているようだ。このような国際的な対立、不和、混乱を防ぐためにはモラトリアムが必要だ」と述べた。
現在、30以上の政府が深海採掘のモラトリアム(一時停止)を求めており、科学者たちは産業採掘が生物多様性の回復不能な損失を引き起こす可能性があると警告している。
法律専門家からは、UNCLOSが慣習国際法と見なされることから、TMCの計画が国際法違反にあたる可能性や、太平洋島嶼国との関係を悪化させるリスクが指摘されている。
経済的影響と環境的懸念
TMCとその支持者は、深海採掘が米国の国家安全保障と鉱物独立にとって戦略的な機会を提供すると主張している。米国では国務長官Marco Rubio、商務長官Howard Lutnick、下院議員Elise StefanikとRob Wittmanなどが深海採掘の支持者として知られており、2024年12月には国防総省に対して多金属ノジュール由来の資源の精製に関する実現可能性調査を2025年末までに完了するよう要請する法案が可決されている。
TMCの発表は同社の株価にポジティブな影響を与えている。2025年3月28日時点で1.72ドルで取引され、年初からの上昇率は約54%に達し、時価総額は約5億9,200万ドルとなっている。この上昇は、Trump政権下での深海採掘支援の高まりと関連していると見られる。
一方、環境保護団体や科学者は、深海採掘が海洋生態系に与える影響について深刻な懸念を表明している。活動家グループはすべての活動の禁止を呼びかけ、海底での産業活動が回復不可能な生物多様性の喪失を引き起こす可能性があると主張している。
国際エネルギー機関によると、2040年までに銅とレアアースメタルの需要は40%増加する見込みであり、クリーンエネルギー技術からのニッケル、コバルト、リチウムの需要はそれぞれ60%、70%、90%増加すると予測されている。海底には、ニッケル、マンガン、コバルトなどの金属の巨大な埋蔵量があり、その推定価値は8兆ドルから16兆ドル以上とされている。これらは、電気自動車のバッテリーや再生可能エネルギー技術に不可欠であり、その確保は各国の産業競争力や安全保障に直結する戦略的課題となっている。
今後の展望と法的課題
TMCは2025年第2四半期にNOAAへの正式申請を予定しているが、この申請プロセスには法的課題も予想される。同社はSECへの年次報告書で、DSHMRAに基づく探査ライセンスや商業回収許可を適時に、あるいは経済的に実行可能な方法で確保できるという「保証はない」と認めている。
また、TMCはナウル海洋資源社(NORI)を通じて2025年6月27日にISAにも開発申請を提出する意向を示している。同社のCFO、Craig Sheskyは投資家向け説明会で、同社が2025年6月にNORIライセンス地域の申請を提出する意向を持っているが、「どの規制当局に」申請するかはまだ決定していないと述べている。
法律専門家は、TMCが米国法の下で国際海底を採掘しようとする場合、UNCLOSで規定された「区域」とその資源に対する主権を行使することはできないとする原則に明確に違反すると警告している。また、そのような動きは太平洋地域社会との関係に緊張をもたらす可能性があるとも指摘されている。
今後、国際社会がTMCの動きにどのように対応するか、また深海採掘の規制枠組みがどのように発展していくかが注目される。
Source
- The Metal Company: The Metals Company to Apply for Permits under Existing U.S. Mining Code for Deep-Sea Minerals in the High Seas in Second Quarter of 2025
- The Guardian: Canadian company in negotiations with Trump to mine seabed
- Mongabay: Deep-sea miner TMC seeks U.S. approval, potentially bypassing global regulator