物質の持つ熱を効率的に電気に変換する新しい技術が、東京理科大学と埼玉大学の共同研究チームによって開発された。これは二ケイ化タングステン(WSi2)という半導体材料を用いた横型熱電変換素子で、従来の熱電変換技術と比べてより効率的な発電が可能となる。この成果は2024年11月13日、物理学の専門誌「PRX Energy」に掲載された。
革新的な横型熱電変換のメカニズム
熱を電気に変換する従来の熱電変換素子では、熱の流れと同じ方向に電圧が発生する仕組みを採用していた。これに対し、東京理科大学と埼玉大学の研究チームが開発した新しい素子は、熱の流れに対して垂直な方向に電圧を生成するという画期的な特徴を持つ。
この革新的な機能を実現する鍵となったのが、二ケイ化タングステン(WSi2)という物質が持つ特異な電子構造である。研究チームは物理実験と計算機シミュレーションを組み合わせた詳細な解析により、この物質内部では電子とホール(正孔)が異なる次元で振る舞うという特徴的な性質を発見した。具体的には、電子は一次元的なフェルミ面を形成し、ホールは二次元的なフェルミ面を形成するという「混合次元性」と呼ばれる状態を示すことが明らかになった。
さらに詳しく見ると、この物質では結晶の方向によって伝導特性が大きく異なることが分かった。面内方向では正孔が支配的な伝導を示し、面直方向では電子が支配的な伝導を示す。この異方性により、熱流を45度の角度で加えると、それと垂直な方向に大きな起電力が発生する。これは、WSi2の結晶構造に由来する電子とホールの特異な振る舞いによって生じる現象である。
研究チームは、WSi2の電子構造をさらに詳しく調べるため、タングステンの5d軌道とケイ素の3p軌道の寄与を解析した。その結果、ホールが形成する二次元的なフェルミ面は主にタングステンの5dxy軌道から生じており、電子が形成する一次元的なフェルミ面はタングステンの5dyz/zx軌道から生じていることが判明した。このような軌道の特徴的な配置が、物質の持つ異方的な伝導特性を生み出している。
このメカニズムの最大の利点は、従来型の素子で必要とされていた多数の電気接点を大幅に削減できる点にある。これにより、接点での電気抵抗によるエネルギー損失を最小限に抑えることが可能となり、より効率的な熱電変換を実現している。また、この素子は外部磁場を必要としないため、システムの小型化や運用コストの削減にも貢献する可能性を秘めている。
今回の発見は、結晶構造の特徴を活かした新しい熱電変換の設計指針を示すものであり、今後の熱電材料開発における重要な指標となることが期待される
実用化に向けた性能と応用可能性:新型熱電変換素子の実力
開発された二ケイ化タングステン(WSi2)を用いた横型熱電変換素子の性能は、室温付近において無次元性能指数(zxyT)が1.0×10-3を達成した。これは既存の異常ネルンスト効果を示す磁性材料を用いた熱電変換素子と同等の性能水準である。特に重要な点は、この素子が外部磁場を必要とせず、広い温度範囲で安定して動作することにある。
性能の詳細を見ると、横方向の熱起電力(Sxy)は室温で約6マイクロボルト/ケルビンを示す。これは一見すると従来の熱電材料と比べて小さな値に思えるが、横型熱電変換という新しい方式において、実用的な応用が十分に可能なレベルである。研究チームは結晶の品質向上により、さらなる性能向上の余地があると指摘している。
産業応用の観点からは、この素子の最も有望な用途の一つが熱流センサーとしての活用である。特に、センサー面に垂直な方向の熱流を直接検出できる特性は、エネルギー管理システムにおいて重要な役割を果たす可能性がある。従来の熱流センサーと比較して、構造が単純で信頼性が高いという利点を持つ。
さらに、この技術は産業機器や自動車エンジンから発生する廃熱の有効活用にも適している。従来の熱電変換素子では、多数の電気接点による損失が効率向上の障壁となっていたが、この新素子ではその問題を大幅に軽減できる。また、衛星や遠隔地に設置されるセンサーなど、従来の電源供給が困難な場所での電力供給源としても期待される。
実用化に向けた重要な利点として、WSi2が比較的豊富な元素で構成されており、既存の半導体製造プロセスとの親和性が高いことが挙げられる。これは、将来の大規模生産における製造コストの低減につながる可能性を示唆している。また、結晶成長技術の最適化により、素子の性能再現性も向上することが期待される。
研究チームは現在、素子の耐久性や長期信頼性の評価を進めており、実環境での使用に向けた検証を行っている。特に、温度サイクルや機械的ストレスに対する耐性の確認が重要な課題となっている。これらの評価を通じて、実用化に向けた設計指針の確立を目指している。
また、この研究成果は単なる一つの材料開発にとどまらず、混合次元性を持つ新しい熱電変換材料の探索という、より広い研究領域の開拓にもつながることが期待されている。これにより、さらに高性能な熱電変換材料の発見につながる可能性も秘めている。
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