テクノロジーと科学の最新の話題を毎日配信中!!

TSMC、Huaweiへのチップ流出阻止は「構造的に不可能」と明言

Y Kobayashi

2025年4月23日

世界最大の半導体受託製造企業(ファウンドリ)であるTSMCが、最新の年次報告書において、自社で製造した半導体の最終的な使用状況を完全に把握することは「本質的に困難」であると認めた。この告白は、TSMCが意図せず米国の制裁対象であるHuawei向けのAIチップを製造したとされる問題を受けてのものであり、米国の対中輸出規制の実効性に大きな疑問符を投げかけると同時に、TSMC自身が巨額の罰金リスクに直面している現状を浮き彫りにしている。

スポンサーリンク

ファウンドリの構造的限界 – TSMCが「追跡困難」を認めた背景

TSMCは半導体製造の巨人であり、世界の先端チップの大部分を生産している。しかし、そのビジネスモデルは基本的に「受託製造」だ。顧客企業からチップの設計データ(GDSファイルと呼ばれる、幾何学的な形状や層構造の情報が含まれたファイル)を受け取り、そのデータが製造プロセスのルールに適合するかを検証した後、フォトマスクを作成し、チップを量産する。

TSMCは年次報告書で次のように述べている。「半導体サプライチェーンにおける当社の役割は、当社が製造した半導体を組み込んだ最終製品の下流での使用または使用者に関する可視性および入手可能な情報を本質的に制限します」。これは、TSMCがチップを製造する際、そのチップを誰が設計し、最終的にどのような製品に使われ、誰がエンドユーザーになるのかを、製造段階で特定することはできない、ということを公式に認めた重要な声明だ。

ファウンドリは、あくまで設計図通りに高品質なチップを製造することに特化しており、そのチップが顧客の手を離れた後、どのような経路で流通し、最終的にどの機器に搭載されるのかを追跡する手段を基本的に持っていない。TSMCは、「この制約は、当社が製造した半導体が、当社のビジネスパートナーや迂回を意図する第三者によって、意図しない最終用途やエンドユーザーに転用されないことを完全に保証する能力を妨げます」と、その構造的な限界を率直に認めているのである。

Sophgo経由、Huawei AIチップ製造の衝撃

TSMCが今回、年次報告書で改めて可視性の限界を強調した直接的なきっかけは、昨年発覚した一件の取引にある。中国を拠点とするSophgoという企業が、TSMCの先端プロセスである7nm技術を使ってチップの製造を委託した。しかし、後にこのチップは、米国の輸出規制対象となっているHuaweiの高性能AIプロセッサ「Ascend 910B」および「910C」に使用されるコンピューティング・チップレット(小さな機能単位のチップ)であることが判明したのだ

報道によれば、Sophgoを経由して製造されたチップレットは、Huaweiが約100万個のデュアルチップレット構成のAscend 910Cプロセッサを組み立てるのに十分な量、つまり約200万個のダイ(チップ本体)に相当するとされる。これは、Huaweiにとって約1年分のAIプロセッサ需要を満たす量であり、米国の制裁下にもかかわらず、Huaweiが先端半導体を調達し続けている実態を示すものとなった。

TSMCの立場からすれば、Sophgoという(少なくとも表向きは)制裁対象ではない企業からの注文を受け、提供されたGDSファイルに基づいて製造したに過ぎない。しかし結果として、米国の輸出管理法に違反する形で、制裁対象企業であるHuaweiに先端チップを供給した形となってしまったのである。この事実は、TSMCのような巨大ファウンドリでさえ、顧客を装った迂回ルート(プロキシ)による制裁回避のリスクに晒されていることを示している。

スポンサーリンク

10億ドル罰金報道とTSMCが抱えるリスク

このSophgo経由のHuawei向けチップ製造に関し、TSMCは米国政府から10億ドル(約1500億円以上)規模の罰金を科される可能性があると報じられている。まだ確定情報ではないものの、TSMC自身も年次報告書で、輸出管理法や制裁法違反のリスクについて深刻な懸念を表明している。

「もし当社または当社のビジネスパートナーが適切な輸出入、再輸出のライセンスや許可を取得できなかったり、適用される輸出管理法や制裁法に違反していると判断された場合、当社は評判への損害や、関連する法的手続きから生じる政府調査や罰金を含むその他の否定的な結果を通じて、悪影響を受ける可能性があります」とTSMCは記しており、自社だけでなく、サプライチェーンに関わるパートナー企業のコンプライアンス違反によっても、自社が責任を問われる可能性があることを認識している。

TSMCは、Huaweiへのチップ流用疑惑が浮上した際、速やかに米国および台湾の当局に報告し、調査に全面的に協力したとしている。しかし、今回の年次報告書での告白は、今後同様の事態が再発する可能性を否定できないという、厳しい現実を示唆している。

米国輸出規制の実効性への疑問符

Biden政権下の米国は、先端AIチップや関連製造装置などが中国の軍事力強化に利用されることを警戒し、輸出規制を段階的に強化してきた。特定の中国企業(Huaweiなど)をエンティティリストに追加し、米国技術を用いた先端半導体の供給を厳しく制限している。

しかし、TSMCが認めた「追跡困難性」は、こうした規制の実効性に根本的な課題があることを示唆している。世界中の企業が関わる複雑な半導体サプライチェーンにおいて、製造された個々のチップの最終目的地を完全に管理することは、たとえTSMCのような業界の巨人であっても極めて難しい。

制裁対象企業は、Sophgoのようなダミー企業や第三国を経由するなど、様々な迂回ルートを使って規制を回避しようとする。ファウンドリが製造段階で最終用途を特定できないという構造的な弱点は、こうした迂回工作を容易にする「抜け穴」となりかねない。TSMCの告白は、米国政府に対し、輸出規制の枠組みや執行方法について、さらなる見直しを迫る可能性がある。

半導体業界への影響と今後の展望

今回のTSMCの件は、半導体ファウンドリ業界全体に波紋を広げている。TSMCだけでなく、他のファウンドリも同様のリスクを抱えている可能性が高い。今後、規制当局や顧客から、サプライチェーンの透明性向上やトレーサビリティ(追跡可能性)強化への圧力が強まることが予想される。しかし、技術的・コスト的な課題も大きく、実効性のある対策を講じるのは容易ではないだろう。

一方で、企業側はリスク回避の動きを強める可能性がある。特に、米国の輸出管理法は域外適用されるケースもあり、違反した場合のペナルティは甚大である。そのため、少しでも懸念のある取引先、特に中国関連のビジネスに対しては、より慎重な姿勢を取る企業が増えるかもしれない。これは、グローバルな半導体サプライチェーンのさらなる分断や再編を促す要因ともなりうる。

さらに、米国の政治情勢も不確実性を増している。Trump大統領による広範な輸入品への関税導入や、CHIPS法のような半導体産業支援策の見直しが進められており、TSMCをはじめとする半導体関連企業は、地政学的なリスクにも備える必要に迫られている。

TSMCは年次報告書で、現状では輸出規制の拡大によって「重大な影響は受けていない」としつつも、今後の世界的な貿易摩擦の進展によっては、「当社の事業および運営に悪影響を与える可能性があり、当社は重大な法的責任および財務的損失を被る可能性がある」と警告している。Huaweiへのチップ供給問題とそれに伴うTSMCの告白は、複雑化する地政学リスクとサプライチェーンの脆弱性が交差する、現代の半導体産業が直面する困難な現実を象徴していると言えるだろう。


Sources

Follow Me !

\ この記事が気に入ったら是非フォローを! /

フォローする
スポンサーリンク

コメントする