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Ubisoft、主要作品を新子会社に集約 – Tencentから11.6億ユーロの戦略的投資を獲得

Y Kobayashi

2025年3月28日

フランスのゲーム大手Ubisoft Entertainment SA(以下、Ubisoft)は2025年3月27日(現地時間)、同社の経営構造を変革する重要な一歩として、主力フランチャイズである『Assassin’s Creed』、『Far Cry』、『Tom Clancy’s Rainbow Six』を基盤とする新たな子会社を設立し、中国のテクノロジー大手Tencent Holdings(以下、Tencent)から11億6000万ユーロ(約1,887億円)の出資を受け入れると発表した。これによりUbisoftは財務基盤を強化し、これら人気シリーズの更なる成長と「Evergreen化」(長期的な人気維持)を目指すとのことだ。

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主要な事実の詳細解説:主力3IPを核とする新会社設立

今回の発表は、Ubisoftが近年進めてきた事業変革を加速させるための戦略的な一手である。

新子会社の概要とTencentの出資
新たに設立される子会社は、Ubisoftが100%所有する形でフランスに本社を置かれる予定だ。この子会社には、『Assassin’s Creed』、『Far Cry』、『Tom Clancy’s Rainbow Six』という、Ubisoftのポートフォリオの中でも特に人気の高い3つのフランチャイズの開発チームが集約される。具体的には、カナダのモントリオール、ケベック、シェルブルック、サグネ、スペインのバルセロナ、ブルガリアのソフィアに拠点を置く関連開発チームが含まれる。加えて、これらのフランチャイズの過去作品(バックカタログ)や現在開発中の新作もこの新子会社が担当することになる。

この新子会社に対し、Tencentは総額11億6000万ユーロを出資し、約25%の経済的権益(economic interest)を取得する。この取引における新子会社の設立前企業価値(pre-money Enterprise Value)は約40億ユーロ(約6,510億円)と評価されており、これはUbisoftが保有するIP(知的財産)の価値の高さを物語っている。なお、取引完了後も新子会社はUbisoftによって完全支配され、連結決算の対象となる。Tencentはあくまで少数株主(マイノリティインベスター)としての参画となる。

資金使途と戦略的目的
Tencentからの出資金は、主にUbisoft本体のバランスシート強化、特に連結純負債の大幅な削減に充てられる。これにより財務的な柔軟性を高め、グループ全体の変革を加速させることが可能となる。さらに、選択されたフランチャイズの持続的な成長を支えるための投資にも活用される。

Ubisoftはこの新体制を通じて、より機動的な組織運営を目指すとしている。新子会社は専任のリーダーシップチームと取締役会の監督の下、開発、マーケティング、販売に至るまで迅速かつ影響力の大きい意思決定を行う権限を持つ。これにより、3つの主力フランチャイズを単なるゲームタイトルから、「Evergreen化」、すなわち長期にわたってプレイヤーを惹きつけ、収益を生み出し続ける「ゲームエコシステム」へと進化させることを目指す。具体的には、物語主導のソロプレイ体験の質向上、マルチプレイヤー要素の拡充(コンテンツリリースの頻度増加)、F2P(Free-to-Play:基本プレイ無料)モデルの導入、ソーシャル機能の統合などが計画されている。

権利関係については、Ubisoft本体が新子会社に対し、対象となる3フランチャイズに関連する知的財産権および類似の所有権について、全世界的、独占的、取消不能かつ永続的なライセンスをロイヤリティと引き換えに供与する形となる。

背景や影響の考察:Evergreen化への布石と業界への示唆

今回の組織再編とTencentからの大型出資は、近年のUbisoftが直面していた課題と、ゲーム業界全体の変化を踏まえた戦略的な決断と言える。

取引の背景:財務改善と成長戦略の両立
Ubisoftはここ数年、一部タイトルの発売延期や期待を下回るセールス、それに伴う株価の低迷など、厳しい状況に直面していた。2023年初頭には大規模なコスト削減計画に着手し、スタジオ閉鎖や人員削減(約2,000人)も実施している。こうした中、直近で発売された『Assassin’s Creed Shadows』は発売初日の売上がシリーズ2番目の高さを記録し、プレイヤー数が300万人に達するなど、明るい兆しも見え始めていた。今回の取引は、この好機を捉え、財務基盤を安定させつつ、将来の成長に向けた投資原資を確保するという、Ubisoftにとって重要な意味を持つ。

また、以前からTencentがUbisoftの買収に関心を持っているとの報道(Bloombergなど)もあったが、完全買収ではなく子会社へのマイノリティ出資という形に落ち着いた。これについて、M&A専門会社Drake Star PartnersのMichael Metzger氏は、「非公開化は複雑で、特にTencent主導の場合は規制上のハードルも高かっただろう。魅力的な評価額で多額の現金注入を確保する創造的な構造だ」と分析している。

Tencentとの関係深化と専門家の見解
Tencentは2022年からUbisoft本体の株式を保有しており(現在は約10%)、今回の出資により両社のパートナーシップはさらに強化されることになる。TencentのMartin Lau社長は、「Ubisoftの創造的なビジョンと才能への継続的な信頼を反映するもの。これらのフランチャイズが長期的なエバーグリーンプラットフォームに進化する大きな可能性を見ている」とコメントしている(Ubisoftプレスリリースより)。

一方で、アナリストからは様々な見方も出ている。DFC IntelligenceのDavid Cole氏は、「Ubisoftにとってかなり良い取引。Tencentは西側市場への参入に意欲的で、ゲームIPの価値がいかに高まっているかを示している」と肯定的に評価する。しかし、Wedbush SecuritiesのMichael Pachter氏は、「理解しがたい。子会社にIPを移すことで価値を『解き放つ』と言うが、結局はゼロサムではないか。子会社の評価額が40億ユーロなのに、Ubisoft本体の時価総額はその半分程度(約24億ユーロ)なのはなぜか」と懐疑的な見方を示している。この構造が市場にどう評価されるかは、今後の注目点となるだろう。

Ubisoft本体と今後の展望
新子会社の設立と並行して、Ubisoft本体は「Tom Clancy’s Ghost Recon」や「The Division」といった他の象徴的なフランチャイズの育成、他の有力タイトルの成長加速、最先端技術を活用した新規IPの開発、そして自社開発のゲームエンジンやオンラインサービス(Ubisoft Connectなど)の提供に引き続き注力するとしている。UbisoftのYves Guillemot CEOは、「これはUbisoftの歴史における新たな章の始まりだ。よりシャープで焦点の定まった組織を構築し、プレイヤーの期待を超える豊かで記憶に残るゲームを提供し、株主やステークホルダーに優れた価値を創造することにコミットする」と述べている(Ubisoftプレスリリースより)。

取引の条件とスケジュール
この取引は、独立専門家による公正意見書の提出(Ubisoftは放棄可能)、新子会社設立のための事業分離(カーブアウト)の完了、そして関連する規制当局の承認取得などが前提条件となる。取引の完了は2025年末までに見込まれている。

重要な点として、Ubisoftは取引後少なくとも2年間は新子会社の議決権および株式の過半数を維持することが義務付けられている。また、Tencentは原則として5年間、保有する新子会社株式を売却できないロックアップ期間が設定されている(ただし、Ubisoftが過半数支配を失った場合を除く)。これにより、Ubisoftは当面の間、主力フランチャイズの経営権を維持することになる。他にも、株式譲渡に関する慣習的な規定(Ubisoftの第一先買権、Tencentのタグアロング権など)や、Ubisoft本体の支配権に変更があった場合のコール/プットオプションなども契約に含まれている。

今回のUbisoftの決断は、巨大化・複雑化するAAAタイトルの開発・運営と、厳しい市場環境の中で財務健全性を維持するという、現代の大手ゲームパブリッシャーが抱える課題に対する一つの解答例と言えるかもしれない。主力IPの価値を最大化し、長期的な成長軌道に乗せるための大胆な一手が、今後どのような成果を生むのか、業界の注目が集まる。


Sources

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