プリンストン大学とNASAのジェット推進研究所(JPL)の研究チームが、従来の物理学理論では「不可能」とされていた方法で、地球の自転エネルギーを利用して電気を生成することに成功した。この革新的な研究は、学術誌『Physical Review Research』に発表され、再生可能エネルギーの新たな可能性を示唆している。
「不可能」を可能にした科学的なブレークスルー
長年にわたり、物理学者たちは地球の一様な磁場から電気を生成することは不可能だという結論に達していた。地球が自身の磁場を通って回転する際に生じる電磁力は、導体内の電子の再配置によってほぼ瞬時に打ち消されると考えられていたからだ。
しかし、プリンストン大学のChristopher Chyba教授とJPLのKevin Hand博士、Spectral Sensor SolutionsのThomas Chyba氏からなる研究チームは、この一般的な理論に「抜け穴」があることを発見した。
「私たちの小さなデモンストレーションシステムは、予測された(低い)大きさの連続的な直流電圧と電流を生成することを示しました」と研究チームは論文で述べている。
研究チームが構築した装置は、マンガン亜鉛フェライト製の中空円筒を特殊な形状で配置することで、地球の磁場と相互作用させる仕組みになっている。この円筒を地球の回転方向と磁場の両方に対して垂直になるよう配置することで、17〜18マイクロボルトという微小ではあるが明確に測定可能な電圧を発生させることに成功した。

理論的背景:「磁気拡散」とトポロジーの重要性
研究チームが「不可能」を回避するために着目したのは、「磁気レイノルズ数(Rm)」という指標と装置の「トポロジー(形状)」である。
磁気レイノルズ数(Rm = σμvξ、σ:導電率、μ:透磁率、v:速度、ξ:代表長さ)は、磁場の移流(導体の運動によって磁場が運ばれる効果)と磁場の拡散(導体内部で磁場が広がっていく効果)の比を示す無次元数である。一般的な金属のような高導電率(高Rm)の物質では、導体内の電子が磁場の変化に素早く応答し、外部磁場を打ち消すように振る舞うため、v×B力は効果的に相殺される。
研究チームは、あえて導電率が低く、透磁率が高い「ソフト磁性材料」であるマンガン亜鉛フェライト(MnZn ferrite)を採用した。これによりRmを1未満(実験では約0.088)という低い値に抑え、「磁気拡散」が支配的になる条件を作り出した。
さらに、装置の形状として中空の円筒(長さ約30cm、外径1.0cm、内径/外径比0.61)を採用した。この特定のトポロジーと低Rm材料の組み合わせにより、円筒内部で磁場が複雑に歪み、v×B力の作るベクトル場の回転(∇×(v×B))がゼロにならない領域が生じる。この結果、電子の再配置だけでは完全にv×B力を打ち消すことができなくなり、外部回路に電流を流す起電力が発生すると理論的に予測されていた。
厳密な実験条件と検証方法
研究チームは装置が本当に地球の自転から電気を生成していることを証明するために、複数の厳密な対照実験を行った。
実験は光電効果を排除するためにプリンストン大学の窓のない暗い地下室で行われた。また、装置には熱電対が取り付けられ、温度勾配による熱電効果(ゼーベック効果)を測定して補正した。
「装置を90度回転させて磁場に平行にすると、電圧と電流はゼロになりました。さらに90度回転させると、電圧と電流は再び最大になりましたが、符号が逆転しました」とChyba教授はThe Debriefへのインタビューで説明している。
さらに決定的な証拠として、同じ材料で作られた中実の円柱(中空でない)では、どの方向に向けても電圧は発生しなかった。これはチームの理論予測と完全に一致する結果だった。
また、実験は元の研究室から5.5km離れた住宅でも再現され、環境的な影響や実験装置の特殊性に依存しない普遍的な現象であることが示された。
科学界の反応と今後の展望
この画期的な成果に対し、科学界からは驚きと共に、懐疑的な意見も出ている。オランダの元物理学者Rinke Wijngaarden氏は、2018年に同様の原理に基づく追試を行ったが効果を確認できなかったとして、今回の研究の理論的正当性に疑問を呈している(ただし、研究チームはWijngaarden氏の実験設定が今回の理論の適用条件を満たしていない可能性があると指摘)。一方で、ウィスコンシン大学オークレア校の名誉物理学者Paul Thomas氏のように、「非常に説得力があり注目に値する」と肯定的に評価する声もある。
Chyba氏自身も、「まず最初に必要なのは、独立した研究グループが我々の結果を再現、あるいは反証することだ」と述べ、追試の重要性を強調している。
実用化に向けては、生成される電圧が現状では極めて小さいことが最大の課題である。研究チームは、装置を小型化して多数並列接続することや、より高性能な材料(高い導電率σや透磁率μを持つ、あるいはより高速で移動させる)を使用することで、電圧を高められる可能性を理論的に示唆している。「実用的な電力量に到達するためには、おそらく小型化が必要でしょう。そうすれば、妥当な体積の中に多くのコンポーネントを収めることができます」とChyba教授は述べている。しかし、「理論に基づいて道筋を示すことと、その道筋が実際に機能し実用的であることを実証することの間には大きな隔たりがある」と慎重な姿勢を崩していない。
実用的な発電装置への道のりはまだ遠いものの、今回の成果は、長年の定説に挑戦し、未知の現象を探求する基礎科学研究の重要性を改めて示すものである。好奇心に基づいた探求が、将来的に予期せぬ実用的な応用を生み出す可能性を秘めていることを、この「不可能への挑戦」は教えてくれる。アメリカの科学技術の根幹を支える基礎研究への継続的な投資が不可欠であるとChyba氏は訴えている。
論文
- Physical Review Research: Experimental demonstration of electric power generation from Earth’s rotation through its own magnetic field
参考文献