今年初め、Neuralink社は、肩から下が麻痺している29歳の米国人男性Noland Arbaugh氏の脳内にチップを埋め込んだ。このチップのおかげで、Arbaugh氏はマウスポインターが動くのを想像するだけで、スクリーン上のマウスポインターを動かすことができるようになった。
2023年5月、米国の研究者たちは、生成AIと組み合わせて脳スキャンから誰かが考えている言葉を「解読」する非侵襲的な方法も発表した。同様のプロジェクトは、「心を読むAI帽子」という見出しを巻き起こした。
神経インプラントと生成AIは本当に「心を読む」ことができるのだろうか?コンピューターが私たちの思考を正確にリアルタイムで書き起こし、誰でも読めるようになる日は近いのだろうか?
そのようなテクノロジーは、特に顧客ターゲティングデータの新たなソースを探している広告主にとってはメリットがあるかもしれないが、プライバシーの最後の砦、つまり私たち自身の心の密室を取り壊すことになる。しかし、パニックに陥る前に、私たちは立ち止まって考えるべきだ。神経インプラントや生成AIができることは、本当に「心を読む」ことなのか?
脳と心
私たちの知る限り、意識的な経験は脳の活動から生じる。つまり、どのような意識的な精神状態にも、哲学者や認知科学者が「神経相関」と呼ぶ、脳内で発火する神経細胞(ニューロン)の特定のパターンがあるはずなのだ。
つまり、ローマ帝国について考えていようが、カーソルが動いているところを想像していようが、それぞれの意識的な精神状態には、それに対応する脳の活動パターンがあるということだ。
つまり、もしデバイスが私たちの脳の状態を追跡できるのであれば、単純に私たちの心を読むことができるはずだ。そうだろう?
しかし、リアルタイムのAIによるマインド・リーディングを可能にするためには、特定の意識的な精神状態と脳の状態との正確で一対一の対応を特定できる必要がある。そして、これは不可能かもしれない。
大まかな一致
脳の活動から心を読み取るには、どの脳の状態が特定の精神状態に対応しているかを正確に知る必要がある。つまり、たとえば赤いバラを見たときの脳の状態と、赤いバラの匂いを嗅いだときの脳の状態、赤いバラに触れたときの脳の状態、赤いバラを想像したときの脳の状態、赤いバラがお母さんのお気に入りだと思ったときの脳の状態を区別する必要がある。
また、熟したレモンのような他のものを見たり、匂いを嗅いだり、触ったり、想像したり、考えたりすることに対応する脳の状態から、それらの脳の状態をすべて区別しなければならない。そして、あなたが知覚したり、想像したり、考えたりすることができる他のすべてのものについても同様である。
これが難しいといえば難しい。
顔の知覚を例にとってみよう。顔を意識的に知覚するには、あらゆる種類の神経活動が関与している。
しかし、この活動の大部分は、顔を意識的に知覚する前か後のプロセス、つまりワーキングメモリー、選択的注意、自己監視、課題計画、報告といったものに関係しているようだ。
顔を意識的に知覚することだけに特化した神経プロセスを洗い出すのは至難の業であり、現在の神経科学では解決に至っていない。
仮にこの課題が達成されたとしても、神経科学者はある種の意識的経験、すなわち顔の一般的経験の神経相関を発見したにすぎない。つまり、顔という一般的な体験である。それによって、特定の顔の体験の神経相関を見つけたことにはならない。
つまり、たとえ神経科学が驚異的な進歩を遂げたとしても、読心術師になろうとする人は、あなたが見ているのがBarack Obamaなのか、あなたの母親なのか、それとも見覚えのない顔なのかを、脳スキャンから見分けられるとは限らないのである。
マインド・リーディングに限って言えば、それは大したことではないだろう。
だが、AIについてはどうだろうか?
しかし、神経インプラントやAIに関わる最近のヘッドラインは、カーソルが動くのを想像したり、内なる言葉を発したりするような、いくつかの精神状態が読み取れることを示しているのではないだろうか?
そうとは限らない。まずは神経インプラントから見てみよう。
神経インプラントは通常、患者が特定のタスクを実行するのを助けるように設計されている。そのためには、カーソルを動かそうとする意図と相関する神経プロセスを正確に特定する必要はない。ただ、そのような意図に付随する傾向のある神経過程をおおよそ把握する必要があるだけであり、そのうちのいくつかは、タスク計画や記憶など、関連する他の精神的行為を実際に支えているかもしれない。
したがって、神経インプラントの成功は確かに印象的であり、将来のインプラントは脳の活動に関するより詳細な情報を収集する可能性が高いが、特定の精神状態と特定の脳の状態との間の正確な一対一のマッピングが特定されたことを示すものではない。だからといって、本当にマインド・リーディングが出来る可能性が高まるわけではない。
ここで、この研究で報告されたような、非侵襲的脳スキャンと生成AIからなるシステムによる内なる言葉の「解読」を考えてみよう。このシステムは、参加者がポッドキャストを聞いたり、頭の中で物語を朗読したり、映画を見たりしているときに、脳スキャンから連続的な語りの内容を「解読」するように設計されている。このシステムの精度はそれほど高くないが、それでも、これらの心的内容をランダムな偶然よりもうまく予測できたという事実は、非常に印象的である。
では、このシステムが脳スキャンから連続的な物語を完全に正確に予測できたとしよう。神経インプラントのように、このシステムはそのタスクにのみ最適化される。
このシステムはどれだけの精神活動をモニターできるのだろうか?それは、私たちの精神生活のうち、想像したり、知覚したり、あるいは、わかりやすい言葉で表現できる連続的で整った物語について考えたりすることが、どれくらいの割合を占めているかによる。
そして、それはそれほど多くはない。
私たちの精神生活は、リアルタイムでの知覚、記憶、期待、想像をすべて一度に含む、明滅的で、電光石火のように速い、複数のストリームからなるものなのだ。最も精巧に調整された脳スキャナーと、最も賢いAIが組み合わされた記録でさえ、そのすべてを忠実に捉えることは難しい。
マインド・リーディングの未来
ここ数年、AIの開発は一見乗り越えられそうにないハードルを飛び越える傾向を見せている。だから、AIによるマインド・リーディングの可能性を完全に排除するのは賢明ではない。
しかし、私たちの精神生活の複雑さ、そして脳についての知識の少なさ(神経科学はまだまだ発展途上である)を考えると、AIによるマインド・リーディングについての確信に満ちた予測は、大目に見るべきだろう。
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