OpenAIが2017年に、AIチップ開発スタートアップのCerebrasの買収を検討していたことが、Elon Musk氏による訴訟の法的文書から明らかになった。当時非営利組織だったOpenAIは、TeslaをM&Aの実行主体として検討していたものの、両社のミッションの違いから計画は実現しなかったようだ。
買収検討の詳細が法的文書で明らかに
今回の詳細は、Elon Musk氏が現在OpenAIを相手取って起こしている訴訟の証拠として提出された法的文書から明らかになった。OpenAIの共同創業者であり元チーフサイエンティストのIlya Sutskever氏は、2017年9月、Sam Altman CEOとElon Musk氏に宛てた電子メールでCerebrasの買収をTesla経由で実施することを具体的に提案している。
メールの中でSutskever氏は買収の実施主体に関する重要な懸念を表明している。「Cerebrasの買収を決定する場合、Tesla経由で実施することになるというのが私の強い直感です」と述べる一方で、組織のミッションの違いによる根本的な課題を指摘した。具体的には「Teslaには株主価値の最大化という義務があり、これはOpenAIのミッションとは一致しません。結果として、OpenAIにとって最適な結果にならない可能性があります」と、非営利組織であったOpenAIの理念との齟齬を明確に示している。
さらに、その2か月前の2017年7月には、Sutskever氏がMuskとOpenAIの共同創業者でのちに社長となるGreg Brockman氏に宛てたメールで、より具体的な検討状況を示唆する内容が記されていた。このメールには議題として「Cerebrasとの合併条件の交渉」「Cerebrasとのデューデリジェンスの深化」が明記されており、買収の検討が相当程度進展していたことが読み取れる。
当時のOpenAIは、Googleに対抗するための大規模な計算インフラ構築に向けて、その資金調達方法を模索していた時期でもあった。DeepMindがGoogleに買収されたように、OpenAIもTeslaの傘下に入ることで計算資源の確保を図ることを検討していたと考えられる。しかし最終的に、この買収計画は実現には至らず、OpenAIはその後Microsoftとのパートナーシップを選択することとなった。
この一連の検討プロセスは、AIモデルの開発における計算インフラの重要性を、OpenAIが創業初期から認識していたことを示す重要な証左となっている。現在のOpenAIが2026年の実用化を目指して独自チップの開発を進めている背景には、この時期から続く技術的自立への強い志向があると解釈できる。
早期段階での野心的な技術獲得の試み
買収検討が行われた2017年は、Cerebrasの創業からわずか1年後という極めて初期の段階であった。この時期にOpenAIが同社の買収を検討していた事実は、AI開発における独自のチップ技術の重要性を早期に見抜いていたことを示していると言えるだろう。
Cerebrasは現在、IPOを通じて約80億ドルの評価額を目指すまでに成長を遂げている。同社は創業以来、ベンチャーキャピタルから総額7億1,500万ドルもの資金を調達することに成功し、AIワークロード向けの独自チップ開発で着実な進展を見せてきた。同社の特徴的な技術は「ウェハースケール」と呼ばれるアプローチで、従来のNVIDIAの主力製品と比較して、より高速かつ効率的なAIモデルの学習と実行が可能だと主張している。
しかし、現在のCerebrasは新たな課題に直面している。2024年上半期の同社の収益の87%が、アブダビの企業G42からの売上で占められている。この過度な特定顧客への依存は、米国の法律家らの懸念を引き起こしている。特にG42の中国Huaweiとの歴史的な関係性が、地政学的なリスク要因として指摘されている。さらに、同社のCEOであるAndrew Feldmanには、過去に上場企業Riverstone Networksの副社長時代に会計管理の迂回で有罪判決を受けた経歴があることも、IPOに向けた懸念材料となっている。
一方のOpenAIは、この買収計画が頓挫した後、チップ開発の野心を一時的に棚上げすることとなった。しかし近年、NVIDIAへの依存度低減という課題は一層深刻さを増している。現在同社は、BroadcomやTSMCとの協業を通じて独自のAIチップ開発を進めており、2026年には実用化を目指している。この動きは、7年前に断念した技術獲得の試みを、異なるアプローチで実現しようとするものと解釈できる。
当時の買収が実現していれば、OpenAIはAIモデルの学習と実行に必要な計算資源を独自に確保できた可能性がある。それは現在のAI業界における計算資源の逼迫と、その結果としての開発速度の制約という課題を、部分的に回避できた可能性を示唆している。同時にCerebrasにとっても、現在直面しているIPOに向けた様々な課題を回避できた可能性があり、両社にとって異なる成長経路が開けていたかもしれない。
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