韓国の産業界と学界が、台湾のTSMCをモデルとした国営ファウンドリー「KSMC(Korea Semiconductor Manufacturing Company)」の設立を提案した。この構想は、国家工学アカデミー(NAEK)が主催したセミナーで明らかにされ、20兆ウォン(約2.2兆円)規模の投資により、2045年までに300兆ウォン(約33兆円)の経済効果を生み出すことが期待されている。
KSMC構想の背景と目的
韓国の半導体産業は現在、深刻な構造的課題に直面している。世界最大のメモリ半導体生産国としての地位を確立しているものの、システム半導体、特にロジック半導体の製造技術において台湾との技術格差が拡大している状況が続いている。
特に問題視されているのが、10nm以下の先端プロセスにおけるSamsungへの過度な依存体制である。Sungkyunkwan大学のKwon Seok-jun教授によれば、台湾では TSMCを頂点としながらも、UMCやPSMCといった企業が成熟プロセスや特殊プロセスを担当することで、バランスの取れたエコシステムを形成している。これにより、新竹科学園区だけで250社を超えるファブレス企業が自然な成長を遂げることが可能となっている。一方、韓国ではこうした製造技術の多様性が欠如しており、中小規模のシステム半導体企業の成長が阻害されている状況が続いている。
KSMCの設立構想は、こうした状況を打開するための戦略的施策として位置づけられている。注目すべきは、この構想が単なる製造能力の拡大だけでなく、韓国半導体産業全体のエコシステム強化を目指している点である。SK Hynix CEOのKwak No-jungが提案するように、既存のSamsung施設の再利用も視野に入れることで、効率的な投資配分と技術の有効活用を図ることが検討されている。
さらに、この構想には歴史的な示唆も含まれている。TSMCの設立過程において、台湾政府(行政院)が1980年代に半導体産業の潜在的価値を見出し、Morris Changを招聘して国家戦略として推進した経緯がある。韓国政府も同様に、長期的な視野に立った戦略的投資の必要性を認識している。半導体産業協会のAhn Ki-hyunが提唱する長期的な政府投資の呼びかけは、まさにこうした歴史的教訓に基づいているといえる。
国営ファウンドリー実現までの課題
韓国の半導体産業が直面する課題は多岐にわたり、その解決には包括的なアプローチが必要とされている。まず最も深刻な課題として、国際競争における技術格差の拡大が挙げられる。特に先端ロジック半導体製造分野において、台湾のTSMCとの差が開きつつある現状に、韓国の産業界は強い危機感を抱いている。
この技術格差を埋めるため、半導体産業協会のAhn Ki-hyunは、2047年までに300兆ウォン(約33兆円)という大規模な政府支援の必要性を訴えている。この支援策には、研究開発投資への補助金や税額控除などの財政的インセンティブが含まれており、韓国の半導体産業の競争力強化に向けた長期的な取り組みの基盤となることが期待されている。
人材不足の問題も深刻である。特に注目すべきは労働時間規制に関する議論である。TSMCのエンジニアたちが、先端プロセス技術の迅速な開発には長時間労働が不可欠であると指摘している点を踏まえ、韓国の52時間労働制限の柔軟な運用が検討課題として浮上している。この議論は、技術革新のスピードと労働者の健康管理という二つの重要な価値のバランスをどう取るかという難しい課題を提起している。
製造施設の効率的な活用も重要な課題である。この点について、SK HynixのCEOであるKwak No-jungは興味深い提案を行っている。Samsungの旧式製造施設を成熟プロセスノード向けに再利用することで、新規投資を抑えながら製造能力の多様化を図るという戦略である。これは、限られた資源を効率的に活用しながら、産業構造の改革を進める現実的なアプローチとして評価できる。
さらに、Kwak No-jungは産業支援の方法についても新たな視点を提示している。従来の大企業中心の支援から、材料・部品・装置メーカーなどの中小企業への直接支援へと転換を図る「ファウンテン効果」の重要性を強調している。これは、現在日本や台湾に依存している多くの材料調達を、将来的に国内で完結させることを目指す戦略的な提案といえる。
Xenospectrum’s Take
KSMCの構想は、韓国半導体産業の構造的課題に対する包括的な解決策として評価できる。しかし、20兆ウォン(約2.2兆円)という投資額は、最先端ファウンドリーの構築には些か心許ない。TSMCの年間設備投資額が400億ドル(約60兆円)を超える現状を考えれば、この程度の投資で真の競争力を獲得できるのか疑問が残る。
また、台湾の成功モデルを単純にコピーする戦略には限界がある。TSMCの成功は、1980年代という半導体産業揺籍期における政府の先見性と、Morris Changという類まれな経営者の存在が大きく貢献している。現代のより成熟した市場環境で、同様の成功を収めるには、より革新的なアプローチが必要だろう。
Source
- The Korea Bizwire: Korea Considers Establishing ‘KSMC’ to Bolster Semiconductor Ecosystem
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