Huaweiが次世代AIアクセラレータ「Ascend 920」を開発中であるとの報道が相次いでいる。中国の半導体メーカーSMICの6nmクラスプロセスを採用し、米国の輸出規制により供給が制限されたNVIDIA H20チップの代替を狙うと見られる。
米国規制が生んだ市場機会:Ascend 920登場の背景
ことの発端は、米国の対中半導体輸出規制の強化だ。当初、NVIDIAは規制に対応するため、性能を調整した「H100」のダウングレード版である「H20」を中国市場向けに投入していた。このH20は性能が抑えられていたにも関わらず、中国企業の間で広く採用され、NVIDIAにとって重要な収益源となっていたという。四半期ごとに売上が50%増加していたとの報道もあるほどだ。
しかし、米国政府はこのH20さえも輸出規制の対象に含める動きを見せた。この決定は、NVIDIAにとって数十億ドル規模の損失につながる可能性が指摘されている一方で、Huaweiにとっては大きなビジネスチャンスとなった。規制によって生じたAIチップの供給ギャップを、自社開発のAscend 920で埋めようという戦略が見て取れる。
興味深いのは、Ascend 920に関する情報公開のタイミングだ。H20への規制強化が報じられた直後に、HuaweiがパートナーカンファレンスでAscend 920について言及した、あるいは詳細情報がリークされたとされている。これは、Huaweiが規制強化を予期し、水面下でAscend 920の開発を進め、発表のタイミングを計っていた可能性を示唆している。まさに、米国の規制が、結果的に中国国内メーカーの追い風となっている側面があると言えるだろう。
Ascend 920の技術仕様:900TFLOPS超、HBM3搭載の野心的な設計
では、Ascend 920は具体的にどのようなチップなのだろうか?複数の報道から、その技術的な特徴が見えてくる。
- 位置づけ: 現行のAscend 910Cの後継であり、NVIDIA H20の直接的な代替候補として開発されている。
- 製造プロセス: TSMCの先端プロセスへのアクセスが制限される中、Huaweiは中国国内のファウンドリSMIC(Semiconductor Manufacturing International Corporation)との連携を強化している。Ascend 920は、SMICの6nmクラスとされる「N+3」プロセスで製造される見込みだ。これは、現行のAscend 910Cが採用する7nmプロセスからの微細化を意味し、性能向上と消費電力削減に寄与すると考えられる。
- 演算性能: Ascend 920は900 TFLOPS(テラフロップス)を超える性能を目指しているようだ。これは、おそらくBF16(Brain Floating Point 16)半精度浮動小数点演算における性能値だろう。現行のAscend 910CがBF16で780 TFLOPSであることを考えると、着実な性能向上が図られている。
- メモリ: 高速なメモリ帯域幅はAIチップの性能を左右する重要な要素だ。Ascend 920ではHBM3(High Bandwidth Memory 3)規格のメモリを採用し、4,000 GB/s(ギガバイト/秒)のメモリ帯域幅を実現する見込みだ。これは、Ascend 910Cが採用するHBM2E(帯域幅3,200 GB/s)からの大幅な向上となる。
- 設計と効率: Ascend 920も910Cと同様にチップレット設計を採用する可能性が高い。また、特にAIモデルの学習に焦点を当てた「Ascend 920C」と呼ばれるバリアントでは、TransformerモデルやMoE(Mixture-of-Experts)モデルに対するテンソルアクセラレーションエンジンを改良し、910Cと比較して全体の学習効率が30~40%向上すると内部的に見積もられているという。これは、NVIDIAなどの競合製品に対する電力効率の差を縮める狙いがあると考えられる。
- インターフェース: システム統合の観点からは、PCIe 5.0や次世代の高スループットインターコネクトプロトコルをサポートする。 これにより、大規模なAIクラスタにおけるノード間の通信速度向上や遅延削減が期待される。
Ascend 910C vs Ascend 920 (報道に基づく比較)
項目 | Ascend 910C (現行) | Ascend 920 (次世代・目標値) |
---|---|---|
製造プロセス | 7nm | SMIC 6nm (N+3) |
BF16 演算性能 | 780 TFLOPS | 900 TFLOPS 超 |
メモリ規格 | HBM2E | HBM3 |
メモリ帯域幅 | 3,200 GB/s | 4,000 GB/s |
学習効率 (vs 前世代) | – | 30-40% 向上 (920C, vs 910C) |
インターフェース | PCIe (世代不明), 独自インターコネクト | PCIe 5.0, 次世代インターコネクト |
注: Ascend 920のスペックは報道に基づく目標値であり、実際の製品とは異なる可能性があります。
SMICの躍進とHuaweiの国内サプライチェーン戦略
Ascend 920の開発において注目すべきは、製造を担うSMICの存在だ。TSMCのような世界最先端のファウンドリへのアクセスが絶たれたHuaweiにとって、SMICは半導体供給における生命線となりつつある。Ascend 920に採用される見込みの6nmクラス(N+3)プロセスは、SMICの技術力の向上を示すものと言えるだろう。
このN+3プロセスの成功は、AIチップだけでなく、Huaweiのスマートフォン向けSoC(System-on-a-Chip)であるKirinチップなど、他の製品ラインナップにも展開される可能性がある。これは、Huaweiが目指す「国内サプライチェーンによる自給自足」戦略の重要な一歩となる。
しかし、課題も存在する。最先端プロセスに不可欠なEUV(極端紫外線)リソグラフィ装置へのアクセスが制限されているため、SMICが5nmやそれ以下のプロセス開発を進める上での障壁は依然として高い。
Huaweiはチップ単体だけでなく、システムレベルでのソリューション開発にも注力している。先日報じたように、「CloudMatrix 384」AIスーパーノードクラスターは、Ascend 910Cをベースにしながらも、特定のベンチマークではNVIDIAの最新システム「GB200 NVL72」を上回る性能を示すとされる(ただし、消費電力は大きい)。これは、チップからシステム、クラウドサービスまで、垂直統合型のAIエコシステムを構築しようとするHuaweiの野心的な戦略を反映している。
市場への影響と今後の展望:Nvidia H20を代替できるか?
Ascend 920は、スペック上ではNVIDIA H20に匹敵、あるいはそれを上回る可能性を秘めている。米国の規制強化によってH20の供給が途絶えれば、中国国内のAI企業にとってAscend 920は有力な選択肢となり、中国AI市場における勢力図を塗り替える可能性がある。
しかし、真の競争力は、公称スペックだけでなく、実際のアプリケーションにおける性能、ソフトウェアエコシステムの成熟度、そして安定した供給能力にかかっている。NVIDIAは長年にわたりCUDAプラットフォームを中心とした強力なエコシステムを築き上げており、Huaweiがこれにどこまで対抗できるかは未知数だ。
量産開始は2025年後半と見込まれており、それまでにさらなる詳細情報や、第三者による独立した性能評価が待たれる。Ascend 920の登場は、米中技術覇権争いの新たな局面を象徴する出来事であり、今後のAIおよび半導体市場の動向を占う上で、極めて重要な意味を持つと言えるだろう。
Source