Appleのサービス部門トップのEddy Cueシニアバイスプレジデントが、同社が独自の検索エンジンを開発しない理由について詳細な説明を行った。米連邦裁判所に提出された宣誓供述書で、巨額の投資要件、AI時代における事業リスク、広告事業展開の課題という3つの主要な障壁を挙げている。
検索エンジン開発を阻む3つの壁
Appleのサービス部門トップEddy Cue氏は、検索エンジン開発における最大の障壁として、まず莫大な開発コストと長期の開発期間を挙げている。具体的には数十億ドル規模の投資が必要となり、その開発には「数年」を要すると指摘した。現在Appleは様々な成長分野への投資を進めており、検索エンジン開発にこれほどの経営資源を振り向けることは現実的ではないという判断だ。実際、検索エンジンの開発には、検索アルゴリズムの開発だけでなく、大規模なデータセンターの構築、クローリングシステムの開発、インデックス作成システムの構築など、複数の大規模プロジェクトを同時に進める必要がある。
二つ目の大きな課題は、人工知能(AI)の急速な進化に伴う市場の不確実性である。Cue氏は、現在の検索技術が AIの発展により急速に進化している状況を指摘。特に生成AIの台頭により、従来型の検索エンジンの在り方自体が大きく変わる可能性を示唆している。このような激変期に巨額の投資を行うことは、投資回収の見通しが立ちにくく、経済的に極めて大きなリスクを伴うと分析している。実際、MicrosoftのBingはChatGPTを統合し、GoogleもBardを統合するなど、検索の形態は大きく変化しつつある。
三つ目の壁として最も本質的な問題は、検索ビジネスの収益モデルがAppleの企業理念や事業構造と根本的に相容れない点にある。実用的な検索エンジンを運営するためには、ユーザーの検索行動を分析し、それに基づいたターゲット広告を販売するプラットフォームの構築が不可欠となる。しかし、Appleはプライバシー保護を重要な企業価値として掲げており、ユーザーデータの収集と活用を前提とする広告ビジネスとは本質的に相反する。加えて、App Store内での限定的な広告表示とは異なり、検索連動型広告ビジネスの運営には、広告配信の最適化や広告効果の分析、広告主との関係構築など、同社が現在持ち合わせていない専門的な人材とインフラストラクチャーが必要となる。Cue氏は、このような広告ビジネスの展開がAppleの「長年のプライバシーに対するコミットメント」と両立させることが困難であると明確に述べている。
GoogleとAppleの200億ドル規模の提携関係
Appleの宣誓供述書で明らかになった2022年のGoogleとの提携関係は、テクノロジー業界における最大規模の取引の一つとして注目を集めている。具体的には、GoogleはSafariブラウザのデフォルト検索エンジンとしての地位を維持するため、約200億ドル(約30兆円)をAppleに支払っている。この契約により、AppleはSafariブラウザでの検索広告収入の実に36%を得る権利を獲得している。
この提携の核となっているのは「Information Services Agreement(情報サービス契約)」と呼ばれる両社間の合意だ。この契約に基づき、AppleのSafariブラウザではユーザーがアドレスバーに検索クエリを入力すると、自動的にGoogleの検索エンジンが使用される仕組みとなっている。Eddy Cueは、この仕組みがAppleデバイスのユーザーからGoogleへのトラフィックを効果的に誘導していると説明している。
しかし、この提携関係は現在、米国司法省(DOJ)による厳しい審査の対象となっている。DOJは2023年、Googleがこの契約を通じて反トラスト法に違反していることを認識しながら、それを隠蔽しようとしていたと指摘。規制当局は対応策として、AppleがGoogleから広告収入を受け取ることを禁止するか、もしくはGoogleとの将来的な提携を制限するという二つの選択肢を提示している。
これに対してCue氏は強い懸念を示している。特に広告収入の受け取り禁止措置については、Appleにとって「受け入れがたい選択」を迫るものだと主張する。具体的には、アメリカのユーザーにGoogleを検索エンジンとして提供し続けることはできるものの、それによって生じる収益を受け取れなくなるか、あるいはSafariからGoogleを完全に削除するかという二者択一を迫られることになる。Cue氏は、後者の選択肢について、「顧客がGoogleを好んでいる以上、それを選択肢から外すことはAppleとその顧客の双方に損害を与えることになる」と警告している。
さらにCue氏は、この提携関係がAppleのユーザーに対する選択の自由を制限するものではないことを強調している。SafariユーザーはGoogleに加えて、Yahoo!、Microsoft Bing、DuckDuckGo、Ecosiaなど、複数の検索エンジンの中から自由に選択することが可能だ。これらの代替検索エンジンとの間でも収益配分契約を結んでおり、ユーザーの検索クエリにアクセスする権利を提供している点も明らかにされた。
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