Intelが2024年10月11日、待望の次世代デスクトップCPU、Core Ultra 200Sシリーズ(開発コードネーム:Arrow Lake)を正式に発表した。この新シリーズは、Intelにとってデスクトップ向けプロセッサの未来を切り開く重要な一歩となる。とは言え、同社の発表を見てみると、Arrow Lakeアーキテクチャを採用した新CPUは、生産性向上と大幅な電力効率の改善を実現しつつも、ゲーミング性能では課題を残す結果となっていることも明らかになった。
革新的なArrow Lakeアーキテクチャ
Core Ultra 200シリーズの中核を成すArrow Lakeアーキテクチャは、Intelのデスクトップ向けCPU設計に大きな変革をもたらした。従来の単一ダイ構造から、複数のタイルを3D積層する「Foveros」パッケージング技術を採用し、モバイル向けプロセッサで培った設計手法をデスクトップに導入している。
新アーキテクチャの主な特徴は以下の通りである:
- マルチタイル構造:コンピュートタイル、GPUタイル、SOCタイル、I/Oタイルの4つの主要タイルで構成。
- 先進的な製造プロセス:コンピュートタイルはTSMC N3B、GPUタイルはTSMC N5P、SOCとI/OタイルはTSMC N6プロセスを採用。
- 新世代コアアーキテクチャ:Pコアに「Lion Cove」、Eコアに「Skymont」を採用。
- コア配置の最適化:EコアクラスタをPコア間に分散配置し、熱分散を改善。
- キャッシュ構成の変更:PコアのL2キャッシュを2MBから3MBに増量、EコアもL3キャッシュへのアクセスが可能に。
IntelのRobert Hallock氏(VP & General Manager Client AI and Technical Marketing)は、新設計について次のように述べている:「Lunar Lakeで採用したコア設計をそのまま活用し、Foverosのおかげですぐに統合することができました。これが、市場投入のスピードアップと、ワットあたりの性能最大化に影響を与えた一石二鳥の要因です」。
この革新的なアーキテクチャにより、IntelはAMDに対してプロセスノードの優位性を獲得した。AMDのZen 5アーキテクチャがTSMC N4プロセスを使用しているのに対し、Arrow Lakeのコンピュートタイルはより先進的なTSMC N3Bプロセスを採用している。これにより、IntelのCore Ultra 200シリーズは性能と電力効率の両面で大きな進歩を遂げることが期待されている。
Core Ultra 200Sシリーズのラインナップと仕様
Intel Core Ultra 200シリーズは、5つのモデルで構成されている。フラッグシップモデルのCore Ultra 9 285Kを筆頭に、Core Ultra 7 265K/265KF、Core Ultra 5 245K/245KFがラインナップされている。従来の「Core i」シリーズの命名規則は廃止され、新たに「Core Ultra」ブランドが採用された。
各モデルの主な仕様は以下の通りである:
コア/スレッド | ベースクロック(P/Eコア) | ブーストクロック(P/Eコア) | キャッシュ(L3/L2) | TDP (PL1 / PL2) | 価格 | |
---|---|---|---|---|---|---|
Core Ultra 9 285K | 24/24 (8+16) | 3.7 / 3.2 GHz | 5.7 / 4.6 GHz | 36 MB / 40 MB | 125W / 250W | $589 US |
Core Ultra 7 265K | 20/20 (8+12) | 3.9 / 3.3 GHz | 5.4 / 4.6 GHz | 30 MB / 36 MB | 125W / 250W | $394 US |
Core Ultra 7 265KF | 20/20 (8+12) | 3.9 / 3.3 GHz | 5.4 / 4.6 GHz | 30 MB / 36 MB | 125W / 250W | $379 US |
Core Ultra 5 245K | 14/14 (6+8) | 4.2 / 3.6 GHz | 5.2 / 4.6 GHz | 24 MB / 26 MB | 125W / 159W | $309 US |
Core Ultra 5 245KF | 14/14 (6+8) | 4.2 / 3.6 GHz | 5.2 / 4.6 GHz | 24 MB / 26 MB | 125W / 159W | $294 US |
注目すべき点として、Arrow Lakeではハイパースレッディングが廃止された。これについてIntel側は、「ハイパースレッディングをなくすことで消費電力を抑えつつ、マルチスレッド性能で15-20%のリードを保つことができました。効率を向上させながら、全体的な計算性能の目標も達成できたのです」と説明している。
また、全モデルに統合GPUとして4個のXe-LPGコアが搭載されており、最大2000MHzで動作する。KFモデルは統合GPUを無効化している。メモリサポートは、デュアルチャネルDDR5-6400(最大192GB)となっている。
性能と電力効率の改善
Arrow Lakeアーキテクチャの採用により、Core Ultra 200Sシリーズは前世代のRaptor Lake(第14世代Core)と比較して、性能と電力効率の両面で大きな進歩を遂げている。
シングルコア性能
Intelの公表データによると、Core Ultra 9 285Kは、Geekbench 6.3、SPECrate 2017(intベース)、Cinebench 2024、3DMark CPU Profileなどのベンチマークにおいて、競合製品と比較して平均4%、前世代と比較して8%のシングルコア性能向上を達成している。具体的には、AMD Ryzen 9 9950Xに対して2%から8%、Core i9-14900Kに対して5%から11%のリードを示している。
マルチコア性能
マルチスレッド性能においては、Core Ultra 9 285Kが前世代(14900K)と比較して15%、競合製品(9950X)と比較して13%の性能向上を実現している。これは、ハイパースレッディングを廃止したにもかかわらず達成された結果であり、新アーキテクチャの効率性を示している。
電力効率の大幅な改善
Arrow Lakeの最も顕著な進歩は、電力効率の向上である。Intelによれば、Core Ultra 9 285Kは前世代のCore i9-14900Kと同等の性能を半分の電力で実現できるという。具体的には、14900Kが250Wを消費する作業負荷において、285Kは125Wで同等の性能を発揮する。
軽負荷のシナリオでは、パッケージの消費電力が最大58%削減されている。ピーク性能モードでは、第14世代と比較してマルチスレッド性能が最大19%向上し、ピーク効率モードでは、軽負荷時のパッケージ消費電力が58%削減されている。
ゲーミング時の電力効率
ゲーミング性能に関しては、Core Ultra 9 285Kが14900Kとほぼ同等の性能を示しつつ、システム全体の消費電力を大幅に削減している。Intelの測定によれば、7つのゲームタイトルにおいて平均73W、最大で165Wの消費電力削減を実現している。
例えば、『Assassin’s Creed Mirage』のデモンストレーションでは、285Kが261FPSを447Wのシステム消費電力で達成したのに対し、14900Kは264FPSを527Wで実現しており、80ワットの消費電力削減が確認されている。
この消費電力の削減は、CPUの動作温度にも大きな影響を与えている。360mmの水冷クーラーを使用した場合、Core Ultra 9 285Kはゲーミング時に14900Kと比較して平均13℃、最大17℃の温度低下を実現している。これにより、14900Kで60-70℃程度だった温度が、285Kでは50-57℃程度まで低下することが期待される。
AI性能の強化
Core Ultra 200Sシリーズは、デスクトップCPUとしては初めてNPU(Neural Processing Unit)を搭載している。この統合NPUは、最大13 TOPSのINT8スループットを提供し、軽量なAIワークロードの高速化に貢献する。Intelによれば、CPUコア、GPU、NPUを合わせた総合的なAI性能は最大36 TOPSに達するとのことだ。
これにより、AI支援によるビデオ編集タスクで50%の高速化、プロ向けビデオコーデックのタイムライン再生で8倍の高速化、レイトレーシングアプリケーションのレンダリングで20%の高速化が実現されるとIntelは主張している。
ゲーミング性能の課題
Core Ultra 200Sシリーズは、生産性アプリケーションやAIワークロードにおいて大きな進歩を見せた一方で、ゲーミング性能に関しては期待されたほどの向上が見られず、むしろ課題を残す結果となった。
前世代との比較
Intelの公表データによると、Core Ultra 9 285KとCore i9-14900Kのゲーミング性能は、31のゲームの平均でほぼ同等とされている。しかし、一部のタイトルではArrow Lakeの方が遅いケースも報告されており、メモリ構成の違いが影響している可能性がある。テストでは14900KがDDR5-5600、285KがDDR5-6400のメモリを使用しており、Intelは285KがDDR5-8000で最適なパフォーマンスを発揮すると述べている。
Intelは、Core Ultra 7 265Kについても言及しており、このモデルは14900Kと比較して約5%遅いゲーミング性能を提供するとしている。これは、265Kが前世代の14700Kと同等かそれ以下の性能である可能性を示唆している。
AMDとの比較
AMD Ryzen 9 9950Xとの比較では、31ゲームの平均で285Kが同等の性能を示したとされている。しかし、14ゲームのサンプルでは、285Kが9950Xに対して勝っているゲームもあれば負けているゲームもあり、明確な優位性は示されていない。
さらに懸念されるのは、AMDのX3Dシリーズとの比較だ。Intelの5ゲームサンプルでは、285KがRyzen 9 7950X3Dに平均で劣っているとの結果が示されている。現行のRyzen 7 7800X3Dが14900Kを5-10%上回っているという独立したテスト結果を考慮すると、Arrow LakeはAMDの最高峰ゲーミングCPUに追いつけていない可能性がある。
性能停滞の要因
ゲーミング性能が向上しなかった理由として、以下の要因が考えられる:
- マルチタイル設計によるメモリレイテンシの増加:I/Oタイルを別チップに分離したことで、メモリアクセスの遅延が増加した可能性。
- ハイパースレッディングの廃止:一部のゲームでは、ハイパースレッディングの恩恵を受けていた可能性。
- クロック速度の低下:285Kの最大ブーストクロックは5.7GHzで、14900Kの6.0GHzから低下している。
- アーキテクチャの最適化:新アーキテクチャが生産性アプリケーション向けに最適化され、ゲーミングワークロードでの恩恵が限定的である可能性がある。
これらの要因により、Arrow Lakeは生産性とエネルギー効率では大きな進歩を遂げたものの、ゲーミング性能では期待されたほどの向上を実現できなかったと考えらる。
ゲーミング性能に関するこれらの結果は、Arrow Lakeがゲーマー向け市場で苦戦する可能性を示唆している。特に、AMDの次世代Ryzen 9000X3Dプロセッサーが登場すれば、ハイエンドゲーミングCPU市場でのIntelの立場はさらに厳しくなる可能性がある。
新プラットフォームLGA1851と800シリーズチップセット
Core Ultra 200Sシリーズは、新しいLGA1851ソケットを採用している。これは、前世代のLGA1700ソケットとの互換性がないことを意味し、新しいマザーボードが必要となる。新プラットフォームは、800シリーズチップセットと組み合わせて使用される。
LGA1851ソケットの特徴
LGA1851プラットフォームの主な特徴は以下の通りだ:
- PCIeレーンの拡張:CPUから直接20レーンのPCIe 5.0と4レーンのPCIe 4.0を提供。これにより、プライマリx16スロットとプライマリM.2スロットの両方でPCIe 5.0接続が可能になった。
- Thunderbolt 4:CPU直結で2ポートのThunderbolt 4接続をサポート。
- メモリサポート:DDR5のみをサポートし、DDR4サポートを廃止。最大192GBのDDR5-6400メモリをネイティブサポート。
- 新型DDR5 CUDIMM:クロックリドライバーを内蔵した新しいタイプのDIMMをサポートし、DDR5-8000以上の高速メモリの安定動作を可能に。
800シリーズチップセット
新プラットフォームに合わせて、800シリーズチップセットも導入された。最上位のZ890チップセットは以下の特徴を持っている:
- PCIeレーン:チップセットから最大24レーンのPCIe 4.0接続を提供。
- USB接続:最大10ポートのUSB 3.2(Gen2x2、Gen2、Gen1)と14ポートのUSB 2.0をサポート。
- SATA接続:最大8ポートのSATA IIIをサポート。
- ネットワーク:Intel Killer Wi-Fi 6E(Gig+)と1GbEイーサネットを統合。
- Thunderbolt 5対応:ディスクリートコントローラーを使用して最大4ポートのThunderbolt 5接続をサポート。
しかし、新プラットフォームには課題もある。最大の懸念は、Intelが将来のCPU世代でのLGA1851ソケットの互換性について明確な約束をしていないことだ。これは、AMDのAM5プラットフォームが2027年以降までのサポートを約束していることと対照的である。
さらに、メモリコントローラーとPHYが独立したI/Oタイルに分離されたことで、メモリレイテンシの増加が懸念されている。Intelはこの問題に対処するため、タイル間インターフェースのオーバークロックオプションを提供しているが、その効果については実際のテストを待つ必要がある。
メモリオーバークロッキングの強化
Arrow Lakeプラットフォームは、新たに「CUDIMM」(Cacheability Unbalanced DIMM)と呼ばれるDDR5メモリモジュールをサポートする。CUDIMMは内蔵のクロックリドライバーを搭載しており、データアイを安定させることで高いメモリクロックの実現を可能にする。Intelによれば、DDR5-8000が最適な動作ポイントとなり、DDR5-6400と比較して約5%のパフォーマンス向上が期待できるとしている。
オーバークロッキング機能の拡張
Core Ultra 200Sシリーズは、エンスージアスト向けに新しいオーバークロッキング機能を提供する:
- 細かなクロック調整:PコアとEコアのターボ周波数を16.6MHz単位で調整可能。
- デュアルベースクロック:SOCタイルとコンピュートタイルに独立したBCLKを設定可能。
- タイル間およびファブリックOC:ファブリックに静的/動的な比率変更をサポート。
- DLVRバイパス:極端なOC時に外部電源を使用して内部電圧管理をバイパス可能。
- 低温オーバーボルト:チップの温度が下がるにつれて電圧制限を徐々にバイパス可能。
これらの新機能により、オーバークロッカーはArrow Lakeプラットフォームでより柔軟なチューニングを行うことができる。
Core Ultra 200Sシリーズの価格
Intel Core Ultra 200Sシリーズは、2024年10月24日より全世界で販売が開始される予定だ。日本での解禁は2,024年10月25日午前0時となっている。価格設定は以下の通りだ:
- Core Ultra 9 285K: $589
- Core Ultra 7 265K: $394
- Core Ultra 7 265KF: $379
- Core Ultra 5 245K: $309
- Core Ultra 5 245KF: $294
この価格設定は、前世代の第14世代Coreプロセッサとほぼ同等か、わずかに安い水準となっており、AMDのRyzen 9000シリーズとの競争を意識したものと見られる。例えば、フラッグシップモデルのCore Ultra 9 285K($589)は、AMD Ryzen 9 9950X($649)よりも60ドル安く設定されている。Intelは、生産性アプリケーションでの性能優位性を主張しており、この価格差は魅力的な選択肢となる可能性がある。
しかし、ゲーミング性能に関しては状況が異なる。IntelのベンチマークではCore Ultra 9 285KがRyzen 9 9950Xと同等のゲーミング性能を示しているが、AMDのRyzen 7 7800X3Dには及ばないことが示唆されている。これは、ゲーミングを重視するユーザーにとってはAMDの製品がより魅力的に映る可能性がある。
中級モデルのCore Ultra 7 265Kは、AMD Ryzen 7 9700XやRyzen 9 7900Xと競合することになる。Intelが主張する生産性アプリケーションでの性能優位性が実証されれば、この価格帯でIntelは競争力を持つ可能性がある。
エントリーレベルのCore Ultra 5 245Kは、AMD Ryzen 5 9600XやRyzen 7 7700Xと競合する。この価格帯では、Arrow Lakeの性能向上が十分に大きければ、競争力のある選択肢となる可能性がある。
しかし、市場での成功には課題もある。まず、既存のRaptor Lake Refreshプロセッサーの価格が大幅に下落していることだ。これにより、新しいArrow Lakeプロセッサーの相対的な価値が低下する可能性がある。また、AMDの次世代Ryzen 9000X3Dプロセッサーの登場も控えており、特にゲーミング性能を重視するユーザーの選択に影響を与える可能性がある。
さらに、新しいLGA1851プラットフォームへの移行コストも考慮する必要がある。新しいマザーボードとDDR5メモリの購入が必要となるため、総コストが上昇する。これは、特に予算を重視するユーザーにとっては障壁となる可能性がある。
IntelのCore Ultra 200Sシリーズは、生産性アプリケーションでの性能向上と電力効率の改善を強みとしている。しかし、ゲーミング性能での優位性が不明確であることや、プラットフォーム移行のコストなどの課題もある。市場での成功は、実際の性能レビューや競合製品の動向、そして価格の推移に大きく依存することになるだろう。
Xenospectrum’s Take
Intel Core Ultra 200Sシリーズ(Arrow Lake)の発表は、デスクトップCPU市場に新たな局面をもたらす可能性を秘めている。マルチチップレット設計の採用やTSMCの最新プロセスノードの活用など、アーキテクチャ面での大胆な刷新は評価に値する。特に、生産性アプリケーションでの性能向上と電力効率の改善は、ワークステーション用途や省エネを重視するユーザーにとって魅力的だ。
しかし、ゲーミング性能に関しては懸念が残る。Intelの自社ベンチマークでさえ、前世代のRaptor Lakeや競合のAMD Ryzen 9000シリーズに対して明確な優位性を示せていない。特に、AMDのX3Dモデル対して劣勢であることは、ゲーミングPC市場でのIntelの立場を弱める可能性がある。
新しいLGA1851プラットフォームの導入は、技術的には前進だが、ユーザーにとっては新たな投資を必要とする。特に、Intelが将来のCPU世代での互換性を約束していない点は、長期的な価値を重視するユーザーにとっては懸念材料となるだろう。
価格設定は競争的だが、既存のRaptor Lake Refreshの値下がりやAMDの aggressive な価格戦略を考慮すると、必ずしも市場を席巻するほどの魅力とは言えない。
期待されていたCore Ultra 200Sシリーズは Intelのデスクトップ CPU 戦略の大きな一歩ではあるが、市場での成功は予断を許さない。実際の製品レビューや、AMDの次世代製品の動向、そして市場価格の推移を注視する必要がある。生産性重視のユーザーにとっては魅力的な選択肢となる可能性が高いが、ゲーマーにとっては慎重な判断が求められるだろう。
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