NVIDIAは14日、中国向けAIチップ「H20」の輸出に関連して約55億ドル(約8,500億円)の特別損失を計上すると発表した。Trump政権が4月9日、中国をはじめとする特定国へのH20チップ輸出に無期限のライセンス要件を課したことによるもので、この報を受け、時間外取引で同社株価は急落。ハイテク分野における米中間の緊張が、世界最大の半導体メーカーの事業に深刻な影響を与えている。
米政府、NVIDIA H20に「無期限」の輸出ライセンス要件を導入
NVIDIAが2024年4月16日に米国証券取引委員会(SEC)へ提出した報告書によると、同社は4月9日に米政府から通知を受けた。その内容は、特定顧客(主に中国と見られる)向けのH20グラフィック・プロセッシング・ユニット(GPU)および同等の性能を持つ特定集積回路の輸出に際し、今後は個別のライセンス取得が必要になるというものだ。
GPUは、AI(人工知能)の開発や学習に不可欠な計算処理を高速化する半導体であり、「AIアクセラレータ」とも呼ばれる。特にNVIDIA製GPUは、その高い性能から世界中のAI開発で広く利用されている。
さらに重要な点として、このライセンス要件は「無期限」に適用されると、NVIDIAは政府から伝えられたという。これは、今回の規制が一時的なものではなく、長期的な制約となる可能性を示唆している。
米政府がこの措置に踏み切った背景には、これらの高性能チップが中国のスーパーコンピュータ開発に利用されたり、軍事用途に転用されたりすることへの強い懸念があると複数の報道は指摘している。先端技術、特にAI分野における中国の急速な進歩を抑制しようとする米国の国家安全保障戦略の一環と見られる。
NVIDIA、最大55億ドルの巨額損失計上へ – 業績と株価への衝撃
この突然の規制強化は、NVIDIAの財務に直接的な打撃を与える。同社は、2025年度第1四半期(2024年4月27日終了)決算において、H20製品に関連する「在庫、購入コミットメント、および関連引当金」として、最大約55億ドル(約8500億円)の費用を計上する見込みだと発表した。
これは、すでに生産・発注済みであったものの、新たな規制によって販売が困難になったH20チップが大量に発生したことを意味する。NVIDIAは中国市場の需要を見込んでH20の生産体制を整えていたが、その計画が根底から覆された形だ。
このニュースを受け、NVIDIAの株価は市場の懸念を反映し、発表後の時間外取引で一時6%以上下落した。AIチップ市場におけるNVIDIAの最大の競合であるAMDや、関連企業のBroadcomの株価も連れ安となるなど、市場全体に動揺が広がっている。
今回の規制は、過去数年間にわたり驚異的な成長を続けてきたNVIDIAにとって、米国の輸出規制がその勢いを鈍化させる可能性があることを示す、これまでで最も強いシグナルと言えるだろう。
規制強化の背景:米中技術覇権争いとAIの軍事利用懸念
今回のH20に対する規制強化は、突然湧いて出たものではない。米政府は、特にBiden政権下で、先端半導体の中国への輸出規制を段階的に強化してきた経緯がある。
- 2022年: 米商務省は、NVIDIAの高性能AIチップ(当時主力だったA100やH100など)の中国への輸出を初めて制限した。
- 2023年: これらの規制をさらに更新し、制限の抜け穴を防ぐ形で、より広範な高性能AIプロセッサの販売を阻止しようとした。
NVIDIAはこれらの規制に対応するため、輸出規制の基準を満たすように性能を意図的に調整した「ダウングレード版」のチップを開発してきた。H20はその代表例であり、米国などで販売されている主力製品H100やH200と比較して、データ転送速度(メモリ帯域幅)やチップ間の接続速度(インターコネクト帯域幅)が抑えられている。具体的には、H20は2022年に発表された一世代前の「Hopper」アーキテクチャに基づいている。
しかし、米政府当局は、この性能を落としたH20でさえ、中国のAI開発能力、ひいては軍事力強化に貢献するには「強力すぎる」と判断したようだ。
その判断の一因となった可能性が指摘されているのが、中国のAIスタートアップDeepSeek社の存在だ。同社は、OpenAIなど米国のトップ企業に匹敵する推論能力を持つ基盤モデル「R1」を開発したが、その開発にはH20チップのクラスター(多数のチップを連携させたシステム)が使用されていたことが報じられている。ダウングレード版とはいえ、H20が依然として最先端AIの開発に利用可能であることを示す事例となった。
一部の報道では、今回の動きをTrump政権と結びつける見方もあるが、規制の通知自体は前Biden政権下で行われたものである。米国の対中テクノロジー政策が一貫して強硬路線を維持していることの表れと見ることもできるだろう。
さらに、Biden政権が提案した「AI拡散ルール」に基づき、来月から新たな輸出規制がNVIDIAに課される可能性にも言及されている。
NVIDIAの中国戦略への影響と今後の展望
H20は、NVIDIAにとって中国市場をつなぎとめるための重要な製品ラインだった。報道によると、H20は2024年だけで推定120億ドルから150億ドル(約1.8兆円~2.3兆円)もの収益をNVIDIAにもたらしたとされている。今回の規制により、この巨大な収益源が失われる、あるいは大幅に縮小するリスクに直面している。
NVIDIAにとって中国は、米国、シンガポール、台湾に次ぐ第4位の販売地域である。しかし、CEOのJensen Huang氏は2月の決算説明会で、最初の輸出規制導入後、中国からの収益が規制前の水準の約半分にまで落ち込んだことを明らかにしている。
さらにHuang氏は、中国国内でのHuawei Technologiesなどを筆頭とする競合企業の台頭にも警鐘を鳴らしており、NVIDIAは年次報告書でHuaweiを主要な競合企業としてリストアップしている。今回の規制は、NVIDIAが中国市場で直面する競争環境をさらに厳しくする可能性がある。
今後の焦点は、NVIDIAがH20輸出のためのライセンスを取得できるかどうかだ。ある報道は、NVIDIAが発表した米国内での大規模な製造拠点拡張計画が、ライセンス取得交渉における取引材料になる可能性を示唆しているが、現時点では不透明だ。Huang氏は過去に、法律を遵守する姿勢を示す一方で、世界のAI研究者の約半数が中国出身であり、その多くが米国のAIラボで働いている事実を指摘し、過度な規制が米国の技術競争力を損なう可能性にも言及していた。
NVIDIAは現在、最新世代のAIチップ「Blackwell」アーキテクチャへの移行を進めている。中国市場での制約が強まる中、他の地域での販売強化や、Blackwellのような次世代製品への注力が、今後の成長戦略の鍵を握ることになるだろう。
一方で、今回の米国の措置に対して中国側が報復措置を取る可能性も指摘されており、米中間の技術を巡る対立は、今後さらにエスカレートするリスクもはらんでいる。
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