Trump政権による新たな輸入関税の導入は、テクノロジー業界全体に衝撃を与え、特に半導体大手NVIDIAの先行きに暗い影を落とした。しかし、同社の屋台骨であるAIデータセンターサーバーに関しては、その大部分が関税の影響を免れる可能性があるとの分析が浮上している。メキシコでの生産と既存の貿易協定が、NVIDIAにとっての「盾」となるかもしれない。
新たな関税の波紋:NVIDIAへの懸念広がる
2025年4月初旬、Trump政権は広範な輸入品に対する新たな関税措置を発表した。半導体チップそのものは対象外とされたものの、それらを組み込んだサーバーハードウェアは例外ではなかった。GPU(Graphics Processing Unit)でAI市場を席巻し、データセンター向けに高性能なDGXおよびHGXシステムを供給するNVIDIAにとって、この動きは重大な懸念材料となった。
NVIDIAのビジネスモデルは、ファブレス(自社で製造工場を持たない)であり、その最先端GPUの生産は主に台湾のTSMC(Taiwan Semiconductor Manufacturing Company)に依存している。完成したチップや部品を輸入し、サーバーとして組み立てて販売する過程で関税が課されれば、コスト増は避けられない。市場はこのリスクに敏感に反応し、NVIDIAの株価は一時的に急落、2000億ドル以上の時価総額が失われる場面もあった。投資家やアナリストの間では、関税がNVIDIAの収益性や競争力に与える具体的な影響について、様々な憶測が飛び交っていた。
救世主はメキシコ?USMCA協定下の関税回避スキーム
こうした懸念に対し、市場屈指のチップアナリストであるバーンスタイン・プライベート・ウェルス・マネジメントのStacy Rasgon氏が、一筋の光明を示唆する分析を発表した。同氏がクライアント向けメモで指摘したのは、NVIDIAの米国向けAIサーバー出荷の大部分が、実はメキシコを経由しており、関税を回避できる可能性があるという点である。
鍵を握る「メキシコ生産」と「USMCA」
Rasgon氏の分析の根拠は、主に二つの要素にある。
- メキシコでの生産比率: 米国の輸入データ(カテゴリー8471.50および8471.80:後述)によると、2024年に輸入されたサーバー関連製品(総額730億ドル)のうち、約60%がメキシコから、約30%が台湾から輸入されている。これはNVIDIA製品に限定したデータではないものの、AIサーバー市場におけるNVIDIAの圧倒的なシェアを考慮すれば、同社の製品についても同様の比率が当てはまると考えるのは妥当だとRasgon氏は指摘する。つまり、NVIDIAのAIサーバーの約6割がメキシコで生産または最終組み立てが行われている可能性が高い。
- USMCA(米国・メキシコ・カナダ協定): 第1次Trump政権下の2020年7月1日に発効したこの自由貿易協定は、特定の条件下で加盟国間の貿易に関税を課さないことを定めている。重要なのは、NVIDIAのDGXおよびHGXサーバーが分類される米国の関税分類コード(HTSコード)である。NVIDIA自身の輸出規制に関するWebサイトでも明記されているように、これらのサーバーは「自動データ処理機械及びそのユニット」に該当する「8471.50」および「8471.80」に分類される。そして、USMCAの規定により、これらのカテゴリーに属するメキシコからの輸入品は、今回の新たな関税の対象外となる。
この「メキシコの 抜け穴」とも言える状況は、NVIDIAにとって大きなアドバンテージとなる可能性がある。さらに、NVIDIAの主要な製造パートナーであるFoxconnは、メキシコのチワワ州にNVIDIAサーバー専用の新工場を建設中であり、年内に生産を開始する予定である。これにより、メキシコでの生産能力はさらに拡大し、関税を回避できる製品の割合は今後さらに増加する可能性がある。
CEO Jensen Huangの自信と多角的な戦略
NVIDIAの創業者兼CEOであるJensen Huang氏は、関税問題が浮上する以前から、比較的楽観的な姿勢を見せていた。2025年のGTC(GPU Technology Conference)において、「短期的に見れば、関税の影響は大きくないだろう」と発言していた。当時は市場の動揺もあり、この発言はやや楽観的に過ぎると受け止められたかもしれないが、メキシコ生産とUSMCAの存在を踏まえれば、彼の自信には根拠があったと言える。
しかし、Jensen Huang氏に関する著書『The Thinking Machine: Jensen Huang, Nvidia, and the World’s Most Coveted Microchip』の著者であるStephen Witt氏は、Huang氏が決して政治的な発言を好まないと指摘しつつも、関税問題は避けて通れない政治的課題であると述べている。Witt氏は、NVIDIAが取りうる戦略として、以下の可能性を挙げている。
- 関税の支払い: NVIDIAの高い利益率を考えれば、関税を吸収することも不可能ではない。しかし、利益と株価の下落は避けられないだろう。
- 米国内での生産(オンショアリング): TSMCがアリゾナに工場を建設したように、NVIDIAも米国内での生産体制構築を目指す可能性。しかし、政治的な不確実性(将来の政権が関税を撤廃する可能性)から、NVIDIAはこの選択肢には消極的かもしれない。TSMC創業者Morris Chang氏は、同社がアリゾナに工場を建設せざるを得なくなった際、「グローバリゼーションはほぼ死んだ」と語った。
- 価格転嫁: 関税分を製品価格に上乗せする。これは最終的に顧客であるハイパースケーラー(大規模クラウド事業者)や企業の負担増につながる。
メキシコ経由での関税回避は、これらの選択肢と比較して、NVIDIAにとって現時点では最も現実的かつ有利な戦略と言えるだろう。
また、Huang氏は米国の対中半導体輸出規制に対しても、独自の視点を持っている。最先端チップの輸出が禁止された後も、NVIDIAは性能をわずかに抑えたチップを中国のテック企業に大量に販売し続けている。Huang氏は、「輸出を禁止すれば、中国はいずれ自力でより安価で高性能なチップを開発するだろう。むしろ、我々のチップを売り続ける方が、中国国内の競合企業の台頭を抑え、米国の長期的な競争優位につながる」と考えている可能性が高いとWitt氏は分析している。この考え方は、短期的な規制や関税の影響に一喜一憂するのではなく、長期的な視点でグローバルな競争環境を見据えるHuang氏の戦略性を示唆している。
残る懸念:台湾リスクと消費者への影響
メキシコ生産によるAIサーバーの関税回避が見込まれる一方で、NVIDIAを取り巻くリスクが全て解消されたわけではない。
地政学リスク:台湾の重要性と脆弱性
NVIDIAの最先端チップ製造を担うTSMCが拠点を置く台湾は、依然として同社のサプライチェーンの要である。しかし、中国による台湾侵攻の脅威は常に存在し、地政学的な緊張が高まれば、NVIDIAの生産体制は深刻な打撃を受けかねない。NVIDIAのサプライチェーン担当役員Debora Shoquist氏は、「もし中国が台湾に侵攻したらどうなるか、その影響は計り知れないため、その問いについて考えること自体を禁じられている」と語っている。これは、台湾有事のリスクがいかに深刻であるかを物語っている。
このリスクに対応するため、NVIDIAはサプライチェーンの多様化を進めている。インドやベトナム、マレーシア、インドネシアなど、台湾以外の国々での研究センターやデータインフラへの投資を行っているのも、その一環と考えられる。これは、潜在的な地政学リスクを分散させると同時に、各国のAI開発を支援することで新たな顧客を開拓し、優秀なエンジニアリング人材を獲得する狙いもあるだろう。
消費者への影響:ゲーマーやPCユーザーは負担増か
AIサーバーについては関税回避の道筋が見えてきたものの、一般消費者向けの製品については状況が異なる可能性がある。NVIDIAの主力製品であるGeForceなどのコンシューマー向けGPUも、製品カテゴリーとしてはUSMCAによる関税免除の対象となりうる。しかし、これらの製品のサプライチェーンが、AIサーバーほどメキシコを経由している可能性は低いと見られている。
もしコンシューマー向けGPUやその他のPCコンポーネントに関税が課されることになれば、その影響は最終的に消費者に及ぶ可能性が高い。米国のPCシステムインテグレーター、特にカスタムPCを手掛けるブティックブランドなどは、関税に対応するため、少なくとも20%程度の価格引き上げを行う可能性があると報じられている。ゲーマーや一般的なPCユーザーにとっては、高性能グラフィックボードやPC本体の価格上昇という、厳しい現実が待ち受けているかもしれない。
今後の展望:関税の嵐を乗り切れるか?
現状の分析を総合すると、NVIDIAの主力事業であるAIデータセンターサーバーに関しては、メキシコ生産とUSMCA協定の恩恵により、新たな関税の影響は限定的である可能性が高い。Jensen Huang CEOの自信に満ちた発言も、こうした背景に基づいていると考えられる。
しかし、中長期的には、台湾を巡る地政学リスク、サプライチェーンの再編、そしてAMDやIntelなど競合他社の動向など、不確実な要素は依然として多い。また、関税政策そのものが今後どのように変化していくかも見通せない。
NVIDIAが現在享受しているAIチップ市場での圧倒的な優位性について、Witt氏は「半導体業界は常に技術革新が求められ、2年ごとに製品が陳腐化する。NVIDIAも立ち止まることは許されず、競合他社が革新的な製品を出せば、独占状態はあっという間に崩れる可能性がある」と述べ、従来の独占禁止法的な懸念とは異なると指摘している。

Sources
- Daniel Newman (X)
- NVIDIA: NVIDIA Export Regulation Compliance
- Rest of World: Trump’s tariffs are testing Nvidia’s chip supremacy. Can Jensen Huang weather the storm?
- via Tom’s Hardware: Nvidia may avoid recent tariffs on its AI servers — 60% of Nvidia servers pass through Mexico, may be exempt from Trump tariff flurry