QualcommのCEOであるChristiano Amon氏が、2021年のNuvia買収について、Armへの年間ライセンス料を最大14億ドル節約できる可能性を取締役会に説明していたことが、デラウェア州連邦裁判所での証言で明らかになった。この野心的な予測は、現在進行中のArm対Qualcomm訴訟の中で浮き彫りになった重要な証拠となっている。
買収の裏にある戦略的意図
2010年代後半、Qualcommはスマートフォンプロセッサのグローバルリーダーとしての地位を確立していたものの、技術的な課題に直面していた。当時、同社はプロセッサの中核となるコンピューティングコアの独自設計を停止し、Armから既製の設計を購入する戦略を取っていた。しかし、この判断は次第に足かせとなっていった。特にAppleが独自開発のBionicチップで次々と性能記録を更新する中、QualcommはArmの技術に依存する体制では競争力を維持できないという危機感を強めていた。
この状況を打開するため、Christiano AmonはPCおよびモバイルコンピューティング市場という新たな戦場への進出を模索していた。特にIntelが支配的な地位を築いているノートパソコン市場は、大きな成長機会を秘めていた。しかし、独自のコンピューティングコア開発能力を失っていたQualcommには、この野心を実現する具体的な手段がなかった。
転機は2019年に訪れた。Appleのチップ開発で中心的な役割を果たしたエンジニアたちが設立したNuviaの存在を知ったAmonは、まず同社にQualcomm向けのコンピューティングコア開発を依頼。しかし、この交渉が不調に終わると、Amon氏は大胆な決断を下す。Nuvia全体を買収することで、AppleのM1チップに対抗できる高性能プロセッサの開発能力を一気に獲得しようとしたのである。
特筆すべきは、Nuviaの共同創設者Gerard Williamsが証言した「Armの技術使用率は1%未満」という点である。これは、QualcommがArmへの依存度を劇的に低減させながら、独自の技術基盤を確立できる可能性を示唆していた。さらに、Nuviaのチームが持つサーバー向けチップの開発経験は、高性能コンピューティングに不可欠な専門知識をQualcommにもたらすものでもあった。
この買収は単なる技術獲得以上の意味を持っていた。それは、チップ設計におけるQualcommの自律性を高め、Appleに匹敵する垂直統合型の開発体制を確立するための戦略的な一手だったのである。ただし皮肉なことに、この野心的な計画は、現在のArm対Qualcomm訴訟という予期せぬ法的課題を引き起こすことになった。
野心的な予測と現実のギャップ
Nuvia買収の取締役会承認を得るため、Amonは年間14億ドルのArm支払い削減という野心的な数字を提示した。この予測は、Snapdragon Xプロセッサがノートパソコン市場で大きなシェアを獲得するという想定に基づいていた。しかし現実には、発売後最初の四半期での販売台数は72万台にとどまり、市場シェアはわずか0.8%に過ぎなかった。
一方、Armは現在の訴訟で、Qualcommが買収後にライセンス契約を再交渉しなかったことで年間5000万ドルの収入を失っていると主張。さらに、Nuvia買収以前に開発された全設計の破棄を要求している。これに対しQualcommは、Armとのアーキテクチャライセンス契約がNuviaの全ての資産をカバーしていると反論している。
Xenospectrum’s Take
この訴訟の本質は、半導体業界における知的財産権の管理とライセンスビジネスの将来にある。皮肉なことに、Qualcommの野心的な予測が外れ、PC市場でのシェアが低迷していることが、現時点での訴訟規模を5000万ドル程度に抑える結果となった。しかし、もしSnapdragon Xシリーズが今後本格的に市場を獲得した場合、この訴訟の影響は計り知れない。
Armが強硬な姿勢を見せる背景には、同様の戦略を取る企業が現れることへの警戒感がある。訴訟の結果は、テクノロジー業界における知的財産のライセンスモデルの未来を左右する可能性を秘めている。
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