業界を二分する半導体メモリの巨人、SamsungとSK hynixが、次世代AI処理用メモリ「LPDDR6-PIM」の標準化に向けて異例の協力体制を築くことを明らかにした。この協業は、急速に拡大するオンデバイスAI市場を見据えた戦略的な動きとして注目を集めている。
競合大手が手を結ぶ歴史的な転換点
SamsungとSK hynixによる今回の協力関係は、業界標準化団体JEDECへの規格登録に向けた初期段階から始動している。両社は特に、従来型メモリとは異なる技術的特性の標準化に注力している。その中でも最も重要なのが「内部帯域幅」の規格化だ。従来のメモリ製品では、プロセッサとメモリ間の「外部帯域幅」が重視されてきたが、PIM技術では、メモリ内部でのデータ転送速度を示す「内部帯域幅」が新たな重要指標として浮上している。
この協力関係の特筆すべき点は、両社が長年にわたって高帯域幅メモリ(HBM)市場で激しい競争を展開してきた事実にある。特に第3四半期の業績では、SK hynixが7.3兆ウォン(7800億円)の営業利益を記録し、Samsungの約3.86兆ウォン(4120億円)を大きく上回るなど、競争は依然として激化の一途をたどっている。しかし、AI時代における新たな市場要請が、この歴史的な協業を促す結果となった。
Samsungの広報担当者は「両社は製品標準化に向けて意見交換と協力を進めている」と述べ、さらに「協力関係は開始されたばかりであり、標準化の目標時期に向けた実施計画を策定している段階である」と現状を説明している。この発言からは、競合関係にありながらも、業界全体の発展を見据えた建設的な対話が進められていることが窺える。
このような競合企業間の協力は、半導体業界では極めて異例のケースとして注目を集めている。特にAIメモリ市場の急速な成長が、従来の競争構造を根本から変革する可能性を示唆している点で、業界関係者の関心を引いている。
PIM技術の商用化を阻んできた標準化の壁
Processing In Memory(PIM)技術の商用化への道のりは、両社にとって大きな課題を突きつけてきた。これまでSamsungとSK hynixは、それぞれが独自の技術開発を推進してきたものの、実質的な市場展開には至っていない状況が続いていた。
Samsungは高帯域幅メモリ(HBM)とLPDDR5にPIM技術を組み込んだ製品の開発を進め、標準化も試みてきた。しかし、業界全体での合意形成には至らず、結果として実用化の段階で行き詰まりを見せていた。一方でSK hynixも、グラフィックス向けのGDDR6-PIM製品を発表したものの、実質的には技術コンセプトを示す象徴的な製品発表の域を出ることができなかった。
この状況の背景には、両社が独自の規格に基づいて製品開発を進めてきたことで生じた技術的な分断がある。それぞれが異なるコンセプトと仕様を採用したことにより、チップセットメーカーやデバイスメーカーにとって、どちらの規格に準拠して製品設計を行うべきか判断が困難な状況が生まれていた。これは結果として、PIMメモリの業界全体での採用を妨げる大きな要因となっていた。
こうした過去の経験を踏まえ、両社は今回、製品開発に先立って標準化を進めるという新たなアプローチを選択した。この戦略転換には、オンデバイスAI時代において、統一された規格なしではPIM技術の真価を市場で発揮できないという両社の危機感が反映されている。標準化を優先することで、チップセットメーカーやデバイスメーカーが安心して採用できる環境を整備し、市場全体の成長を促進することを目指している。
成長するオンデバイスAI市場が後押し
オンデバイスAI技術は、スマートフォンなどの端末内でAI処理を実行する新しいアプローチとして注目を集めている。従来のクラウドベースのAIサービスと異なり、セキュリティの向上と処理遅延の低減が期待できる点が特徴だ。PIMメモリは、プロセッサとメモリ間のデータ移動を削減することで消費電力を大幅に抑制できるため、この技術と親和性が高いとされている。
市場調査会社MarketsandMarketsの予測によると、オンデバイスAI市場は年平均37.7%という急速な成長率で拡大し、2030年には1,739億ドル規模に到達する見込みだ。この成長予測は、両社の標準化への取り組みが、将来の市場における重要な布石となることを示唆している。
Xenospectrum’s Take
この協業の背景には、第3四半期でSK hynixがSamsungの営業利益を大きく上回るという、半導体業界における力学の変化が見て取れる。AI時代の覇権をかけた競争が、皮肉にも両社を協力へと導いた形だ。しかし、標準化という大義名分の陰で、既に進行している技術開発競争は一層激化するだろう。
特に注目すべきは、この協業が単なる技術標準の統一にとどまらない可能性である。オンデバイスAIの普及は、メモリ製品に求められる要件を根本的に変える可能性を秘めている。この「協調的競争」の枠組みは、半導体業界に新たなダイナミクスをもたらすとともに、AI時代における次世代メモリの在り方を規定する重要な転換点となるかもしれない。
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