世界的なテクノロジー企業SandboxAQは、独自の大規模定量モデル(LQM:Large Quantitative Models)と量子技術の開発加速を目指し、3億ドル以上の新規資金調達を実施したことを発表した。投資後の企業価値は56億ドルに達し、AI技術開発における同社の革新的なアプローチが投資家から高い評価を得ている。
著名投資家が参画する大型ラウンド
今回のラウンドには、Google元CEOのEric Schmidt氏、Salesforce創業者兼CEOのMarc Benioff氏をはじめ、Fred Alger Management、T. Rowe Price Associates、Mumtalakat、Parkway Venture Capital、Breyer Capital、Rizvi Traverse、S32などの機関投資家が参加。加えて、AI分野の権威であるYann LeCun氏も投資家として名を連ねている。
LeCun氏は「LLMは消費者向けの有用なツールだが、バイオ医薬品、化学、金融サービスなどの大規模セクターを定義づけるのは定量的AIである」とコメントし、SandboxAQの技術的アプローチを高く評価している。
物理ベースの革新的AI開発
2022年にAlphabetからスピンアウトしたSandboxAQは、その社名が示すように人工知能(AI)と量子技術(Quantum)を組み合わせた独自のアプローチで注目を集めている。同社が開発する大規模定量モデル(LQM)は、ChatGPTなどで知られる大規模言語モデル(LLM)とは根本的に異なるアプローチを採用している。LLMが言語データやテキストを基に論理的推論を行うのに対し、LQMは物理学に基づいて生成された高品質なデータを訓練の基盤としている。
特に創薬分野では、計算直交モデル、計算化学手法、予測モデリング、独自の知識グラフを組み合わせることで、分子の複雑な挙動を精密に分析することを可能にしている。これにより、生物学的システムの正確な表現と予測が実現され、従来の手法では見落とされていた新しい治療法の可能性を開くことが期待されている。
材料科学や化学分野においても、同社は物理ベースのコンピュータモデリングを用いて独自の訓練データを生成している。この分野では高品質なデータの不足が長年の課題とされてきたが、SandboxAQのアプローチにより、材料工学者は物理データで訓練された LQM を活用し、新規材料の発見までの時間を大幅に短縮することが可能になった。
同社の技術力を象徴する成果として、革新的なナビゲーションプラットフォーム「AQNav」の開発が挙げられる。このシステムは量子センサーとAIアルゴリズムを組み合わせ、地球の磁場を活用することで、GPSに依存しない新しいナビゲーション手法を確立した。すでに米空軍との実証実験で成果を上げており、GPSが利用できない環境下でも正確な位置測定が可能な、妨害耐性の高い全天候型ナビゲーションソリューションとして実用化が進められている。
CEO の Jack Hidary 氏は、これらの技術開発について「LLMを置き換えることが目的ではなく、LQMによって複雑なシステムへの新たな洞察を提供し、相補的に機能させることを目指している」と説明している。この方針は、AIの産業応用における新たなパラダイムを示唆するものとして、業界から高い関心を集めている。
産業応用の進展
SandboxAQの技術は2024年、複数の産業分野で具体的な成果を示している。特に注目すべきは医療、エネルギー、セキュリティの各分野における実用化の進展だ。
医療分野では、同社のAQBioSim部門が神経変性疾患に対する新しい治療アプローチの開発を加速させている。複数の大手製薬企業との関係を拡大し、LQMを活用して新規バイオマーカーの特定や治験薬の開発最適化を進めている。さらに、新たに開発された生成AI応用プログラム「IDOLPro」により、特定の性質を持つ創薬候補分子を迅速に設計することが可能となり、創薬研究開発の効率化に貢献している。
材料科学の分野では、AQChemSim部門がNVIDIAとの継続的な協力関係を通じて計算化学能力を80倍に向上させ、計算可能な分子サイズを2倍に拡大することに成功した。特筆すべき成果として、NOVONIXの高品質バッテリーデータを活用し、リチウムイオンバッテリーの寿命予測時間を95%短縮しながら、予測精度を35倍向上させることに成功している。この技術は、グローバルな化学メーカーの触媒活性予測にも応用され、より高度な化学製品の生産を可能にしている。
医療機器分野では、新設されたAQMed部門が心臓磁気図(MCG)検査装置「CardiAQ」の開発を進めている。この装置は心臓からの磁気信号を捉えて分析し、より正確でタイムリーな診断を提供することを目指している。Mayo Clinic、Mount Sinai Medical Center、UCSF Medical Centerとの臨床研究を通じて、その実用性が検証されている。
航空宇宙分野では、AQNavシステムが米空軍との実証実験で重要な進展を見せている。GPSに依存しない航空機のナビゲーションを実現したことで、TACFIコントラクトが延長され、より広範な航空機への適用拡大が検討されている。この革新的な技術は、TIME誌の2024年ベストインベンション賞やFast Companyのネクストビッグシングス・イン・テック賞など、複数の権威ある賞を受賞している。
さらに、デジタルインフラのセキュリティ分野では、Accentureとのパートナーシップを通じて暗号管理ソリューション「AQtive Guard」の展開を拡大している。特に金融サービスやライフサイエンス分野において、量子コンピューティング時代を見据えたセキュリティ対策として採用が進んでいる。
これらの多岐にわたる産業応用の成功は、SandboxAQの技術が単なる研究段階を超え、実用化フェーズに入っていることを示している。特に従来型のAIでは対応が困難だった複雑な産業課題に対して、具体的なソリューションを提供できている点が、産業界から高い評価を受けている要因となっている。
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