世界の半導体産業で何が起きているのか。TSMCの台頭とIntelの苦戦を、多くのアナリストは「モバイル時代への適応の成否」や「製造プロセスの技術的優位性」で説明してきた。しかし、この産業の競争力を決定づけてきた真の要因は、意外にも通貨政策という目に見えない「錬金術」にあったのではないかという興味深い指摘が報告されている。
技術力は存在するが収益性に課題
米国の半導体製造能力の低下について、多くの懸念が示されてきた。しかし、Intelは実際には最先端の半導体を製造する能力を持っているとされる。問題は、18Aやその他の3nmプロセスチップを収益性高く製造できていない点にあると、TechSpotは指摘する。
仮に地政学的な危機により台湾のTSMC工場へのアクセスが失われた場合を想定してみると、この状況がより明確になる。そのような事態では、政府の支援を受けることで、Intelは比較的短期間で製造プロセスを確立できる可能性が高い。当初は歩留まりが悪く、政府が実質的にその損失を補填する形になるだろうが、量産による学習効果で徐々に改善できるはずだ。つまり、技術的な能力は存在するものの、現状では経済的な制約により本格的な生産に踏み切れていないという分析である。
TSMCの優位性を支えた為替要因
翻って、TSMCはどうか?同社の成功要因として、一般的にはモバイル市場での成功による量産効果が挙げられてきた。しかし、より重要な要素として、台湾政府による直接的な補助金に加え、台湾元の実質的な通貨安による間接的な補助金効果があったのではと、TechSpotは指摘している。
この状況を理解する鍵は、過去20年にわたって継続されてきた、台湾の通貨政策にある。
台湾元は表面上、変動相場制を採用しているが、実際には米ドルに対して実質的な固定相場制を維持してきた。Economist誌のビッグマック指数によると、台湾元は米ドルに対して50%以上過小評価されているとされる。経済学者のBrad Setser氏によれば、これは商業銀行や生命保険会社を通じた巧妙な通貨管理の結果だという。この政策がTSMCに与えた恩恵は、単なるコスト優位性をはるかに超えるものだった。
人材投資という「錬金術」の真髄
TSMCが選んだ戦略の真髄は、通貨安がもたらす利益を、単なる価格競争力としてではなく、人材育成への大規模な投資に振り向けたことにある。同社の収入は米ドル建てであるが、支出の大半を占める人件費は割安な台湾元建てで支払われる。この差額を、同社は技術者の育成と研究開発に投資し続けた。これは、短期的な収益を追求するのではなく、長期的な技術的優位性の構築を目指す戦略だった。
TSMCの米国工場のウェハーコストが台湾の工場と比べて20-30%高くなるという試算は、まさにこの通貨政策の影響を如実に示している。これは単なる偶然ではない。通貨安による優位性を、持続的な競争力の源泉に転換する戦略が、見事に結実した証左なのだ。
「通貨安の錬金術」が変える半導体の未来
この分析は、半導体産業の将来に対して重要な示唆を投げかける。Intelが直面している課題は、単なる技術力の問題ではない。より本質的には、持続的な人材育成と技術革新を可能にする経済的基盤の欠如なのだ。政府からの直接支援や顧客からの投資を求める声が高まっているが、それは対症療法に過ぎない可能性がある。
この状況は、Samsungにも同様の課題を突きつけている。韓国ウォンも台湾元と同様の状況にあるにもかかわらず、同社はその優位性を半導体部門以外に振り向けてきた。その結果、ファウンドリー事業では苦戦を強いられている。
ただし、TSMCの成長をAppleが牽引したという指摘もまた事実だろう。AppleはTSMCの最先端プロセスを優先的に購入し、その歩留まりにかかわらず全量を買い取るという資金力に物を言わせたやり方を続けており、これによりTSMCは安心して開発を進められたという点も、TSMCの成長を支えた大きな要素だろう。
だが結局のところ、半導体産業における真の競争力は、通貨という見えない「錬金術」を、いかに持続的な技術革新の源泉に転換できるかにかかっているのではないかと言うのが、TechSpotの主張だ。この視点なしには、Intel再生の道筋も、また世界の半導体産業の未来も、正しく展望することはできないのではないだろうか。
Source
コメント