大ヒットゲーム『Marvel’s Spider-Man 2』が示した衝撃的な数字がある。開発費3億ドル、売上1,100万本、そして開発完了直後の900人規模の人員整理。この矛盾した状況は、ゲーム業界が直面する根本的なジレンマを露呈させた。極限まで追求された視覚表現は、もはや持続可能なビジネスモデルとは言えなくなっているのだ。
際限なき開発費の高騰が示す産業構造の歪み
「より美しく、より精密に、より写実的に」─この果てなき追求が、ゲーム産業の経済的基盤を揺るがしている。『Marvel’s Spider-Man 2』の開発費3億ドルは、2018年に発売された前作から実に3倍以上の増加だ。この急激な上昇の背景には、現代のAAA級ゲーム開発が抱える構造的な問題が存在する。
PlayStation 5の最新技術を駆使して描かれるマンハッタンの街並み。1フレームごとに計算される精密な光の反射。雨粒の1粒1粒まで作り込まれた水滴の表現。『The Last of Us Part II』におけるEllieの傷跡の描写に代表される人体の緻密な表現。これらの視覚的な達成は、かつてのゲーム業界では困難だった表現の領域に到達している。
しかし、この技術的勝利は産業としての持続可能性を著しく損なっている。現代のAAA級タイトルでは、たった1つのキャラクターモデルの作成に、モデラー、テクスチャアーティスト、リガー、アニメーター、ライティングアーティストなど、数十人規模の専門家チームが数か月もの時間を費やす。Naughty Dog、CD Projekt Red、Rockstar Games、Guerrilla Gamesといった大手スタジオでは、この作業が数百のキャラクターに対して必要となる。
結果として、開発費の高騰は制御不能なレベルに達している。『Marvel’s Spider-Man 2』が1,100万本という驚異的な売上を記録しながらも、Sonyが900人規模のレイオフを実施せざるを得なかった事実は、現行の開発モデルが既に破綻していることを示している。
市場が突きつける「グラフィック至上主義」への疑問
「高精細なグラフィックに熱狂するのは、40代、50代の限られたゲーマーだけだ」─Square Enixの元エグゼクティブJacob Navokのこの指摘は、業界が直面する世代間ギャップを鋭く突いている。実際、若年層の多くはMinecraft、Roblox、Fortniteといった、必ずしもグラフィックの革新性を追求しないゲームに魅了されている。
この現象を分析してニューヨーク大学のJoost van Dreunen氏は「現代の若者にとって、ゲームは社会的交流のプラットフォームであり、プレイ自体は人々と繋がるための口実に過ぎない」と指摘する。この洞察は、なぜ『原神』のようなライブサービス型ゲームが、比較的控えめなグラフィックながら年間数十億ドル規模の収益を上げているのかを説明する鍵となる。
しかし、既存の大手スタジオにとって、この市場変化への適応は容易ではない。Batman Arkhamシリーズの後継として期待された『Suicide Squad: Kill the Justice League』は、ライブサービス型への転換を試みるも失敗。同様にSonyの意欲作Concordも開発中止に追い込まれた。これらの失敗は、単なるビジネスモデルの変更では、市場の本質的な変化に対応できないことを示している。
特筆すべきは、『Dark Souls』を源流とするソウルライクジャンルの台頭だ。これらのゲームの多くは敢えて60FPSに制限され、最新のグラフィック技術を全面に押し出してはいない。それでいて確固たる地位を築いているのは、プレイヤーが求める本質が「視覚的な革新性」ではなく「没入感のある体験」にあることの証左と言える。
「より良い」の再定義が迫られる業界
PricewaterhouseCoopersのDavid ReitmanとVlambleerの共同設立者Rami Ismailは、業界の未来について対照的な見解を示している。Reitman氏は生成AIによる開発コストの大幅削減に期待を寄せる一方、Ismail氏は「より短い開発期間で、より控えめなグラフィックの、しかし開発者が適切な待遇で働けるゲームを作る」という、より根本的なパラダイムシフトの必要性を説く。
この対立する見解は、業界が直面する選択の本質を映し出している。生成AIによる一時的なコスト削減は、あくまでも対症療法に過ぎない。必要なのは、「より良いゲーム」の定義そのものを見直すことだ。現在の市場は、かつてのような単線的な技術革新ではなく、多様な価値観に基づく複線的な発展を求めている。
向こう5年で、ゲーム開発の風景は劇的に変化するだろう。いくつかの大規模スタジオは消滅し、新たな開発哲学を携えた新興勢力が台頭する。この産業的な新陳代謝を経て、持続可能な次世代の開発モデルが確立されていく─そんな展望が見えてきた。問題は、Ismailの警告する「ゲーム業界のゆっくりとした首絞め」を、いかに創造的な進化の機会へと転換できるかだ。その答えは、市場が既に示し始めているのかもしれない。
Source
- The New York Times: Video Games Can’t Afford to Look This Good
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