台湾の半導体製造大手TSMCが、、これまで台湾域外での先端プロセス導入に慎重であった方針から大きく転換し、米国アリゾナ州で2030年までに最先端の1.6nm(ナノメートル)プロセス(A16)製造施設を含む総額1650億ドル規模の投資を行う計画のようだ。
3つのファブと追加施設、アリゾナへの大規模投資の詳細
TSMCは現在、アリゾナ州に650億ドルを投資して3つの半導体製造施設(ファブ)を建設中である。第1ファブではすでに4nmプロセスチップの量産が開始されており、AMDがRyzen CPUの注文を行っているという。プロセスの数値が小さいほど微細化が進み、より高性能で省電力なチップを製造できる。
第2ファブでは、より高性能な3nm、2nm、そして同社として初めて言及されたA16(1.6nm)プロセスの生産が予定されており、2028年の生産開始を目指している。
TSMCのグローバルポリシー担当副社長Peter Cleveland氏は、ワシントンのシンクタンクHudson Instituteが開催したフォーラムにて、アリゾナ州フェニックスに建設予定の第3工場について「来週にでも着工したい」と述べ、建設開始に向けた米国政府の協力、特に環境許可の取得を求めた。
Cleveland氏は、「台湾は依然として我々の『ホーム』であるが、米国はグローバル展開を拡大する上で『理想的な場所』だ」と強調。「我々は米国のAIリーダーシップを維持するために、これらの(ハイエンド)チップをフェニックスで製造します」と語り、米国での先端プロセス導入が国家戦略に貢献するとの認識を示した。
この第3ファブは2030年までに稼働を開始し、2nmあるいはそれ以上の先進プロセスを製造する予定だ。
さらに先日、TSMCはTrump大統領とともに追加で1000億ドルの投資計画を発表した。この追加投資には、3つの高性能な半導体ファブ、2つのIC組立工場、そして研究開発センターの建設が含まれており、アリゾナ州への総投資額は1650億ドル(約25兆円)に達する見込みだ。
Cleveland副社長は「米国のAIリーダーシップを維持するために、フェニックスでそれら(高性能チップ)を製造する予定です」と述べ、同社の米国戦略の重要性を強調した。
重要な「技術移転」の実現、台湾に次ぐ第二の製造拠点としての米国
今回のTSMCの動きは、同社の戦略的な転換点を示している。これまで台湾政府は2nmプロセスなどの最先端技術の海外生産を制限してきたが、現在のTSMCは「台湾のみ」に依存しない方針に舵を切っている。Cleveland副社長は「台湾はTSMCの『ホーム』だが、米国は理想的な拡大先」だと位置づけている。
TSMCのA16(1.6nm)プロセスは2026年後半に市場投入される見込みで、米国での生産は台湾から約2年遅れで開始される予定だ。この時間差はあるものの、最先端の半導体製造技術が米国に移転されることは、半導体産業のダイナミクスに大きな変化をもたらす可能性がある。
専門家らは、「コア技術」の移転なしではTSMCの米国進出計画の効果は限定的だと指摘していたが、今回の発表はそうした懸念を払拭するものとなった。Cleveland副社長の発言から、「技術移転」の概念が明確になってきていると言える。
Trump政権下での転換、地政学的背景と課題
TSMCのビジネスの約75%は米国向けであり、中国向け販売は10%程度に留まっている。Trump政権の圧力戦術がTSMCの米国進出を加速させたとみられており、Cleveland副社長は次のようにコメントしている。「我々は、Trump政権および議会との協力関係について楽観的です」。
また、米国商務省との間でも構造的な問題について「良好な対話」があるとしている。
一方で、「米国は異なる市場です。労働コストは高いです」とTrump副社長は認めており、米国での生産には課題もあることを示唆している。また、中国に対する米国の半導体輸出規制についても、Trump政権と規制の複雑性について良好なコミュニケーションを取っているとしている。
TSMCは「米国の法律に一貫して、シリコンが正しい方法で販売・配布されることを確実にするために、米国政府との調整が必要」だとも述べており、地政学的な背景を考慮した事業展開を進めていることがうかがえる。
米国半導体産業の再興とAI時代への対応
このTSMCの大規模な米国投資は、長期的に米国の半導体産業の競争力回復に寄与することが期待される。特にAI(人工知能)の開発において不可欠な高性能チップの現地生産が可能になることで、米国のAI分野でのリーダーシップ維持に貢献するとされる。
また、TSMCの欧州プロジェクトの一部が現在停止されているとの報道もあり、米国を重視する同社の戦略転換が鮮明になっている。これは半導体製造における地政学的な重要性が高まっていることを示している。
しかし、米国での本格的な半導体製造体制の確立には数年を要するとみられ、短期的な影響は限定的だろう。オランダの半導体製造装置大手ASMLのJonathan Hoganson氏も議論に参加し、「業界企業はルールが明確に定義されることを必要としている」と指摘しており、半導体をめぐる国際的な規制環境の重要性が浮き彫りになっている。
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