テクノロジーと科学の最新の話題を毎日配信中!!

スマートフォンに搭載可能な超高精度原子時計が実現するかもしれない

Y Kobayashi

2025年3月23日

米国パデュー大学とスウェーデンのチャルマース工科大学の研究チームが、わずか5mmサイズの「マイクロコム(Micro Comb)」チップを開発し、これまで大型の研究室環境でしか実現できなかった超高精度の光原子時計を大幅に小型化できる道を開いた。科学誌『Nature Photonics』に発表されたこの技術が実用化されれば、GPS精度が数メートルから数センチメートルに向上し、スマートフォン、ドローン、自動運転車など幅広い分野に革命をもたらす可能性がある。

スポンサーリンク

わずか5mmのチップが実現するマイクロコム技術の革新

研究チームが開発したマイクロコムチップは、「くし(Comb)」の歯のように均等に間隔を置いた光周波数のスペクトルを生成できる微小な装置である。このチップは微小な共振器リングを持ち、約25μm(マイクロメートル)の半径を持つ構造が光周波数コムを生成する。これにより、原子時計の心臓部となる原子の超高速振動(数百テラヘルツ=1秒間に数百兆回の振動)を、電子回路で処理可能な無線周波数に変換することが可能になった。

従来の光原子時計は、複雑なレーザー設定と光学部品を必要とする大型の実験装置であり、衛星や遠隔研究施設、ドローンなどの実環境での使用は困難だった。今回の技術革新は、この課題を解決する重要な一歩となる。

「従来の原子時計では、GPSシステムの位置精度は数メートル程度です。光原子時計を使えば、わずか数センチメートルの精度を達成できる可能性があります。これにより、車両の自律性や位置情報に基づく全ての電子システムが向上します。また、光原子時計は地球表面の緯度のわずかな変化も検出でき、火山活動などのモニタリングにも活用できます」とパデュー大学のMinghao Qi教授は述べている。

2つのマイクロコムを組み合わせたVernierデュアルマイクロコム方式

研究チームが開発した技術の核心は、「Vernierデュアルマイクロコム方式」と呼ばれる革新的なアプローチにある。この方式では、シリコン窒化物(SiN)プラットフォーム上に作製された2つの異なる周波数の光コムを組み合わせている。一方のコムは約896GHz、もう一方は約876GHzの繰り返し周波数を持ち、その差が約20GHzになるように設計されている。

この2つのマイクロコムを組み合わせることで、「自己参照」と呼ばれる光原子時計システムの安定性に必要な技術的課題を解決した。さらに、この方式により、871nmの安定化された超狭線幅レーザーから約235MHzの出力周波数への光周波数分割を実現している。

「1つのマイクロコムでは不十分であることがわかり、くし間隔(隣接する歯の間の周波数間隔)が近いが小さなオフセット(例えば20ギガヘルツ)を持つ2つのマイクロコムを組み合わせることで問題を解決しました。この20ギガヘルツのオフセット周波数が、電子的に検出可能なクロック信号として機能します。これにより、原子時計からの正確な時間信号をより扱いやすい無線周波数に変換することができました」とパデュー大学の研究の筆頭著者であるKaiyi Wu氏は説明する。

スポンサーリンク

原子時計とは何か?そして光原子時計の優位性

すべての時計は、発振器(振動体)とカウンター(計数器)の2つの部分から構成される。発振器は時間とともに周期的な変化を提供し、カウンターはその振動数をカウントする。原子時計は、原子が2つのエネルギー状態間で非常に正確な周波数で振動する現象を利用している。

現在、世界には約400個の高精度原子時計があり、携帯電話やコンピュータ、GPSシステムの正確な時間表示や位置情報を支えている。これらの原子時計のほとんどはマイクロ波周波数を使用して原子のエネルギー振動を誘発している。

一方、光原子時計はレーザーを使用して原子を光学的に振動させる。これにより、1秒をさらに細かい時間分割に分けることが可能になり、従来の原子時計よりも数千倍正確な時間と位置の表示を実現できる。しかし、その高精度さゆえに、NASAのゴダード宇宙飛行センターや米国標準技術研究所(NIST)などの限られた科学研究環境でしか利用されてこなかった。

今回の研究で特に注目すべき点は、マイクロコムチップが光信号(数百テラヘルツの周波数)と無線周波数の橋渡しをする機能を持つことだ。これは、小さな高速回転するギア(光周波数)が大きな低速回転するギア(無線周波数)を駆動するようなメカニズムで、原子の超高速振動を電子回路で処理可能な信号に変換している。

チップベースの光学技術が実現する超小型原子時計

新システムには集積フォトニクスと呼ばれる技術も含まれており、従来の大型レーザー光学系の代わりにチップベースのコンポーネントを使用している。研究チームの開発したフォトニックチップは、わずか5mmという小さなサイズながら、高度な光学機能を実現している。

「フォトニック集積技術により、周波数コム、原子源、レーザーなどの光原子時計の光学コンポーネントを、マイクロメートルからミリメートルサイズの小さなフォトニックチップに集積することが可能になり、システムのサイズと重量を大幅に削減できます」とWu氏は説明する。

研究チームは、特に原子時計の参照として使用されるイッテルビウムイオン(171Yb+)の時計遷移に合わせて871nmのレーザーを調整し、システムがこの重要な周波数に対応できることを実証した。これは将来的にイオントラップと組み合わせることで、チップスケールの光原子時計の実現に近づく重要なステップである。

チャルマース工科大学のVictor Torres Company教授は「マイクロコムの最小サイズにより、原子時計システムを大幅に小型化しながら、その非凡な精度を維持することが可能になります。将来の材料と製造技術の進歩によって、この技術がさらに合理化され、超精密な時間計測が携帯電話やコンピュータの標準機能となる世界に近づくことを願っています」と述べている。

次世代GPSと様々な応用への展望

この技術革新は、大量生産を可能にし、光原子時計をより手頃な価格でアクセスしやすいものにする道を開く可能性がある。実用化されれば、GPSの精度が現在の数メートルから数センチメートルに向上し、様々な応用が期待できる。

具体的には、自動運転車の安全性向上(センチメートル単位での正確な位置把握)、ドローンの正確な飛行経路制御、スマートフォンのナビゲーション精度の飛躍的向上、さらには地震活動や火山活動のモニタリングなど、幅広い分野に革命をもたらす可能性がある。

しかし、研究チームは、光周波数の周期をカウントするために必要なシステムには、マイクロコム以外にも変調器、検出器、光アンプなど多くのコンポーネントが必要であると指摘している。本研究は重要な問題を解決し、新しいアーキテクチャを示したが、次のステップは完全なシステムをチップ上に構築するために必要なすべての要素を統合することである。


論文

参考文献

Follow Me !

\ この記事が気に入ったら是非フォローを! /

フォローする
スポンサーリンク

コメントする