AMDは新しいRyzen AI 300シリーズプロセッサーについて、競合のIntel Core Ultra 7 258Vと比較して平均75%高速なゲーミングパフォーマンスを実現すると発表した。この大幅な性能向上は、FSR 3やHYPR-RXなどのソフトウェア最適化技術の活用が大きく寄与している。
ハードウェアスペックの比較
両プロセッサーの性能差を理解する上で、その根幹となるハードウェア構成の違いを詳しく見ていく必要がある。AMDのRyzen AI 9 HX 370とIntelのCore Ultra 7 258Vは、共にハイブリッドアーキテクチャを採用しているものの、その実装アプローチには大きな違いが見られる。
プロセッサーコア構成において、Ryzen AI 9 HX 370は4基のパフォーマンスコアと8基の効率コアを組み合わせた12コア24スレッド構成を採用している。キャッシュメモリは、コアごとに1MBのL2キャッシュを備え、さらに全コアで共有される24MBのL3キャッシュを実装することで、高い演算効率を実現している。
一方、Core Ultra 7 258Vは8コア8スレッドという比較的シンプルな構成を取る。しかし、そのキャッシュ構成は複雑で、パフォーマンスコアには192KBのL1キャッシュと2.5MBのL2キャッシュ、効率コアには96KBのL1キャッシュとモジュールあたり4MBのL2キャッシュを搭載。これらは12MBのL3キャッシュを共有する形で動作している。
統合GPUの設計思想にも明確な違いが表れている。AMDのRadeon 890MはRDNA 3.5アーキテクチャを基盤とし、16基のコンピュートユニットを2.9GHzという高クロックで駆動するアグレッシブな設計を採用。これにより、従来のモバイル向け統合GPUの概念を覆す高い描画性能を実現している。
これに対してIntelのArc Graphics 140Vは、Xe-LPGアーキテクチャに基づく8基のグラフィックスコアを1.95GHzで動作させる、比較的保守的な設計を選択している。コア数とクロック速度では一見劣位に見えるものの、Xe-LPGアーキテクチャの高い電力効率により、実際のゲーミング性能では互角の勝負を展開できている点が注目に値する。
このように、両社のプロセッサーは同じハイブリッドアーキテクチャという概念に基づきながらも、その実装には明確な違いが存在する。AMDが積極的なコア数の増強と高クロック化による性能向上を追求する一方、Intelはキャッシュ階層の最適化と電力効率を重視したアプローチを取っている。この設計思想の違いは、両社の技術戦略と市場での戦略を如実に反映したものと言えるだろう。
パフォーマンス比較の詳細
では、実際にAMDの公開した結果を見てみよう。『Ghost of Tsushima』、『Cyberpunk 2077』、『Baldur’s Gate 3』、『Spider-Man Remastered』など、現代の要求の厳しいAAAタイトルを含む16種類のゲームで性能検証が実施されている。すべてのテストは1080p解像度・中画質設定で実施され、同等の条件下でのパフォーマンス比較を目指している。
特筆すべき結果として、『Call of Duty: Black Ops 6』ではRyzen AI 9 HX 370が99fpsを記録し、Intel Core Ultra 7 258Vの48fpsを大きく上回った。また、『Forza Horizon 5』においても、AMDプラットフォームが135fpsを達成し、Intelの68fpsに対して約2倍の性能差を示している。
しかし、これらの印象的な数値の背後には、複数の重要な技術的要因が存在する。AMDは自社の優位性を最大限に引き出すため、FSR 3によるアップスケーリングとフレーム生成技術を全面的に活用している。さらに、FSR 3に対応していないゲームでは、AFMF 2(AMD Fluid Motion Frames 2)というドライバーベースのフレーム生成技術を適用。これに加えて、Anti-Lag、Radeon Super Resolution(RSR)、Radeon Boost等の機能を包括的に有効化するHYPR-RXも導入している。
一方、Intel環境では主にXeSSによるアップスケーリングが使用されているが、現時点でXeSSにはフレーム生成機能が実装されていない。また、FSR自体もAMDのGPUで最適な性能を発揮するよう設計されているため、Intel環境では同等の効果が得られにくい状況にある。さらに、AMD独自の動的解像度調整技術であるRadeon Boostのような最適化技術も、Intel環境では利用できない。
ベンチマーク環境についても注目すべき違いがある。テストには同じASUS ZenBookシリーズが使用されているものの、AMDプラットフォームには16インチモデル、Intel環境では14インチモデルが選択されており、熱設計や電力設定に潜在的な違いが存在する可能性も考慮する必要がある。
このように、75%という印象的なパフォーマンス差は、純粋なハードウェア性能の違いというよりも、AMDが長年培ってきたソフトウェアスタック全体の優位性を反映した結果と見るべきだろう。
ネイティブ性能での実態
AMDが主張する75%という劇的なパフォーマンス優位性の真相を理解するために、すべてのソフトウェア最適化技術を無効化した「ネイティブ」状態での性能比較に目を向けてみよう。AMDが公開した検証データによれば、FSR 3やHYPR-RXといった補助技術を使用しない純粋なハードウェア性能においては、両社の製品は予想を超えて近接した性能を示している。
この「ネイティブ」性能の比較において、特に興味深い事実が浮かび上がっている。Call of Duty: Black Ops 6やHitman 3といった人気タイトルでは、Intel Core Ultra 7 258Vが実はRyzen AI 9 HX 370をわずかながら上回るパフォーマンスを記録している。しかしながら、AMDはこれらの具体的なフレームレート数値を明示的に公開していない。代わりに提示された視覚的な棒グラフ比較では、その差異を定量的に把握することが困難な形となっている。この表現方法の選択自体が、ネイティブ性能での優位性をアピールすることへのAMDの消極的な姿勢を示唆しているとも解釈できる。
ちなみに、Tom’s Hardwareは独自に検証も行っており、720p解像度でIntelが6.7%のリードを、1080p解像度においても5.5%の優位性を維持していることを明らかにしている。特に低解像度での優位性は、純粋なグラフィックス処理能力においてIntelのArc Graphics 140Vが持つポテンシャルの高さを示唆している。
これらの結果は、現代のモバイルGPU設計が到達した興味深い転換点を示している。純粋なハードウェア性能においては、両社の製品が極めて接近した性能を実現できるレベルに達している一方で、実際のゲーミング体験における優位性は、ソフトウェアスタックの充実度とその最適化の成熟度によって決定される時代に突入したことを如実に示していると言えるだろう。AMDの主張する大幅な性能差は、長年培ってきたソフトウェア最適化技術の蓄積が生み出した結果であり、純粋なハードウェア性能の差を反映したものではないと結論付けることができる。
このような状況は、モバイルゲーミング市場における競争の新たなステージを示唆している。今後は、ハードウェアの性能向上に加えて、ソフトウェアスタック全体の最適化能力が、製品の競争力を決定する重要な要因となっていくことが予想される。特にIntelにとって、XeSSの対応タイトル拡大やフレーム生成技術の実装は、AMDとの性能差を埋めるための重要な課題となるだろう。
Xenospectrum’s Take
AMDの75%という数字は、確かに印象的だが、やや誤解を招く主張とも言える。これはハードウェアの真の性能差というよりも、ソフトウェアスタック全体での最適化の成果を示している。FSR 3とHYPR-RXの広範なゲームサポートは確かにAMDの強みだが、純粋なハードウェア性能では両社が互角の戦いを繰り広げているのが実態だ。
来年初頭に控えるIntelのArrow Lake-HXローンチまでに、AMDはこの「ソフトウェアアドバンテージ」をどこまで活かせるか。そして、IntelはXeSSの対応タイトル拡大とフレーム生成技術の実装によって、このギャップをどう埋めていくのか。モバイルゲーミング市場での攻防は、まだ始まったばかりと言えそうだ。
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