欧州連合(EU)は、独自の衛星インターネットネットワーク構築に向けて大きな一歩を踏み出した。総額106億ユーロ(約110億ドル)規模のIRIS²(Infrastructure for Resilience, Interconnectivity and Security by Satellite)プロジェクトの契約を締結。2029年の打ち上げ開始を目指し、SpaceXのStarlinkに対抗する新たな通信インフラの整備に着手する。
官民連携で推進する次世代衛星通信網
IRIS²プロジェクトの実行を担うのは、欧州の主要な衛星通信事業者で構成されるSpaceRISEコンソーシアムである。SES、Eutelsat、Hispasatといった衛星通信の大手事業者に加え、Orange、Deutsche Telekomなどの通信事業者、さらにはAirbus、Thales Alenia Space、OHBといった航空宇宙企業が参画している。コンソーシアムは12年間の事業権を獲得し、システムの開発から配備、運用までを一貫して担当する。
資金面では、総予算106億ユーロ(約17兆円)のうち、62パーセントにあたる65億ユーロを欧州連合と欧州宇宙機関(ESA)が拠出する。ESAからは5億5000万ユーロがパートナーシッププログラムとして提供される。残りの40億ユーロ超については、民間セクターからの投資で賄われる構造となっている。
特に注目すべきは、フランスの衛星通信事業者Eutelsatの積極的な投資姿勢だ。同社は単独で20億ユーロという最大規模の民間投資を約束した。この背景には、SpaceXのStarlinkやAmazonのProject Kuiperとの激しい競争に直面する中、IRIS²プロジェクトを通じて次世代OneWeb衛星の開発資金を確保したい思惑がある。実際、Eutelsatは現在、競合との競争激化により財務面での課題に直面しており、このプロジェクトを通じた事業基盤の強化を図っている。
欧州委員会のTech Sovereignty, Security and Democracy担当上級副委員長であるHenna Virkkunenは、「この最先端の衛星群は重要インフラを保護し、最も遠隔な地域との接続を確保し、欧州の戦略的自律性を高めることになる」と述べている。さらに「SpaceRISEコンソーシアムとのパートナーシップを通じて、イノベーションを推進し、すべての欧州市民に具体的な利益をもたらすための官民連携の力を実証していく」と、このプロジェクトへの期待を表明している。
IRIS²は、低軌道(LEO)に264基、中軌道(MEO)に18基、計290基の衛星を配置する計画だ。これはStarlinkの約7,000基と比べると大幅に少ない規模だが、ESAによれば、異なる軌道に配置した衛星を相互接続することで、「数千基の衛星を必要とせずに、安全かつ迅速な通信と常時接続を実現する」という。
打ち上げは欧州の新型ロケットAriane 6を使用し、13回のミッションで完了する予定。2029年に開始され、2030年末までに全システムの運用開始を目指している。
このように、IRIS²は単なる通信インフラの整備にとどまらず、欧州の宇宙産業全体の競争力強化と技術革新の推進を目指す包括的な取り組みとして位置づけられている。従来の衛星通信事業者、通信事業者、航空宇宙企業が一体となって推進することで、個々の企業では困難な大規模プロジェクトの実現を目指している。
Source
- European Commission: Commission takes next step to deploy the IRIS² secure satellite system
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