元Intel CEOのPat Gelsingerが、英国のAIチップスタートアップ「Fractile」への投資を発表した。2024年7月にステルスモードから脱却したFractileは、インメモリコンピューティング技術を活用し、AIモデルの推論処理を現行比で100倍高速化することを目指している。
革新的な技術アプローチで推論処理の課題に挑む
Fractileが開発中のチップは、プロセッサがコンピュータメモリ内で直接計算を実行する「インメモリコンピューティング」方式を採用している。同社によると、このアプローチにより、NVIDIA GPUと比較して100倍高速かつ10倍安価な推論処理を実現し、さらに電力効率を20倍向上させることが可能になるという。
「現在のAIレースにおいて、実質的に単一企業が提供する既存ハードウェアの限界が、性能向上とコスト削減、そして幅広い採用への最大の障壁となっています」とFractileのCEO兼創業者であるWalter Goodwin博士は述べている。
オックスフォード大学から生まれた技術革新
Fractileは2022年、オックスフォード大学ロボティクス研究所の博士課程に在籍していたGoodwin博士によって設立された。同氏は研究の過程で、AIモデルの活用が訓練(トレーニング)から推論(インファレンス)へとシフトしていく傾向を察知。既存のハードウェアでは大規模な推論処理に対応できないと考え、新たなアプローチを模索し始めた。
2024年7月、同社は1,500万ドルのシード資金調達を発表。Kindred Capital、NATO Innovation Fund、Oxford Science Enterprisesが共同でリードインベスターを務め、元Arm・Acorn Computers幹部のStan Bolandなども投資に参加している。
データセンタースケールでの実用化を目指す
現在のFractileの技術開発は重要な段階を迎えている。コンピュータシミュレーションでの検証段階から実シリコンへの移行を目前に控え、数ヶ月以内にテープアウトを予定している。製造パートナーとしてTSMCを選定し、同社の最先端FinFETプロセスノードを採用することで、製造面での実現可能性を確保している。
「シリコンを市場に投入するためのコストは極めて高額で、マスクセットだけでも1,000万ドル以上が必要です」とGoodwin博士は説明する。そのため、同社が大規模に生産する最初のシリコンが、そのまま最初の製品となる予定だ。
ソフトウェアスタックの開発も並行して進められている。2024年10月にブリストルに新オフィスを開設し、現在の23名から35-38名程度までの増員を計画。特にソフトウェア開発チームの強化に注力している。「ターンキーソリューションを提供するためには、ハードウェアプラットフォームとソフトウェアスタックの両方が不可欠です」とGoodwin博士は強調する。
また、同社の特筆すべき点は、インメモリコンピューティング技術をエッジデバイスではなく、データセンタースケールのワークロードに適用しようとしている点にある。これは業界でもユニークな取り組みとされている。メモリバンクとプロセッサを分離する必要をなくすことで、コンピューティングスケーリングにおける最大の制約である電力消費の問題に対処することが可能になるという。
このアプローチにより、大規模モデルの推論を「はるかに高速に」実行することが可能になる。具体的には、ユーザーあたりの毎秒出力トークン数や単語数を大幅に向上させながら、同時にコストを削減することを目指している。ただし、同社が製品を市場に投入するまでの間に、競合他社のハードウェアも進化を続けることから、現時点での性能目標は、市場投入時までに見直される可能性がある。
Gelsinger氏は投資発表に際し、「フロンティアAIモデルの推論は、ハードウェアによってボトルネックが生じています。AIへの期待を実現するには、劇的に高速で安価、かつ低消費電力な推論処理が必要です」とコメントしている。
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