ハーバード大学の研究チームが、CMOSチップ上に4,096個の微小孔電極アレイを搭載したデバイスを開発し、ラットの神経細胞約2,000個から7万以上のシナプス結合を記録・マッピングすることに成功した。この技術は、脳内の大規模な神経回路網の理解を深め、AIや精神疾患研究への応用が期待される。
CMOSチップによる大規模な神経活動記録
ハーバード大学の研究チームは、相補型金属酸化膜半導体(CMOS)チップ上に4,096個の微小孔電極アレイを集積したデバイスを開発した。このデバイスを用いることで、多数の神経細胞における電気的活動を同時に記録することが可能となった。『Nature Biomedical Engineering』誌に掲載された論文によると、このチップを用いてラットの神経細胞約2,000個を計測し、それらの間に存在する7万以上のシナプス結合をマッピングすることに成功した。さらに、各結合における信号強度や信号の種類を特定することも可能である。
この成果は、神経科学の研究における大きな進歩であり、脳内の神経結合の詳細なマッピングを可能にする。従来、電子顕微鏡によってシナプス結合の可視化は可能であったが、シナプスを伝達する信号の計測や記録はできなかった。もう一つの手法であるパッチクランプ電極は、微弱な神経信号を正確に記録できるが、一度に計測できる細胞の数が限られているため、多数のニューロンを対象とした研究には不向きであった。
微小孔電極アレイによる高効率な計測
研究チームが開発したCMOSチップは、多数のニューロンがどのように相互作用し、思考や学習といった複雑な精神活動が生じるのかを理解するための新たな道を開く。各微小孔は、従来のパッチクランプ電極のような役割を果たす。4,096個の微小孔電極アレイを単一のチップに集積することで、数千個のニューロンの活動を効率的にモニタリングできるようになった。
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「微小孔電極は、2020年に開発された垂直型ナノニードル電極よりもニューロン内部との結合が良好であるだけでなく、製造もはるかに容易です」と、研究チームのJun Wang氏は述べている。垂直型ナノニードル電極は、今回の研究の基盤となった技術である。
4,096個の微小孔のうち、3,600個以上(約90%)が神経細胞との結合に成功した。この結果、7万以上のシナプス結合を記録することに成功し、これは以前の記録である300を大幅に上回る。しかし、ヒトの脳には平均860億個のニューロンが存在し、各ニューロンが平均35個のシナプス結合を持つと仮定すると、ヒトの脳内には少なくとも3兆100億個のシナプス結合が存在することになる。今回の成果は大きな進歩ではあるものの、ヒトの脳全体のマッピングにはまだ遠い道のりがある。
大量データの解析と今後の展望
「大規模な並列細胞内記録に成功した後、最大の課題の一つは、圧倒的な量のデータをどのように分析するかでした」と、研究チームのDonhee Ham氏は述べている。「我々は、シナプス結合に関する洞察を得るために、それらのデータから長い道のりを歩んできました。現在、生体脳に適用できる新しいデザインの開発に取り組んでいます」。
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研究チームは、今回の成果によって得られた大量のデータを解析し、シナプス結合に関する新たな知見を得ている。今後は、生きた脳内での神経結合の働きをマッピングできるような、さらに新しいデザインの開発を目指している。この技術が実現すれば、AIの学習や、より効率的なAIチップの開発など、さまざまな技術的進歩に貢献する可能性がある。また、精神疾患の研究においても、シナプス結合の発火(または誤発火)がどのように精神活動に影響を与えるかを理解するための手がかりとなることが期待される。
論文
- Nature Biomedical Engineering: Synaptic connectivity mapping among thousands of neurons via parallelized intracellular recording with a microhole electrode array
参考文献
- Harvard John A. Paulson School of Engineering: Mapping connections in a neuronal network
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