半導体スタートアップのEnCharge AIは、AIアプリケーション向けのアナログメモリチップを開発しており、Tiger Global主導のシリーズBラウンドで1億ドル以上を調達した。同社の技術は、AI処理の高速化と低コスト化を両立し、AIサービスの普及を加速するものと期待される。
アナログ技術でAI推論を効率化
EnCharge AIは、プリンストン大学からスピンアウトした企業で、アナログメモリチップをAIアクセラレータとして活用する技術を開発している。同社のチップは、ラップトップ、デスクトップ、スマートフォン、ウェアラブルデバイスなどへの組み込みを想定しており、AI処理を高速化しつつ、消費電力を大幅に削減することを目指している。
同社によると、そのAIアクセラレータは、既存のチップと比較してAIワークロードの実行に必要なエネルギーを最大20分の1に削減できるという。最初の製品は2025年の市場投入を予定している。
独自のインメモリコンピューティングアーキテクチャ
EnCharge AIの技術的特徴は、アナログに焦点を当てたインメモリコンピューティングアーキテクチャにある。従来のデジタルアクセラレータとは異なり、トランジスタの代わりにアナログキャパシタを使用することで、高い電力効率を実現している。EnCharge AIのチップは、特にAI推論処理に強みを発揮し、エッジデバイスでのAI実行を可能にする。
CEOのNaveen Verma氏によると、同社の推論チップは、8ビット精度で1W(ワット)あたり150TOPSのAI演算能力を提供する。4.5Wまで拡張すると、デスクトップGPUに匹敵する性能を、100分の1の消費電力で実現できるという。
このアーキテクチャは、Verma氏の研究室で開発され、DARPA(米国国防高等研究計画局)やTSMCの支援を受けてきた。すでに複数のテストチップがテープアウトされており、その有効性が実証されている。
EnCharge AIは、ハードウェアだけでなく、ソフトウェアも開発する「フルスタック」企業である。同社は、インメモリアナログ行列積和演算ユニットの開発に加え、プログラミングに必要な要素も包括的に提供する。
同社のチップは、畳み込みニューラルネットワークから、大規模言語モデルや拡散モデルを支えるトランスフォーマーアーキテクチャまで、さまざまなAIワークロードに対応する。
幅広い業界からの出資と期待
今回のシリーズBラウンドには、Tiger Globalのほか、Maverick Silicon、Capital TEN、SIP Global Partners、Zero Infinity Partners、CTBC VC、Vanderbilt University、Morgan Creek Digitalなどが参加。既存投資家からは、RTX Ventures、Anzu Partners、Scout Ventures、AlleyCorp、ACVC、S5Vが追加出資した。
Samsung VenturesやHon Hai Technology Group (Foxconn)とCTBC VCのパートナーシップであるHH-CTBCなど、半導体や家電に特化した投資家も参加している。さらに、In-Q-Tel (IQT)、RTX Ventures、Constellation Technology Venturesなど、防衛や産業技術分野の戦略的投資家も名を連ねている。
TSMCと連携、2025年に製品化へ
Verma CEOによれば、EnCharge AIのブレークスルーは、ノイズ耐性の高いアナログチップの設計にあるという。「1000億個のトランジスタを搭載したチップでは、すべてのトランジスタがノイズを持つ可能性があります。重要なのは、それらすべてを機能させるために、信号の分離を確保することです」とVerma CEOは説明する。同社は、標準的なサプライチェーンで利用可能な金属配線を用いて、ノイズに強いアナログチップを実現しているという。
EnCharge AIは、世界最大の半導体ファウンドリであるTSMCと密接に連携している。Verma CEOによれば、TSMCは長年にわたり同社の研究を支援しており、初期の研究開発段階から関与しているとのことだ。TSMCはEnCharge AIに対し、最先端のシリコンへのアクセスを提供しており、最初のチップの製造もTSMCが担当する予定だ。
EnCharge AIは、最初の製品をM.2またはPCIeアドインカードの形態で提供する予定だ。これにより、顧客は既存のシステムに容易に統合できる。長期的な展望として、Verma CEOは「75WのPCIeカードなど、より高ワット数のアプリケーションに成長する能力も基本的に存在する」と述べている
今後の展望と課題
EnCharge AIは、今回の資金調達により、最初のAIアクセラレータソリューションを市場に投入し、パートナーのニーズに合わせた構成を提供する計画だ。将来的には、先端技術ノードへの移行や、エッジデバイスからデータセンターまでをカバーするソリューションポートフォリオの提供も視野に入れている。
ただし、Verma氏は「最初の製品チップのテープアウトは今年後半に予定されているが、顧客の設計への統合やソフトウェアパイプラインの構築には、もう少し時間がかかる」とも述べている。
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