米国のスタートアップBolt Graphicsは、NVIDIA RTX 5090と比較して最大10倍の性能を誇るという次世代GPU「Zeus」を発表した。最大2.25TBのメモリ容量と内蔵800GbEネットワークを特徴とし、レンダリング、科学計算、ゲーミング分野に革新をもたらす。開発者キットは2025年後半、量産は2026年後半を予定している。
革新的アーキテクチャと圧倒的な性能

カリフォルニア州サニーベールを拠点とするBolt Graphicsは、GPUアーキテクチャを一から再設計した「Zeus」を発表した。注目すべきは、昨今のトレンドとは異なりAIには一切言及せず、高品質レンダリング、HPC(高性能コンピューティング)、ゲーミングに特化した設計思想である。
創業者兼CEOのDarwesh Singh氏は「Zeusは消費電力を削減しながら性能を向上させている」と述べ、環境負荷の軽減が同社の中核的価値であることを強調している。
Zeusの性能は従来のGPUと比較して大幅に向上している:
- レンダリング性能:最大10倍
- FP64 HPCワークロード:最大6倍
- 電磁波シミュレーション:最大300倍
単一チップレットのZeus 1c26-032モデルでさえ、NVIDIA RTX 5090と比較して2.5倍の性能を持ち、消費電力は120Wと、RTX 5090の575Wに比べて約1/5に抑えられている。
RISC-Vベースのマルチチップレット設計
Zeusは、AMD、Intel、NVIDIAが独自アーキテクチャを使用する中、オープンソースのRISC-V命令セットを採用した。これにより開発の自由度が高まり、特定の用途に最適化しやすくなっている。
具体的には、アウトオブオーダー実行のRVA23スカラーコアをベースに、8ビットから64ビットまでの多様なデータタイプを処理できる。従来のGPUが持つテクスチャユニット(TMU)やラスターオペレーションユニット(ROP)などの固定機能ハードウェアを持たない可能性があり、これによってコンピュート処理に最適化されている。

Zeusは以下のバリエーションが用意される:
- Zeus 1c26-032: 単一チップレット、32GB LPDDR5X、最大128GB DDR5、120W TDP
- Zeus 2c26-064/128: 2チップレット、64GB/128GB LPDDR5X、250W TDP
- Zeus 4c26-256: 4チップレット、256GB LPDDR5X、最大2TB DDR5、500W TDP
各モデルには高速ネットワーク接続用のポートが標準装備され、最上位モデルでは6基の800GbEポートを搭載している。これは従来のGPUカードには見られない特徴だ。

拡張可能メモリと内蔵ネットワーク
Zeusの革新的な特徴の一つが、「GPUにおける初の拡張可能メモリ」だ。ユーザーはPCIeカードで最大384GB、2UサーバーのZeusで最大2.25TBのメモリを利用できる。Zeusサーバーのラック構成では、最大180TBというこれまでにない容量のメモリ構成が可能となる。
従来のGPUがメモリ帯域幅を重視するのに対し、Bolt GraphicsはZeusでより大きなメモリ容量を優先した。これにより、大規模なレンダリングやシミュレーションデータセットの処理が可能になる。

もう一つの革新は、GPUにネイティブで高速400GbE/800GbEイーサネットインターフェースを統合した点だ。これにより、別途ネットワークカードを用意する必要がなくなり、コスト削減、レイテンシ低減、消費電力削減につながる。ユーザーは直接Zeus GPU同士を大規模に接続できるようになる。
リアルタイムパストレーシングとHPC性能
Zeus GPUは特にリアルタイムパストレーシング分野で優位性を発揮する。パストレーシングとは、光の反射や屈折を物理法則に基づいて正確にシミュレートするレンダリング手法だが、計算負荷が非常に高く、従来のGPUではリアルタイム処理が困難だった。’

エントリーレベルのZeus 1c26-32でも、NVIDIA RTX 5090よりも高いパストレーシング性能(77 Gigarays対32 Gigarays)を提供。また、科学計算で重要なFP64演算も5 TFLOPS(RTX 5090は1.6 TFLOPS)と大幅に高い性能を持つ。
同社が同時発表した「Glowstick」パストレーシングエンジンは、映画、建築、製品デザイン、ゲーム開発などの業界に革命をもたらす可能性がある。単一のZeus PCIeカードでも、4K 120FPSでのリアルタイムパストレーシングが可能であり、建築家やデザイナーはクライアントとリアルタイムで写実的なデザインを修正できるようになる。

映画製作においては、最高性能の従来型GPU 280台が必要だった処理を、わずか28台のZeus GPUで実現できるとしている。これにより、レンダーファームの小型化と消費電力の大幅削減が期待できる。
科学シミュレーションへの応用
Bolt Graphicsは「Apollo」という電磁波シミュレーションプラットフォームも発表した。これは、科学研究、製品エンジニアリング、製薬、防衛、エネルギー、航空宇宙など、高精度な物理シミュレーションを必要とする分野を対象としている。

Zeusは電磁波シミュレーションにおいて従来比300倍以上の性能を実現し、コンシューマエレクトロニクス、光学機器、医療機器、ステルス材料などの設計に革新をもたらす可能性がある。
なお、Zeusは性能向上のために計算精度を犠牲にすることなく、IEEE-754 FP64精度を維持している。2.25TBという大容量メモリを活用して、従来の40倍の規模のシミュレーションが可能になる。
発売時期と今後の展望
Bolt Graphicsは3月18日から21日にサンフランシスコで開催されるGame Developers Conference(GDC)でZeusのライブデモを実施する予定だ。同社Webサイト(www.bolt.graphics)から早期アクセスプログラムに登録できる。
開発者キットは2025年後半に提供され、量産は2026年後半に開始される。この発表から製品化までの期間は、NVIDIAなど既存のGPUメーカーが対応策を講じるには十分な時間となりそうだ。
長期的には、PCIeカードやサーバー、クラウドだけでなく、スマートフォン、タブレット、ラップトップ、ゲーム機、自動車など多様なプラットフォームへの展開も計画している。これにより、あらゆるデバイスで統一されたGPUアーキテクチャが実現する可能性がある。
米国と西欧のGPU市場は、2000年の約10社から2025年にはNVIDIA、AMD、Intelの3社に集約されている。そのような市場にBolt Graphicsが参入すること自体が画期的と言える。Zeusが約束する性能を実現できれば、科学計算、パストレーシング、高品質レンダリングの分野で有力な選択肢となる可能性がある。ただし、成功のカギを握るのは、ハードウェア性能だけでなく、充実したソフトウェアエコシステムの構築だろう。
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