MediaTekは、フラッグシップスマートフォン向けSoC(System on a Chip)の最新モデル「Dimensity 9400+」を発表した。既存のDimensity 9400をベースに、CPU性能、AI処理能力、そして接続性を中心に強化が施されている。特に、エージェントAI性能の向上と、最大10kmに達する革新的なBluetooth直接接続機能が注目されるところだ。
Dimensity 9400+の核心:強化されたCPUとAI性能
Dimensity 9400+は、2024年後半に発表されたDimensity 9400の改良版として位置づけられる。製造プロセスには、Dimensity 9400と同様にTSMCの第2世代3nmプロセス「N3E」を採用。これにより、高い性能と優れた電力効率の両立を目指している。
CPU:プライムコアのクロック向上と「All Big Core」設計
CPUアーキテクチャは、Dimensity 9400から引き続き「All Big Core」設計を採用。これは、電力効率を重視した低性能コア(効率コア)を持たず、高性能コアのみで構成される点が特徴だ。Dimensity 9400+のCPU構成は以下の通りとなる。
- 1x Arm Cortex-X925 (プライムコア): 最大3.73GHz (Dimensity 9400の3.62/3.63GHzから向上)
- 3x Arm Cortex-X4: 最大3.30GHz (Dimensity 9400と同等)
- 4x Arm Cortex-A720: 最大2.40GHz (Dimensity 9400の2.0GHzから向上)
プライムコアであるCortex-X925のクロック周波数が引き上げられたことにより、シングルスレッド性能の向上が期待される。また、Cortex-A720コアのクロックも向上しており、マルチスレッド性能にも貢献する。キャッシュ構成は、L3キャッシュ12MB、システムレベルキャッシュ(SLC) 10MBを搭載し、高速なデータアクセスをサポートする。
AI:NPU 890と「Speculative Decoding+」による性能強化
AI処理を担うNPU(Neural Processing Unit)は、Dimensity 9400と同じ「MediaTek NPU 890」を搭載。しかし、Dimensity 9400+では新たに「Speculative Decoding+ (SpD+)」技術を導入した。MediaTekによると、これによりAIエージェント(ユーザーの意図を汲み取り自律的にタスクを実行するAI)のパフォーマンスが最大20%向上するという。SpD+は、大規模言語モデル(LLM)が次のトークン(単語や文字の一部)を生成する際に、複数の候補を並行して予測・処理することで、推論速度を高める技術である。
さらに、Dimensity 9400+はオンデバイスでのLLM実行能力も強化されており、特に「DeepSeek R1 Distill」モデル(15億~80億パラメータ)のネイティブサポートを謳っている。これにより、クラウドを介さずにデバイス上で高度なAI処理を実行でき、応答速度の向上やプライバシー保護に繋がる。MediaTekは、開発者が従来のAIアプリケーションを高度なエージェントAIアプリケーションに容易に変換できる「Dimensity Agentic AI Engine (DAE)」も提供する。
ゲーミング体験の向上:Immortalis-G925 GPUと新技術
ゲーミング性能もDimensity 9400+の注力分野だ。GPUには、Dimensity 9400と同じくArmの「Immortalis-G925」を12コア構成で搭載。ハードウェアレイトレーシングに対応し、リアルな光の表現を可能にする。
MFRC 2.0+とOMMによるグラフィック強化
Dimensity 9400+では、新たに「MediaTek Frame Rate Converter 2.0+ (MFRC 2.0+)」技術が導入された。これは、ゲームデベロッパーとの連携により、対応タイトルにおいてフレーム補間などを行い、実効フレームレートを最大2倍に向上させると同時に、電力効率を最大40%改善するというものだ。これにより、より滑らかで長時間のゲームプレイが可能になる。
また、PC級のレイトレーシング機能とされる「Opacity Micromaps (OMM)」をサポート。草木や髪の毛、羽毛といった複雑なマテリアルの質感を、パフォーマンスへの影響を抑えつつ、よりリアルに、立体的に描画できるようになった。
バッテリー持続性能とカメラ・ディスプレイ機能
「MediaTek Adaptive Gaming Technology (MAGT) 3.0」により、パフォーマンスを最適に制御し、安定したフレームレートと発熱抑制を実現、快適なゲーム体験を持続させる。
カメラ機能は「Imagiq 1090」ISP(Image Signal Processor)が担う。ズーム全域でのHDRビデオ撮影や、AIを活用し遠距離でも鮮明な写真を撮影する「Gen-AI Telephoto」、動体追従とスムーズなズーム切り替え、AIによる音声フォーカスなどが特徴だ。最大320MPのセンサーに対応し、8K/60fpsのビデオ撮影も可能。
ディスプレイエンジン「MiraVision 1090」は、最大WQHD+解像度で180Hzのリフレッシュレートに対応。有機ELディスプレイの焼き付きを補正する技術や、あらゆる映像コンテンツと環境光に応じて最適な表示を行う「Dimensity Adaptive Vision Engine」も搭載する。
接続性の新時代:10km Bluetoothと高速通信
Dimensity 9400+は、接続性において目覚ましい進化を遂げている。
Bluetooth:最大10kmの直接接続
最も注目すべきは、Bluetoothの直接接続(Phone-to-Phone)距離が最大10kmに達した点だ。これは、Dimensity 9400の1.5kmから約6.6倍の飛躍的な向上となる。見通しの良い場所という条件付きではあるが、携帯電話ネットワークが利用できない状況でもデバイス間で長距離通信が可能となり、アウトドア活動や緊急時の連絡、データ共有、プライバシーを重視する通信など、新たなユースケースが期待される。この機能はBluetooth 6.0をベースにしているとされるが、MediaTek独自の拡張技術が含まれている可能性が高い。
衛星通信とWi-Fi 7
中国市場で利用されるBeiDou衛星測位システムに関しても、新たに衛星情報の接続をサポートし、TTFF(Time to First Fix:最初の測位にかかる時間)を最大33%高速化した。これにより、セルラー圏外でもより迅速な位置情報取得が可能になる。
無線LANは最新規格のWi-Fi 7に対応。特徴的なのは、2.4GHz、5GHz、6GHzの3つの周波数帯を同時に利用できる「Tri-band concurrency」を5ストリーム(2×2 + 2×2 + 1×1)でサポートする点だ。これにより、競合チップよりも安定した高速通信が可能になるとしている。最大通信速度は7.3Gbps。「MediaTek Xtra Range 3.0」により、Wi-Fiの到達範囲も最大30m向上した。
5Gモデム
5Gモデムは3GPP Release-17に準拠し、下り最大7Gbps(Sub-6GHz帯)の通信速度を実現。5G/4GのデュアルSIMデュアルアクティブ(DSDA)に対応し、2枚のSIMカードで同時に通話やデータ通信が行える。「MediaTek UltraSave 4.0」技術により、5G通信時の電力消費も抑制されている。
MediaTek Dimensity 9400+の仕様一覧
CPU
項目 | 詳細 |
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プロセッサ | 1x Arm Cortex-X925、2MB L2キャッシュ、最大3.73GHz 3x Arm Cortex-X4、1MB L2キャッシュ 4x Arm Cortex-A720、512KB L2キャッシュ 12MB L3キャッシュ 10MB SLC |
コア | オクタコア (8) |
メモリ & ストレージ
項目 | 詳細 |
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メモリタイプ | LPDDR5X |
最大メモリ周波数 | 10667 Mbps |
ストレージタイプ | UFS 4 + MCQ |
接続性
項目 | 詳細 |
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セルラー技術 | 3GPP-R17、Sub-6GHz (FR1)、2G-5Gマルチモード、5G-CA、4G-CA、5G FDD / TDD、4G FDD / TDD、TD-SCDMA、WDCDMA、EDGE、GSM |
特定機能 | 5G/4G デュアルSIMデュアルアクティブ、デュアルデータ、SA & NSAモード; SA Option2、NSA Option3 / 3a / 3x、NR FR1 TDD+FDD、DSS、256QAM VoNR / EPSフォールバック |
DL機能 | Sub6 DL 4CC 300MHz、R17拡張、LB DL 4×4 MIMO |
UL機能 | Sub6 UL 2CC 200MHz、R17拡張、FDD UL 2x2MIMO/PC2 |
省電力機能 | MediaTek UltraSave 4.0、R17省電力拡張 |
GNSS | GPS L1CA+L5+L1C BeiDou B1I+ B1C + B2a +B2b Glonass L1OF Galileo E1 + E5a + E5b QZSS L1CA + L5 NavIC L5 |
Wi-Fi | Wi-Fi 7 (a/b/g/n/ac/ax/be) |
Wi-Fiアンテナ | トリプルバンド トリプルコンカレンシー (TBTC) |
Wi-Fi 最大データレート | 7.3Gbps |
Bluetooth | 6.0 デュアルBluetoothエンジン搭載 |
Bluetooth 最大データレート | 12Mbps |
カメラ
項目 | 詳細 |
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対応最大カメラセンサー | 320MP |
最大ビデオキャプチャ解像度 | 8K60 (7690 x 4320) |
グラフィックス
項目 | 詳細 |
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GPUタイプ | Arm Immortalis-G925 MC12 |
ビデオ | 8K60、10ビット ビデオデコード (HEVC/AVC/VP9/AV1) 8K30、10ビット ビデオエンコード (HEVC/AVC) 8K60、8ビット HEVCエンコード |
ディスプレイ
項目 | 詳細 |
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最大リフレッシュレート | WQHD+ 180Hz |
3つ折りディスプレイ向けTri-port MIPI |
AI
項目 | 詳細 |
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AIプロセッシングユニット | MediaTek NPU 890 (生成AI、AIエージェント) |
省電力性、市場投入、そして未来
Dimensity 9400+は、パフォーマンス向上だけでなく、省電力性にも配慮している。前述のMFRC 2.0+やUltraSave 4.0に加え、新たに低電圧バッテリーをサポート。これにより、バッテリー寿命のさらなる延長、あるいはより薄型軽量なデバイス設計が可能になる。
MediaTekによると、Dimensity 9400+を搭載した最初のスマートフォンは、今月(2025年4月)中に市場に登場する予定である。Vivo X200s、Oppo Find X8s、Realme GT7などの機種名が噂されている。また、米国市場向けのデバイスも年内に登場する見込みだ。
Dimensity 9400+は、Dimensity 9400からの堅実な進化、特にAIと接続性における大きな飛躍を示したチップセットである。競合のハイエンドSoC(例:Snapdragon 8 Eliteシリーズ)に対し、ピーク性能だけでなく、持続性能、AI機能、独自の接続技術で差別化を図る戦略が見て取れる。2025年のフラッグシップスマートフォン市場におけるMediaTekの存在感をさらに高めることが期待される。なお、MediaTekは年後半に次世代チップ「Dimensity 9500」の投入も計画していると見られており、今後の動向も注目される。
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