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触れるホログラムが遂に実現!FlexiVolが切り開く3D操作の未来

Y Kobayashi

2025年4月11日

SF映画で長年描かれてきた、空中に浮かぶ3D映像に直接手で触れて操作する技術。それがついに現実のものとなり始めた。スペイン、ナバラ公立大学の研究チームが開発した革新的な体積ディスプレイ技術「FlexiVol」は、伸縮性のある特殊なスクリーンを用いることで、世界で初めて3Dホログラムへの直接的な物理インタラクションを可能にした

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SFが現実に?触れるホログラム「FlexiVol」とは

私たちが映画などで目にする「ホログラム」の多くは、専門的には「体積表示型ディスプレイ(Volumetric Display)」と呼ばれる技術に近い。これは、メガネやヘッドセットなしで、様々な角度から見ることができる、空間に浮かび上がる立体映像を生成する表示技術である。

従来の限界:なぜホログラムに触れなかったのか?

体積ディスプレイ自体は新しい技術ではなく、すでにVoxon Photonics社やbrightvox社などが商用プロトタイプを開発している。これらの多くは「スイープ型(Swept Volumetric Display)」と呼ばれ、高速で振動するスクリーン(ディフューザーと呼ばれる拡散板)に、同期させたプロジェクターが3Dオブジェクトの断面(スライス)画像を連続的に投影する仕組みだ。人間の目の残像効果により、これらの高速で切り替わる2Dスライスが統合され、立体的な映像として知覚される。

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従来の体積表示型ディスプレイ

しかし、従来の体積表示型ディスプレイには大きな制約があった。それは、ディフューザーが硬質な素材でできている点だ。ディフューザーは毎秒数千回という猛烈な速度で振動しており、もしユーザーが手を入れて触れようとすれば、ディフューザーが破損するだけでなく、ユーザー自身が怪我をする危険性すらあった。そのため、従来の体積表示型ディスプレイでは、3Dマウスやキーボード、あるいはハンドトラッキングデバイスを用いた間接的な操作しかできなかったのである。

FlexiVolのブレークスルー:伸縮するスクリーン

この長年の課題を打ち破ったのが、ナバラ公立大学のAsier Marzo教授率いる研究チームが開発した「FlexiVol」だ。彼らのアイデアはシンプルでありながら革新的だった。硬質のディフューザーを、伸縮性のある素材に置き換えたのだ。

これにより、ユーザーは安全にディスプレイ内部に手を伸ばし、表示されている3Dホログラムに物理的に触れ、直接操作することが可能になった。まるでスマートフォンの画面を指で直接タップしたり、アイコンをドラッグしたりするように、3Dオブジェクトを掴んだり、移動させたり、回転させたりといった直感的な操作が実現したのである。

Marzo教授は、「私たちはスマホの画面上で指で直接ボタンをタップしたり、ドキュメントをドラッグしたりする直接操作に慣れています。これは人間にとって自然で直感的なものです。このプロジェクトは、3Dグラフィックスとの自然なインタラクションを可能にし、私たちの生来の3D視覚と操作能力を活用するものなのです」と述べている。

FlexiVolを支える技術:どうやって「触れる」を実現したか

伸縮性ディフューザーというアイデアは、いくつかの技術的課題を伴う。研究チームは、これらの課題を一つ一つ解決していった。

心臓部:伸縮性ディフューザーの素材選定

まず、最適な伸縮素材を見つける必要があった。研究チームは、視覚的特性(均一な光拡散、伸長時の歪みの少なさ)と機械的特性(適切な弾性、耐久性、ヒステリシスの少なさ=変形後に元の形状に戻る能力)の両面から、様々な素材を検討した。

論文によれば、Lycra、シリコン、プロジェクションスクリーン用生地、そして衣服のウエスト部分などに使われる「エラスティックバンド」などが候補に挙がった。

  • Lycraやプロジェクションスクリーン: 視覚特性は良好だが、伸長後に元に戻りにくい塑性変形を起こしやすく、ヒステリシスが大きい。また、ディスプレイの動作周波数に近い固有振動数を持ちやすく、予期せぬ大きな振動や歪みを引き起こす可能性があった。
  • シリコン: 弾性は良好だが、光の拡散性が低く、中心部に強い光のムラ(グレア)が生じやすい。また、振動時に回転しやすく不安定だった。
  • エラスティックバンド: 視覚的には織り目によるわずかなムラ(暗い筋)が見られるものの、伸長時の特性変化が少なく、弾性も良好でヒステリシスも小さい。さらに、一方向(長さ方向)には伸縮するが、幅方向には比較的硬いという異方性を持つため、振動時にも平坦な形状を保ちやすい。

これらの比較検討の結果、研究チームはFlexiVolのディフューザーとしてエラスティックバンドを採用した。さらに、ディフューザーを一枚の膜状にするのではなく、幅20mm程度の短冊状のストリップを複数並べる構成にした。これにより、指で触れた際の変形が局所的に留まり、ディスプレイ全体の歪みを最小限に抑えることができる。

仕組み:高速振動と同期投影

基本的な仕組みは従来のスイープ型体積ディスプレイと同様である。エラスティックバンドのストリップで構成されたディフューザー全体を、アクチュエーター(スピーカーや電磁石を使用)で高速に上下振動させる(例えばVoxon VX1では毎秒15Hzで振動)。

同時に、高フレームレートのプロジェクター(DLP LightCrafter 4500やVoxon VX1のプロジェクターを使用。毎秒2880フレーム以上)が、ディフューザーの高さ位置に合わせて3Dオブジェクトの断面画像を同期して投影する。これにより、空中に立体映像が浮かび上がる。

課題克服:歪みを補正するスマートな画像処理

伸縮性ディフューザーの採用は、「触れる」自由をもたらす一方で、新たな課題も生んだ。ディフューザー自体が振動によって、またユーザーが触れることによって変形するため、そのまま画像を投影すると歪んだ3D映像になってしまうのだ。

そこで研究チームは、ディフューザーの変形を予測し、それを補正するアルゴリズムを開発した。高速カメラで振動中のディフューザーの形状(論文では放物線や6次多項式で近似)を精密に捉え、その変形を打ち消すように、あらかじめ歪ませた画像をプロジェクターから投影する。これにより、ユーザーには歪みのない正しい3D映像が見えるようになる。

静音性:意外なメリットも

研究チームが騒音レベルを測定したところ、FlexiVolに使われている伸縮性ディフューザーは、従来の硬質ディフューザー(安全カバーなしの状態)よりも動作音が静かであるという結果が得られた。これは、ユーザー体験の向上に繋がる予期せぬメリットと言えるだろう。

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実際に触ってみると?ユーザーが体験した「未来」

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FlexiVolは、従来の3Dディスプレイと比べてどのような体験をもたらすのだろうか? 研究チームは、18人の参加者を対象としたユーザーテストを実施し、その有効性を検証した。テストでは、FlexiVolを用いた直接操作と、従来の標準的な入力デバイスである3Dマウスを用いた間接操作を比較した。

ユーザーテスト:3Dマウスとの比較

テストは3つのタスクで行われた。

  1. 選択(Selection): ランダムな位置に出現する様々な大きさの球体を、指または3Dマウスカーソルで触れて選択するタスク。
    • 結果: FlexiVolの方が有意に速く選択できた(平均1.0秒 vs 1.9秒)。特に大きなターゲットでは差が顕著だった。
  2. 追跡(Tracing): 提示された3D経路に沿ってカーソル(指または3Dマウス)を動かすタスク。
    • 結果: タスク完了時間に有意な差はなかった。しかし、カーソルの移動距離はFlexiVolの方が長くなる傾向があった(腕の動きが大きいためか)。一方で、経路からの平均的なズレ(位置偏差)はFlexiVolの方がわずかに小さく、より正確に追跡できていた可能性がある。
  3. ドッキング(Docking): 小さな立方体を掴んで、大きな目標立方体の内部に正確に配置するタスク。
    • 結果: FlexiVolの方が有意に速く完了できた(平均3.9秒 vs 4.6秒)。しかし、配置精度(中心間の距離)は3Dマウスの方が優れていた。

これらの結果は、タスクの種類によって直接操作と間接操作の得手不得手がある可能性を示唆している。単純な選択や直感的な移動・配置はFlexiVolが得意とする一方で、精密な位置決めが要求されるタスクでは、安定した土台で操作できる3Dマウスに分があるのかもしれない。

参加者の声:「自然で直感的」「最初は怖かったけどソフト」「楽しい」

定量的なデータに加え、参加者へのインタビューからは、FlexiVolに対するポジティブな反応が多く聞かれた。

  • 自然さと直感性: 多くの参加者が、指で直接操作する感覚を「より自然で直感的」「より簡単」「より自発的」と評価した。特に、スマートフォンの操作に慣れていることが、この感覚に繋がっているようだ。
  • 当初の不安と実際の感触: ディスプレイに手を入れることに対して、最初は「痛いのではないか」「壊してしまうのではないか」といった不安を感じた参加者もいたが、実際に触れてみると「驚くほどソフトだった」「(布の振動が)くすぐったい感じがした」といった感想が聞かれ、不安はすぐに解消されたようだ。
  • 楽しさと没入感: 多くの参加者が、FlexiVolでの操作を「楽しかった」と述べ、より没入感のある体験が得られたことを示唆している。

残された課題:精度と疲労

一方で、課題も見えてきた。前述のドッキングタスクでの精度や、タッチスクリーンでしばしば問題となる「指の太さによる誤操作」と同様の課題が、3D空間での直接操作でも起こりうることが示唆された。

また、NASA-TLXという標準化された主観的ワークロード評価を用いた分析では、FlexiVolは3Dマウスに比べて精神的負荷や時間的切迫感が低く、全体的な満足度が高い一方で、「身体的負荷」は高い傾向が見られた(ただし統計的な有意差はなし)。これは、3Dマウスが机上に置いて手首を固定して操作できるのに対し、FlexiVolでは腕を空中に浮かせて操作する必要があるためと考えられる。より人間工学的に優れた設置方法(例えば机に埋め込むなど)の検討が今後の課題となるだろう。

SFが現実に?FlexiVolが拓く可能性

FlexiVolはまだ研究開発の初期段階にある技術だが、その可能性は非常に大きい。

アイアンマンの世界へ一歩前進?

映画『アイアンマン』シリーズでトニー・スタークが空中のホログラムを自在に操るシーンは、多くの人にとって未来のインターフェースの象徴だった。FlexiVolの登場は、まさにあのSFの世界に一歩近づいたことを意味する。もちろん、映画のような完成度にはまだ遠いが、その第一歩が踏み出された意義は大きい。

広がる応用分野

直接触れて操作できる3Dホログラムは、様々な分野に革新をもたらす可能性がある。

  • 教育: 分子構造モデルを組み立てたり、エンジンの部品を分解・可視化したりするなど、より直感的でインタラクティブな学習が可能になる。
  • 医療: 手術シミュレーションや術前計画、解剖学の学習などに活用できる。
  • 設計・デザイン: 3D CADモデルを直接手で操作しながらデザインを進めたり、共同でレビューしたりできる。
  • エンターテインメント: 触れる仮想ペットや、新しいタイプの3Dゲーム、インタラクティブアートなどが考えられる。
  • 博物館・展示: 来館者が展示物に直接触れて学べる、魅力的なインタラクティブ展示が実現できる。
  • データ可視化: 複雑な3Dデータを直感的に探索・操作できる。
  • 共同作業: 複数のユーザーが同じ3D空間を共有し、メガネなしで自然に協力しながら作業できる。

今後の進化:触覚フィードバック、大型化への期待

研究チームは、FlexiVolのさらなる進化を見据えている。

  • 触覚フィードバック(Haptics): 現在はディフューザーに触れる「ソフトな」感触しかないが、将来的には特定のオブジェクトに触れた時だけ感触が得られるような技術の導入が期待される。論文では、焦点を合わせた超音波や、導電性の糸を縫い込むことによる電気触覚刺激などが可能性として挙げられている。
  • 大型化・高解像度化: 現在のプロトタイプの表示領域(約19cm四方、高さ8cm)や解像度(約980x980x90ボクセル)はまだ限定的だが、将来的にはより大きく、より高精細な表示が求められるだろう。回転するらせん状のディフューザーなど、大型化に適した新しい機構も検討されている。
  • ハンドトラッキング精度の向上: より複雑で精密な操作を実現するためには、ハンドトラッキング技術の向上が不可欠である。
  • 適応レンダリング: ユーザーの手が触れている部分の変形に合わせて、リアルタイムで投影画像を補正する技術。

研究開発の背景とこれから

FlexiVolは、「触れるホログラム」という長年の夢を現実にするための、大きな一歩となる技術である。伸縮性ディフューザーというシンプルな発想の転換により、従来の体積ディスプレイが抱えていた「触れない」という根本的な問題を解決し、3Dグラフィックスとの間に、より自然で直感的なインタラクションをもたらした。

まだ初期段階であり、克服すべき課題も多いが、教育、医療、デザイン、エンターテインメントなど、様々な分野への応用が期待される。今後の技術の進化と、FlexiVolが切り開く新しい3Dインタラクションの未来から目が離せない。

研究成果は、コンピューターと人間のインタラクションに関するトップカンファレンスの一つである「CHI 2025」(2025年4月26日~5月1日、横浜で開催予定)で発表される予定だ。


論文

参考文献

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