重力に縛られた人類が空を飛ぶためには、膨大なエネルギーを推力へと変換する力技が必要である。ライト兄弟の初飛行から現在に至るまで、航空業界は化石燃料を燃焼させることでその絶対的なエネルギーを獲得してきた。脱炭素という新たな至上命題が突きつけられた現在、空の交通網は巨大なパラドックスに直面している。燃焼に頼らずに空を飛ぶためのクリーンな推進システム、すなわち電気による飛行への転換が求められているものの、電力を推力に変換するためのモーターは、空を飛ぶにはあまりにも重すぎるのだ。
既存の電気モーターは、本質的に銅線と鉄の塊の集合体である。より強い推力を得るためには、より多くの電流を流さなければならない。銅線には避けられない電気抵抗が存在する。狭い路地に大群衆が無理やり雪崩れ込もうとすると猛烈な熱と摩擦が発生するように、大量の電流はジュール熱という無駄なエネルギーを生み出し、モーターを焼き尽くしてしまう。この熱暴走を防ぐためには、銅線を太くし、巨大な冷却装置を併設し、全体の構造をさらに強固にしなければならない。推力を上げようとすればするほどモーター本体の重量が雪だるま式に増加し、航空機は自らの重さによって離陸すらできなくなる。これが、電動航空機の開発に立ちはだかってきた絶対的な物理の壁である。
ここにあるのは既存モーターの延長線上の改良ではなく、銅という古い鎖を断ち切り、推力と重量のバランスを極低温の物理法則で根本から再構築するパラダイムシフトの幕開けである。グラスゴーにあるストラスクライド大学の応用超伝導研究所(ASL)は、Min Zhang教授の指揮のもと、航空機用としては世界初となる100kW級の完全超伝導・軸流型モーターのプロトタイプを開発し、その動作実証に成功した。極低温の領域で電気抵抗が完全に消失する現象を味方につけ、軽量かつ莫大なトルクを生み出す次世代の飛行アーキテクチャの輪郭を明確に描き出している。
マイナス253℃の氷の回廊が開く「完全超伝導」の物理学
今回実証された100kW級モーターにおける最大のブレイクスルーは、モーターの心臓部である巻線に高温超伝導(HTS)材料を全面的に採用した点にある。ここで言う「高温」という言葉は日常的な感覚とは異なり、従来の超伝導体が絶対零度に近い約4ケルビンの液体ヘリウム環境を必要とするのに対し、20ケルビン(マイナス253℃)から77ケルビンという比較的高い極低温域で超伝導状態を維持できることを意味している。
研究チームは、希土類バリウム銅酸化物(REBCO)テープなどのHTS材料をモーターのコイルに用いた。この材料を極低温環境まで冷却すると、電気抵抗が完全に消失する。先ほどの路地の比喩を借りれば、大群衆の前に摩擦の一切ない巨大な氷の回廊が出現し、無尽蔵のエネルギーが何の障害もなく滑り抜けていく状態へと変化する。
この抵抗ゼロの恩恵は、極めて暴力的なまでの数値となって表れる。極低温冷媒で冷却されたHTS材料は、従来の銅巻線と比較して同じ断面積で200倍以上もの電流を流すことが可能である。電気モーターの出力は磁場の強さと電流の大きさに比例するため、電流密度が200倍に跳ね上がれば、原理的にはるかに小型で軽量な構造のままで比較にならないほど強大なパワーを生み出すことができる。将来の水素電動航空機や完全電動航空機に不可欠な超高出力密度を満たす極めて合理的な工学的最適解と言える。
さらにHTSテープの微細構造にも着目すべきである。REBCOテープは髪の毛ほどの薄さの金属基材の上に数ミクロンの超伝導層を成膜したものである。研究チームはこの薄いテープを二重に重ね合わせるダブルスタック手法を採用し、航空機用途に特有の低電圧かつ大電流の要求を満たす電機子を構築した。高高度の低気圧環境下では高電圧がコロナ放電を引き起こすリスクがあるため、低い電圧のままで巨大な電流を流せる超伝導の特性は、航空宇宙工学の観点からも極めて理にかなった選択である。

アキシャル・フラックスと極低温冷却の共演。ストラスクライド大学が挑んだ10年越しの要塞
圧倒的な電流密度を得た研究チームは、それを航空機に最適化された形で物理的な回転力に変換するため、軸流型(アキシャル・フラックス)というモーター構造を採用した。一般的な電気モーターは円筒形の固定子の内側で回転子が回る径方向構造を持っている。対照的に、軸流型モーターは固定子と回転子がパンケーキのように平らな円盤状に並び、磁束が回転軸と平行に流れる設計をとる。薄型で極めて軽量に製造できると同時に、てこの原理のように外周部に強い磁場を作用させやすく高いトルクを発生させやすいという特性を持つ。
超伝導技術をこの軸流型モーターに組み込むことは工学的な難題の連続であった。超伝導状態を維持するためには回転する部品を含めたモーター全体を極低温に保つ高度な断熱と冷却のメカニズムが必要になる。強力な交流電流が流れる際に発生する微小なエネルギー損失(交流損失)が熱を生み、それが超伝導状態を不意に破壊してしまう危険性が常につきまとっていた。
この難題を克服できた背景には、Min Zhang教授が率いるチームの長期にわたる基礎研究の蓄積がある。欧州研究会議(ERC)の若手研究者向け助成金や王立工学院の研究フェローシップによる数年来の支援を通じ、彼らは超伝導機器の電磁気学的なモデリングと交流損失のメカニズムを地道に解明してきた。化学者、物理学者、電気工学および機械工学の専門家からなる多国籍チームは、交流損失を極限まで抑えた特殊な超伝導巻線パターンを設計し、摩耗や発熱の原因となるブラシを持たない新しい励磁方式を考案した。毎分何千回転という高速で動く回転体の中に極低温の冷却システムを統合するという極めて難易度の高い機械的パッケージングを、単一のプラットフォーム上で成立させたのである。
燃料であり冷媒でもある。液体水素のデュアルユースがもたらすアーキテクチャの変革
この100kWモーターの実証は単なる実験室内の成功に留まらない。航空業界全体を巻き込むマクロな文脈において、この技術が持つ真の破壊力は液体水素との親和性にある。
現在、次世代のゼロエミッション航空機の燃料として最も有力視されているのが水素である。水素は燃料電池で発電しても水を排出するだけで二酸化炭素を出さない。水素を十分なエネルギー密度で航空機に積載するためには、気体を極限まで圧縮するのではなくマイナス253℃まで冷却して液体水素にする必要がある。
ここに極めてエレガントなアーキテクチャの変革が浮かび上がる。超伝導モーターを冷やすためには極低温の冷媒が必要だが、航空機のタンクにはすでにマイナス253℃の液体水素が大量に積まれている。燃料として消費される前の液体水素を、モーターを冷やすための冷却材としてそのまま再利用できるのである。
砂漠を旅するキャラバンが巨大な氷のブロックを荷物として運びながらその冷気をエアコンとして利用し、最後は溶けた水を飲み水として消費する姿を想像してほしい。液体水素を燃料と冷媒のデュアルユースで使い倒すことで、モーター専用の重く複雑な大型冷却装置を機体に搭載する余計なコストと重量を削減できる。
この統合アプローチはエアバスが主導する「Zero Emissions for Sustainable Transport 1(ZEST1)」プログラムの中心的なテーマである。エアバスの先進技術部門であるAirbus UpNextの極低温電気推進システム実証機「Cryoprop」の責任者ルドヴィク・イバネックスは、今回の実証が大型航空機に必要なメガワット級超伝導マシンの開発に向けた決定的な一歩であると公言している。
| 推進システム要素 | 従来の電気モーター | 次世代超伝導システム | 構造的優位性と業界へのインパクト |
|---|---|---|---|
| 導体の素材 | 銅線。ジュール熱が発生し電流の増加に限界がある。 | 高温超伝導テープ。極低温下で電気抵抗がゼロ。 | 銅巻線の200倍の電流密度により超小型・高出力化が可能。 |
| 冷却メカニズム | 空冷または液冷。重い冷却ユニットとラジエーターが必須。 | 液体水素を冷媒とするヘリウム循環ループ。 | 専用の重い冷却機を省略でき機体全体の重量パラドックスを解消。 |
| 電圧と安全性 | 大電流を得るために高電圧化が必要となり放電リスクが高まる。 | 低電圧のまま大電流を流せるダブルスタック構造。 | 高高度の低気圧環境におけるコロナ放電リスクを抜本的に回避。 |
100kWからメガワット級の空へ。2026年を目指す巨大エコシステムの胎動
ストラスクライド大学のチームが示した100kWの実証は、理論上の概念に過ぎなかった完全超伝導航空用モーターが現実の物理空間で動作することを証明した。現代の大型旅客機を空に浮かべるためには100kWでは到底足りず、数メガワット(数千キロワット)という桁違いの出力を生み出す推進システムが必要になる。
メガワット級へのスケールアップに向けて業界全体が大きな動きを見せている。Airbus UpNextのCryopropプロジェクトは、2026年末までに2メガワット級の極低温超伝導パワートレインの完全な実証を目指しており、ヘリウム再循環ループを用いた高度な冷却メカニズムの検証を急ピッチで進めている。東芝エネルギーシステムズなどのグローバル企業も半世紀にわたる研究実績を背景に2メガワット級超伝導モーター技術でエアバスとの提携を発表しており、水素航空機の実現に向けた巨大なエコシステムが構築されつつある。
残されたギャップも少なくない。極低温状態の長期的な信頼性の確保は重大な課題である。飛行中の激しい振動や乱気流の中で微細な断熱材の亀裂や冷却システムの不具合が発生すれば、モーターは瞬時に超伝導状態を失うクエンチ現象を起こし、急激な発熱とともに推力を完全に喪失するリスクがある。物理的な冗長性と高度なフェイルセーフ機構の構築は絶対条件となる。
モーター自身の超伝導化に留まらず、燃料電池や発電機から電力を送るケーブル類に至るまで直流配電網全体の超伝導化がシステム最適化の必須要件である。送電経路で少しでも熱が発生してしまえば極低温システムのメリットは半減してしまう。
超伝導技術は長らくMRIや粒子加速器など地上に固定された巨大なインフラの中でのみ輝く特殊な技術と見なされてきた。重力という人類最大の足かせを解き放ち、空という最も過酷な環境へと飛び立とうとしている。電気抵抗ゼロの冷たいモーターが青空に飛行機雲の代わりに水蒸気の軌跡を描く日は着実に近づいている。