Samsung Electro-Mechanicsが次世代半導体パッケージ技術として注目されるガラス基板のエコシステム構築計画を発表した。AIやHPC(高性能コンピューティング)需要の急増に対応するため、2025年第2四半期にはパイロット生産を開始し、2027年以降の量産を目指す。
なぜ今、ガラス基板なのか? AI時代が求める新技術
人工知能(AI)やHPCの進化に伴い、半導体チップが処理するデータ量は爆発的に増加している。これに対応するため、チップ自体の性能向上だけでなく、チップとその周辺部品を接続する「基板」技術の革新が不可欠となっている。
現在主流のプラスチック基板は、性能向上の要求が高まるにつれて、いくつかの限界に直面している。例えば、基板の反りの問題だ。基板が反ると、その上に精密な回路を形成することが難しくなり、信号伝達の精度が低下する。また、消費電力の増大も課題である。
そこで次世代の基板材料として脚光を浴びているのが「ガラス」である。ガラス基板には以下のような利点がある。
- 高い平坦性: ガラスはプラスチックに比べて反りが非常に少なく、より微細で精密な回路パターンを形成できる。これにより、チップの性能を最大限に引き出すことが可能になる。
- 優れた電気特性と電力効率: ガラスは電気信号の損失が少なく、多数の銅配線を通すことができるため、チップへの電力供給効率を高め、消費電力を削減できる。ETNewsによると、ソウルで開催された「Electronic Times Tech Day: All About Glass Substrates」カンファレンスで、Samsung Electro-Mechanics研究所長のJoo Hyuk副社長は「基板上に微細回路を描き、電力消費を削減する上で、ガラス基板の利点は明らかだ」と述べている。
- 化学的・熱的安定性: ガラスは製造プロセスで使用される化学薬品や熱に対する耐性が高い。
こうした特性から、ガラス基板は、特にGPU(グラフィック処理装置)とHBM(高帯域幅メモリ)を高密度に接続する必要があるAIチップのような先端半導体パッケージングにおいて、既存のプラスチック基板を置き換える有力な候補と見なされている。
Samsungの野心的な計画:エコシステム構築と量産への道筋
Samsung Electro-Mechanicsは、このガラス基板市場で主導権を握るべく、具体的な計画を打ち出している。これは同社がガラス基板に関する戦略を公にした初めての機会である。
1. エコシステム(生態系)の構築:
最大の注目点は、「半導体ガラス基板エコシステム」の構築計画だ。Joo Hyuk副社長は前述のカンファレンスで、「複数のサプライヤーや技術パートナーとコンソーシアムを設立し、半導体ガラス基板エコシステムを構築する計画だ」と明言した。
このエコシステムには、素材、部品、装置(ETNewsではSBOJと表現)、そしてプロセスに関わる企業が含まれる見込みである。目的は、技術的な課題を迅速に解決し、リスクを分散させ、サプライチェーン全体での価値を高めることにある。これまでの報道では、Samsungはすでに複数の関連企業と協議を開始しており、エコシステムの早期立ち上げを目指している模様だ。
2. パイロット生産と量産スケジュール:
具体的なスケジュールとして、2025年第2四半期に韓国・世宗(セジョン)市の工場でガラス基板のパイロット(試作)生産ラインを稼働させる準備を進めている。これは、技術の検証と量産に向けたプロセスの確立を目的としている。本格的な量産は、技術的な成熟度を見極めた上で、2027年以降を目指すとしている。
3. ターゲット市場:
Samsung Electro-Mechanicsは、ガラス基板の中でも特に2つの市場をターゲットにしている。
- ガラスコア (Glass Core): チップパッケージの主要な基板となるもの。
- ガラスインターポーザ (Glass Interposer): チップと基板の間、あるいはチップ同士を接続する中間層の基板。特にAIチップにおいて、GPUとHBMを接続する重要な役割を担う。Joo副社長は「ガラスコアと同様にガラスインターポーザも重要な市場だ」と述べ、両分野への注力を示唆している 。
4. 連携戦略:
この計画の成功には、社内外との連携が鍵となる。Samsungグループ内では、半導体の設計(System LSI)と製造(Samsung Foundry)を担うSamsung Semiconductorとのシナジー効果が期待される。さらに、NVIDIA、Intel、QualcommといったAIチップ市場の主要プレイヤーとの協業も視野に入れていると報じられている。
立ちはだかる技術的課題と克服への挑戦
ガラス基板は多くの利点を持つ一方で、実用化にはいくつかの技術的なハードルが存在する。これはSamsungがエコシステム構築を急ぐ理由の一つでもある。
- TGV (Through-Glass Via) 技術: ガラスに微細な穴を開け、その内部に銅などの導電性材料を充填して垂直方向の電気的接続(ビア)を形成する技術。ガラスは硬くてもろいため、割れや欠けなく、高精度な穴あけ加工を行うことが難しい。
- ガラスの加工と平坦化: 基板として使用するためには、ガラスを薄く、かつ極めて平坦に加工する必要がある。ETNewsによれば、SamsungはTGVとガラス平坦化(ディシング)の分野で、専門知識を持つパートナー企業と協力し、技術革新を進めているという。
- 信頼性の確保: 新しい材料であるため、長期的な信頼性や耐久性を実証する必要がある。ETNewsは、Samsungがすでに多数のサンプルを製造し、信頼性と電力効率を確認したと報じている。
Samsungは、これらの課題を克服するために、エコシステムを通じて各分野の専門企業と協力し、技術開発を加速させる戦略をとっている。これにより、単独で開発するよりも早く技術的な壁を突破し、市場投入までの時間を短縮することを目指している。
市場へのインパクト:半導体パッケージングの新時代へ
Samsung Electro-Mechanicsによるガラス基板への本格参入とエコシステム構築の動きは、半導体業界全体に大きな影響を与える可能性がある。
- 先端パッケージング技術の進化加速: Samsungのような巨大企業が本腰を入れることで、ガラス基板技術の開発と普及が加速し、AI、HPC、データセンター向け半導体の性能向上に貢献するだろう。
- サプライチェーンの変化: 新たなエコシステムの構築は、素材、装置、部品メーカーにとって新たなビジネスチャンスをもたらす一方で、既存のプラスチック基板関連企業にとっては脅威となる可能性がある。
- 競争環境の変化: Intelなど、他の企業もガラス基板技術の開発を進めている。Samsungの動きは、次世代パッケージング技術における競争をさらに激化させるだろう。
- Samsungの総合力強化: Samsungはメモリ、ファウンドリ(製造受託)、そして基板技術(Electro-Mechanics)をグループ内に抱えている。ガラス基板技術を確立できれば、設計から製造、パッケージングまで一貫したソリューションを提供できる強みがさらに増し、AI時代の半導体市場における競争優位性を高める可能性がある。
Samsungのガラス基板戦略は、まだ始まったばかりである。パイロット生産の開始、エコシステムの具体的な参加企業、そして量産化に向けた技術的課題の克服など、今後注目すべき点は多い。しかし、AI時代の要請に応える次世代技術として、ガラス基板へのシフトは大きな潮流となりつつあり、Samsungはそこで他社に先んじようとしていることは間違いない。
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