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従来の1万倍の速度を実現した最速のフラッシュメモリが開発された

Y Kobayashi

2025年4月19日

上海・復旦大学の研究チームが、わずか400ピコ秒でデータを書き込める、世界最速の不揮発性メモリ「PoX」を開発した。この画期的な成果は科学誌Natureに掲載され、長年AI(人工知能)ハードウェアの性能向上を阻んできたメモリの速度限界を打ち破る可能性を秘めている。

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驚異の速度:ピコ秒領域に達した不揮発性メモリ

今回開発された「PoX」(Phase-change Oxide:相変化酸化物)の最大の特徴は、その書き込み速度だ。1ビットのデータを記録するのに要する時間は、わずか400ピコ秒。ピコ秒とは、1兆分の1秒、あるいはナノ秒(10億分の1秒)の1000分の1という、想像を絶するほどの短い時間単位である。

この速度は、従来のメモリ技術と比較すると、その革新性が際立つ。

  • 揮発性メモリ(SRAM/DRAM): 現在コンピュータの主記憶装置などに使われるこれらのメモリは高速だが、それでも書き込みには1~10ナノ秒(1,000~10,000ピコ秒)を要する。さらに、電源を切るとデータが消えてしまう「揮発性」という欠点を持つ。
  • 不揮発性メモリ(フラッシュメモリ): SSDやUSBメモリでお馴染みのフラッシュメモリは、電源がなくてもデータを保持できる「不揮発性」が利点だが、書き込み速度はマイクロ秒(100万分の1秒)からミリ秒(1000分の1秒)のオーダーであり、PoXとは比較にならないほど遅い。

PoXの400ピコ秒という速度は、1秒間に約250億回の書き込み操作に相当する。これは、これまで報告されていた不揮発性メモリの書き込み速度記録(約200万回/秒)を、実に1万倍以上も更新する圧倒的な性能向上だ。

PoXはフラッシュメモリの一種でありながら、SRAMやDRAMに匹敵、あるいはそれを凌駕する書き込み速度を達成したのだ。しかも「不揮発性」であるため、待機電力を消費せずにデータを保持できる。この「超高速」と「不揮発性」の両立が、PoXの最も重要な価値である。

なぜ速いのか? グラフェンと新技術が鍵

この驚異的な速度は、従来のシリコンベースのメモリ構造を根本から見直すことで達成された。復旦大学のZhou Peng教授率いる研究チームは、以下の革新的な技術要素を導入した。

  1. 2次元ディラックグラフェンチャネル: トランジスタの電流経路(チャネル)に、従来のシリコンではなく、炭素原子が蜂の巣状に結合したシート状物質「グラフェン」を採用した。グラフェン、特にディラックグラフェンと呼ばれる種類のものは、電荷(電子や正孔)が極めて高速に、まるで質量がないかのように移動できる(弾道輸送)特性を持つ。これが、高速動作の基盤となった。
  2. 2次元スーパーインジェクション: 研究チームは、グラフェンチャネルの「ガウス長」と呼ばれるパラメータを精密に調整することで、「2次元スーパーインジェクション」という現象を引き起こすことに成功した。これは、電荷がメモリの記憶層へ、従来の物理的な限界(古典的な注入ボトルネック)に妨げられることなく、極めて大量かつ高速に流れ込む現象である。これにより、書き込み速度の大幅な向上が実現した。
  3. AIによるプロセス最適化: 研究チームは、AIアルゴリズムを活用して製造プロセスのテスト条件を最適化し、この技術革新をさらに前進させたと述べている。
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AI時代のボトルネック解消へ:PoXがもたらすインパクト

現代のAI、特に大規模言語モデル(LLM)などは、膨大な量のデータを処理する必要がある。しかし、現在のコンピュータアーキテクチャでは、CPUやGPUといった演算装置の性能向上に比べ、メモリとのデータ転送速度が追いついていない「メモリボトルネック」が深刻な問題となっている。AI処理におけるエネルギー消費の大部分は、実際の計算ではなく、このデータ移動に費やされているという指摘もある。

復旦大学のLiu Chunsen研究員は、現在の高性能GPUが毎秒33.5兆回の浮動小数点演算を実行できる一方で、関連するメモリの書き込み・消去速度はマイクロ秒レベルにとどまっている現状を指摘。PoXのようなピコ秒レベルのメモリは、まさにGPUの高速演算能力に見合うデータ供給を可能にする技術として期待される。

PoXが実用化されれば、以下のようなインパクトが考えられる。

  • AIハードウェアの性能向上と省電力化: メモリボトルネックが解消され、AIの学習や推論が大幅に高速化する。データ移動に伴うエネルギー消費も削減できるため、より電力効率の高いAIシステムの実現につながる。場合によっては、AIチップ内の高速だが電力を消費するSRAMキャッシュをPoXメモリで置き換えることで、チップ面積と消費電力を削減できる可能性もある。
  • 新しいコンピューティング体験: スマートフォンやPCに搭載されれば、ローカル環境でのAIモデル実行時の遅延や発熱といった問題が解消される可能性があるとLiu 研究員は語る。また、瞬時に起動するPCや、データベース全体を作業用メモリとして永続的に保持できるシステムなども実現可能になるかもしれない。
  • 産業・戦略的重要性: フラッシュメモリは依然として半導体産業の基幹技術であり、今回のブレークスルーは産業構造に影響を与える可能性がある。特に、中国にとっては基盤となるチップ技術における国内でのリーダーシップ確保につながる重要な進展となりうる。

実用化への道筋と今後の課題

研究チームは、この技術の実用化を加速するため、研究開発プロセスを通じて製造企業と緊密に連携している。すでに小規模ながら完全に機能するチップの試作に成功し、設計データを製造ラインで検証する「テープアウト」も実施され、初期の有望な結果が得られているという。

劉研究員は、「次のステップは、既存のスマートフォンやコンピュータへの統合だ」と述べており、実用化に向けた具体的な動きが進んでいることを示唆している。

しかし、実用化に向けてはまだ課題もある。

  • 量産技術の確立: グラフェンなどの2次元材料を用いたデバイスの安定した大量生産技術は、まだ発展途上である。既存のCMOS製造プロセスとの互換性を確保しつつ、コスト効率の良い量産プロセスを確立する必要がある。
  • 信頼性・耐久性: 新しいメモリ技術では、書き換え可能回数(エンデュランス)やデータ保持期間、動作の安定性といった信頼性の評価が不可欠である。現時点では、これらの詳細なデータは公開されていない。
  • 歩留まり: 製造プロセスにおける不良品の発生率(歩留まり)も、量産化における重要な要素となる。

これらの課題を克服し、PoXが量産されれば、AIをはじめとする多くの分野でコンピューティングのあり方を大きく変える可能性を秘めている。この「ピコ秒メモリ」が、データ集約型アプリケーションが抱える長年の課題に、ついに終止符を打つ日が来るのかもしれない。


Sources

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