電子部品業界には「2018年の悪夢」という共通言語がある。当時、需要の急拡大に供給が追いつかずMLCC(積層セラミックコンデンサ、電子回路の電圧変動を抑える基幹受動部品)が枯渇し、価格は前年比35〜50%上昇、納期は6カ月超まで伸びて混乱は2020年まで長引いた。TrendForceが2026年7月6日に公表した最新データによれば、村田製作所の受注残高比率(orders-to-backlog ratio)が1.27に達し、この2018年当時のピーク1.25をすでに上回ったとしている。指標だけを見れば1桁台の差にすぎないが、意味合いは軽くない。AIサーバー向け高性能品への需要集中が、一般消費者向け製品の供給網にどこまで波及するのかを見る最初の手がかりが、この数字に表れている。
村田、SEMCO、太陽誘電のBB比が軒並みコロナ後で最も高い水準に
TrendForceの発表内容はシンプルだ。村田製作所の受注出荷比(book-to-bill比、通称BB比。受注額を出荷額で割った指標で、1を超えるほど需要が供給を上回っている状態を示す)が1.30、Samsung Electro-Mechanics(SEMCO)が1.31、太陽誘電が1.25となり、いずれもコロナ禍が明けて以降で最も高い水準に達した。MLCC業界全体のBB比も1.04まで上昇しており、日韓大手3社の水準が業界平均を大きく上回っている構図が見える。
この中で最も踏み込んだ数字が、村田製作所の2026年第1四半期(1Q26)受注残高比率だ。BB比が当該四半期に入ってきた受注額と出荷額の比率であるのに対し、受注残高比率は積み上がった未出荷分の受注残高を出荷能力で割った指標であり、需要の瞬間的な「勢い」よりも蓄積した「滞留量」を映す。この指標が1.27に達したという事実の重みを測るには、2018年当時にどこまで振れて市場が悲鳴を上げたかを思い出す必要があり、TrendForceが比較対象に挙げるのが当時のピーク1.25だ。
この2018年の1.25という過去値はTrendForce独自の集計に基づくもので、他社による独立した裏付けは確認できていない。それでも、同じ調査会社の同じ手法で算出した数字同士を並べれば、少なくとも村田の受注残高が過去最悪期と同水準かそれ以上に積み上がっていることは読み取れる。TrendForceはこの需給ひっ迫が続くかどうかの分岐点として、2026年第4四半期を注視すべき時期に挙げている。
AIサーバー1台がMLCCを桁違いに消費する仕組み
この争奪戦の震源地は、AIサーバーの中身そのものにある。TrendForceが6月17日に公表した別のリリースによると、AMDのMI450プラットフォームでは47マイクロファラド、2.5ボルトのX6S 0402型MLCCの搭載数が、従来の1,440個から10,544個へ跳ね上がった。増加率にすると632%で、1台あたりの搭載数がひと桁増えたのではなく、7倍以上に膨らんだ計算になる。NVIDIAのVera Rubinプラットフォームでも、100マイクロファラド、4ボルトのX6S 0805型が320個から500個へ、56%増加している。
搭載数がここまで増えるのには理由がある。MLCCは半導体チップに供給する電源電圧の変動を吸収し、電力を安定させる受動部品だ。AIチップは演算負荷が一瞬で跳ね上がる特性を持ち、消費電力も従来のCPUやGPUより桁違いに大きい。電圧の乱れを許容範囲に抑えるには、より小型で大容量のMLCCを、低電圧設計のまま大量に並べる必要があり、Google TPU、AWS Trainium、Meta MTIAといった自社設計のカスタムASIC(特定用途向け集積回路)が量産段階に入るほど、この種の高性能品への需要が積み上がっていく。搭載数の急増を映す形で、高容量X6S製品のリードタイムは8週間から20週間超まで延びており、納期の面ではすでに2018年当時の6カ月に近い水準へ迫りつつある。
2018年の結末と比べると、まだ届いていない数字がある
2018年の不足は、需要の年間成長率が25〜35%だったのに対し供給能力の伸びが10〜25%にとどまったことで発生し、価格は35〜50%上昇、混乱は2020年まで尾を引いた。この時系列に2026年の現在地を重ねると、進み方の違いが見えてくる。
中国の販売代理店は6月から主流のX5R系コンシューマー向けMLCC価格を15〜25%引き上げたと報告されている。2018年当時の35〜50%と比べれば、上昇幅はまだ半分から3分の2程度にとどまる。一方で村田の受注残高比率という先行指標は、価格という遅行指標が2018年の水準へ届くよりも先に、2018年のピークを超えてしまった。
受注が積み上がってから価格や納期に転嫁されるまでにはタイムラグがあるとすれば、今回の値上げ幅はまだ底値に近く、これから2018年の水準に近づいていく段階にある可能性がある。高容量X6S製品のリードタイムが8週間から20週間超へと2.5倍以上に延びている事実も、この見方を補強する。2018年の6カ月超という水準にはまだ届かないものの、納期という遅行指標の一つはすでに大きく動き始めているからだ。もう一つ見逃せないのは、この受注残高の急伸がAI向け高性能品という狭いセグメントに集中しており、業界全体のBB比はまだ1.04にとどまっている点だ。2018年の不足が最終的に自動車やスマホ、IoT機器まで巻き込む全面的な不足になったのに対し、2026年はまだ「AI向け限定の局地戦」の段階にとどまっているとみられる。
恩恵を受ける企業と、割を食う企業
需給がひっ迫すると、部材は自動的に高値で買える相手から優先的に配分される。今回その恩恵を最も直接的に受けているのが村田製作所とSEMCO、太陽誘電の3社であり、AI向け高付加価値品への受注集中がBB比という形でそのまま業績の先行指標になっている。日韓大手が高性能品の生産を優先するほど、中容量帯のコンシューマー向けX5R系MLCCの生産余力は相対的に細る。この玉突きの受け皿になると見られているのが、台湾の国巨(Yageo)、華新科技(Walsin Technology)、Viiyongといった台湾や中国のメーカーで、日韓が手薄になった中高容量帯の需要を吸収する形で恩恵を受けると予測されている。日韓大手がAI向け最先端品という頂点を押さえ、台湾や中国のメーカーがその下の中高容量帯を埋めるという役割分担が、今回の需給ひっ迫を通じて一段とはっきりしてきた形だ。
割を食う側に立たされているのがApple向けサプライチェーンと自動車ODMだ。両者とも通常より調達時期を早め、Appleは通常より1〜2カ月早く在庫積み増しを開始し、自動車ODMは調達時期を7月から5月へ前倒ししたと報告されている。不足を恐れた早期発注は、需要をさらに手前へ集中させ、ひっ迫感そのものを強める方向に働く。供給が細るという予想が先回りの発注を呼び、その発注の集中がさらに供給を細らせるという循環は、部材不足の局面で繰り返し観測されてきた基本的な力学であり、今回もAppleや自動車ODMの動きが同じ回路に入り込みつつある。
追い打ちをかけているのが消費者側の需要環境で、米国CPI(消費者物価指数)は5月に前年比4.2%上昇したとされ(いずれもTrendForce発表内の言及)、高金利の継続とあわせてスマホやノートPC需要を圧迫している構図がうかがえる。部材の取り合いと消費の停滞が同時に起きているのが、コンシューマー市場側の厳しさだ。
2026年第4四半期が最初の答え合わせになる
村田製作所と太陽誘電はいずれも東証上場の国内エレクトロニクス大手であり、AI向け受注の膨らみとコンシューマー向け需要の弱さという二つの流れが同じ決算の中で綱引きすることになる。国内投資家にとっても、このBB比の推移は決算発表を待たずに需給の方向性を読める先行指標として意味を持つ。国内の家電メーカーや自動車部品メーカーの多くもX5R系コンシューマー向けMLCCの調達先を台湾や中国のメーカーに依存しており、中国代理店による15〜25%の値上げは、国内メーカーの部材コストにも時間差で及ぶ可能性がある。1ドル161円台(2026年7月上旬時点)という円安基調も、ドル建てで取引される電子部品の輸入コストを押し上げる方向に働き、国内メーカーにとっては値上げと円安が同時に効いてくる二重の逆風になりかねない。
TrendForceの発表は、値上げ幅の今後の見通しや、村田とSEMCOの増産投資が実際にいつ供給緩和として現れるかには触れていない。国内の家電や自動車メーカーへの影響度も具体的には示されていない。わかっているのは、AI向け高性能品という限られた戦線ではすでに2018年の最悪期を超える受注残高が積み上がっている一方、価格転嫁や供給不足の全面化はまだこれからだという段階にあることだ。
TrendForceが2026年第4四半期を注視すべき時期として挙げているのは、この局地戦がコンシューマー市場を巻き込む全面戦争へ広がるかどうかを見極めるタイミングがそこにあるためだ。受注残高という先行指標がすでに2018年を超えた以上、価格とリードタイムという遅行指標がどこまで追いつくかは、村田と太陽誘電の次の決算発表と、年末商戦を控えたコンシューマー向け部材の在庫動向を見れば答え合わせができる。