AIインフラへの投資競争で欧州が米国と中国に後れをとっていると言われて久しい。しかしASML CEO Christophe Fouquet氏が2026年6月17日のBloomberg TVインタビューで突きつけた問いは、その先にある。欧州が最先端ファブを国内に建設したとして、そこで生産されるウェハーを誰が買うのか。Fouquet氏によれば、現在生産されるAI向け先端チップの購入の約80%は米国が占めるとされ(Fouquet氏が示した数字で定義・算出基準の一次確認はない)、欧州域内に相当する需要主体が育っていない限り、製造拠点の確保は「他地域の需要のために動く工場を国内に誘致すること」にしかならない。「需要から始めなければならない、製造からではない」——世界の先端半導体製造装置市場を事実上独占する企業のCEOが、欧州の政策思想そのものに異議を唱えた。

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Fouquet氏が描いた「ウェハーは米国へ流れる」という構造

「欧州に2nmファブを作ったとしても、そのウェハーのほとんどは米国に流れていく」——Fouquet氏がこう断言した背景には、AI投資の地理的集中という具体的な現実がある。

MicrosoftMetaAmazonGoogleの4社が2026年だけでAIインフラに投じる計画金額は合計6000億ドルを超える。これらはすべて米国企業であり、彼らが使うNVIDIAのH100/B200系GPUはTSMCの3〜4nmプロセスで製造される。Fouquet氏が「需要」と呼ぶのはこの購買力のことだ。欧州の製造拠点がどれほど拡充されても、チップを買う主体がAI投資競争の外にいる限り、生産物は需要のある場所——つまり米国——に向かうのだ。

欧州全体のAI関連企業の投資規模と比べたとき、米国との差は「少し遅れている」水準ではない。Fouquet氏は欧州のAI競争参加状況を「possibly quite behind compared to what is happening today(今日起きていることと比べると、かなり遅れている可能性がある)」と評した。この「possibly」は謙遜ではなく、軍事・政策的に敏感なトピックへの言及として選ばれた言葉とも読める。

EUVを発明した地域が、なぜAI半導体を持てないのか

欧州がEUVリソグラフィー技術を発明し、オランダ政府と欧州企業が開発資金を出したにもかかわらず、AI向け先端半導体の量産ファブが欧州に存在しないのは、技術力の問題ではなく投資の時間軸と需要の所在の問題だ。

ASMLがEUV装置を納品した先はTSMC(台湾)、Samsung(韓国)、Intel(米国)が中心だった。これらの企業が装置を受け取り、何十年もかけて生産プロセスを磨き上げた。欧州の製造業者にはその実績と投資の蓄積がなく、ASMLが装置を製造できることと、その装置を使って量産できる拠点が欧州にあることは、まったく別の話だ。現時点で欧州域内に建設が進む主要ファブはTSMCのドレスデン拠点(ESMC)のみだが、対象ノードは28nm12nmであり、AI学習用GPUが必要とする3nm以下のプロセスとは数世代の差がある。

ASMLはこの状況を「競合他社が追いつけない」ポジションとして内部では自覚している。TechCrunchとのインタビューでFouquet氏は「EUVマシンの80%はすでに存在していた技術から成り立っている——だから誰もASMLに追いつけない」と述べた。競争優位の源泉は技術の希少性ではなく、既存技術の統合と長年の実装経験の蓄積にある。そして皮肉なことに、その蓄積を積み上げたのは欧州ではなく、東アジアと米国のチップメーカーだった。

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Intel撤退が加速した欧州の「AIチップ製造なし」という現実と、EU委員会の応答

欧州でAI向け先端プロセス製造を担う可能性を持っていた最後の計画は、2025年7月に消えた。Intelがドイツ・マグデブルクで約300億ユーロ超を投じる予定だった大規模ファブ建設から撤退したのだ。Intelは財務悪化の中で世界的な設備投資を絞り込み、欧州向け先端プロセス投資が優先順位から外れた。Silicon Saxony代表のFrank Bösenberg氏は「Intelがいなくても欧州の2030年20%目標に支障はない」と述べたが、これは既存の28nm12nm投資計画が継続するという意味であり、AI学習チップに必要な先端プロセスの欠如という本質は変わらない。

EUはこの空白を政策で埋めようとした。欧州委員会は2026年6月3日、「技術主権パッケージ」を発表。Chips Act 2.0として半導体分野に1200億ユーロ(計画値)、クラウド・AI開発法(CADA)としてデータセンター分野に2036年までの2000億ユーロ(計画値)を目標とする内容だ。しかしこの発表からわずか2週間後に、EUVを独占するASMLのCEOが「製造より需要が先」と公言した。EU委員会が製造シェアの拡大を目標に掲げた直後、業界の最前線にいる人物が政策の設計思想そのものに疑問を呈した形だ。

CADAがデータセンター建設へのアクセスを確保する設計になっている点は、一定の需要側支援とも読める。しかしFouquetが求めるのは「まず需要創出ありき」という優先順位の逆転であり、需要と製造を並行して拡大する現行の計画設計が彼の批判に応えているかは、実施細則を待たなければ判断できない。

ASMLの業績から見える「技術強さと市場孤立のパラドックス」

ASMLはQ1 2026に売上高88億ユーロ、純利益28億ユーロを計上し、通年見通しを360〜400億ユーロに引き上げた。Fouquetが「需要は非常に大きく、市場全体がかなりの期間にわたって供給不足になる」と述べるほど、AIが牽引する半導体需要は旺盛だ。

この成長はASMLにとっては追い風だが、欧州の産業エコシステム全体への波及は限定的だ。ASMLが装置を販売するほど、TSMCや韓国・米国のチップメーカーの生産能力は拡大する。しかし欧州域内では、その装置を使って先端チップを量産し、それをAIサービス向けに調達する主体がいない。好業績が欧州外メーカーの生産力を強化し、そこで作られたチップへの需要を米国クラウド企業が吸収するという構造が続く限り、ASMLの強さは欧州AI競争力に直結しない。装置メーカーとしての欧州の技術的強さと、AIエコシステムの受益者としての欧州の弱さは、現時点では完全に分離している。

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「需要なき主権」を超えるために欧州が直面する三つの戦略判断

Fouquet氏の提言を実行に移すとすれば、欧州が直面する問いは「どこに製造拠点を作るか」ではなく「誰が先端チップを買う主体になるか」だ。この問いへの答えは政策と民間投資の組み合わせ方次第で大きく変わり、少なくとも三つの戦略的判断が必要になる。

第一は、EU域内のAIモデル開発・大規模言語モデル(LLM)研究への直接支援だ。欧州のAI研究機関や新興企業が先端GPU調達に使える資金がなければ、チップの需要は生まれない。CADAが初期フェーズ(2026〜2028年)に想定するコンピュート資源へのアクセス支援がこれに当たるが、規模感と実行速度が問われる。Hugging Face(フランス)やMILA(カナダ・EU連携)、ELLIS(欧州AI研究ネットワーク)といった機関への資金配分が、需要形成の基点になれるかが鍵だ。

第二は、データセンター投資を欧州企業・公共セクター主導で誘導できるかどうかだ。現在、欧州のデータセンター建設の多くはMicrosoftやAmazonが担っており(両社合計で欧州向け2026年投資は約200億ドル超と公表)、設備の意思決定権は欧州にない。欧州主導のパブリッククラウドや主権クラウド(フランスのNumérique、ドイツのGAIA-X後継)が先端チップの大量調達主体になれるかが問われる。

第三は製造投資との時間軸の整合だ。TSMCドレスデン(ESMC)が12nmプロセスを本格稼働させる予定の2027〜2028年までに、欧州域内にそのチップを消費する産業基盤ができていなければ、Fouquetの懸念は現実になる。需要側支援を製造投資と並行して走らせるか、需要が一定規模に達した後に製造投資を加速するか——この時間軸の設計こそが、EU「技術主権パッケージ」の次のバージョンで問われる核心だ。

EUVの発明者の国が生んだASMLのCEOが、欧州の政策立案者に突きつけた問いはシンプルだ。「ファブを作った後、誰がそこで作られたチップを買うのか」。その答えを用意しないまま製造シェアの数字だけを追っても、「デジタル主権」という言葉は中身のない看板になる。