2026年6月19日、Bloombergの報道[1]が半導体業界を揺らした。米商務長官Howard Lutnickが、世界唯一のEUV(極端紫外線)露光装置メーカーであるオランダのASMLの上級幹部と複数回にわたって会合を持ち、同社の装置が輸出管理に反して中国に持ち込まれた可能性があると繰り返し問い質したという内容だ。

ASMLはこれを全面的に否定した。同社は複数のメディアに対して「ASMLはEUVマシンを中国に出荷したことは一度もなく、EUVマシンに専用設計されたコンポーネント、モジュール、装置についても同様である」とする声明を発表した。「こうした根拠のない風評は不正確であり、わが社の評判を傷つけるものだ」とも述べている。

ASMLのCEO Christophe Fouquet氏は、今回の報道が表面化する6週間前にStrictlyVCのインタビューに答え、同社がこれまでに出荷したすべてのEUV装置の所在を把握していると明言していた。装置は稼働中のものは顧客先でモニタリングされており、廃棄済みのものはASMLに返送されているという。

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EUV装置とはどのような機械か

この対立の意味を理解するには、EUV装置そのものの特性を押さえておく必要がある。ASMLのEUVスキャナーは約10万点の部品で構成され、重量は180トンに達する。輸送には専用の航空便を複数機使う必要があり、そのような大掛かりな輸送を察知されずに実行することは物理的に不可能に近い、とASMLは主張する。

装置の運用も特殊だ。EUVスキャナーは稼働中にASMLとの通信を常時維持しており、切断や異常な動作があればASML側が自動的に検知できるという。さらに、顧客が装置を分解・移動・再設置する際にも、専門的な取り扱い手順の性格上、ASMLのエンジニアの関与なしには実行できない構造になっている。

この主張を裏付けるように、ASMLはBloombergの報道後、「中国にASML EUVシステムが存在する兆候なし」と題した内部文書を政府関係者に配布したとされる。その文書によれば、現在世界中で稼働するEUVスキャナーは314台、廃棄済みが26台であり、中国に所在するものは1台も存在しないという。

米政府が示せていない「証拠」の問題

米政府側の主張には、決定的な欠陥がある。複数の高官がBloombergに対してEUV関連機器の輸出を示す証拠を持つと述べながら、その記録を提示することを「情報の機密性」を理由に一貫して拒否している。商務省もBloombergの質問に対し、実際のEUVシステムが中国国内で稼働しているとの証拠を持つかどうかを明言しなかった。

高官たちが示しているとされる「証拠」は、EUV装置の「輸送用専用機器」などのEUV関連コンポーネントの中国向け輸出であって、完全なEUVスキャナー本体の輸出ではない。ASMLが明確に否定しているのはEUVスキャナー本体の中国向け輸出に限られる。高官が示したとされる証拠が輸送用専用機器のデータであるとすれば、米政府とASMLの主張は実は異なる問いに答えていることになる。

Fouquetは以前のインタビューで、ASMLが何年も前に内部ファイアウォールを構築し、EUV技術へのアクセス権を持つ従業員と持たない従業員を分離しており、中国在籍のスタッフは設計上そのアクセス権を持たない側に配置されていると説明していた。

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なぜASMLがこのリスクを取るはずがないのか

商業的な観点から見ると、ASMLが禁輸規制を犯してEUV装置を中国に売却するインセンティブは乏しい。ASMLは2026年の売上高の約20%を中国からの収益(許可された旧世代DUV装置など)が占めると見込んでいる。EUV輸出禁止に違反すれば、オランダや米国からの輸出ライセンスそのものを失いかねず、欧州で最も時価総額の大きい企業(約7,000億ドル規模)の地位が崩壊するリスクを自ら招くことになる。Fouquetが指摘するように、中国向けに旧世代のDUVツールを売り続けているのも、技術の世代差を保ちながらビジネス関係を維持するための計算の上に成り立っており、その枠組みを壊すコストは想定されるいかなる利益も上回る。

ただし、商業的合理性は疑惑への反証にはならない。合理性に反する判断も組織は下しうる。米政府が非公開の証拠を持つと主張している以上、その内容が判明するまで判断を保留するのが誠実な態度だ。

Lutnickの動機をめぐる別の文脈

今回の疑惑提起をより複雑にしているのは、米商務省が同時期にxLightという新興企業に最大1億5,000万ドルの公的資金を投じていることだ。xLightはEUVの光源技術の次世代版を開発しており、ASMLのEUV独占体制に将来的な変化をもたらしうる技術を持つとされる。xLightのCEO自身は「ASMLの競合ではなく補完的存在」と位置づけているが、FouquetはxLightの技術がASMLの優位性維持に必要だとは考えていないとして、そのフレーミングを受け入れなかった。

加えて、PayPal共同創業者でPalantir Technologiesの筆頭株主でもある投資家Peter ThielがSubstrateという別のリソグラフィー技術スタートアップに出資しており、こちらはASMLとのより直接的な競合を志向している。ThielはPalantir創業期からトランプ政権の主要人物と財政的・政治的に深く連携しており、その近接関係は再三報じられている。

Lutnick氏が独占企業を問い詰めながら、その独占技術の代替を目指すスタートアップに公的資金を流している構図は記録に値する。ただし、xLightへの資金拠出がEUV疑惑の提起と連動している証拠は現時点では存在しない。

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半導体サプライチェーンへの波及リスク

今回の対立が示す問題は、ASMLと米政府の個別の確執にとどまらない。EUV装置は現在、TSMCSamsungIntelなど世界の最先端ファウンドリが競って使用しており、NvidiaやAppleの最新チップはTSMCが持つASML装置なしには製造できない。ASMLがEUVを開発するには20年以上と数兆円規模の投資を要し、代替供給者は現時点では存在しない。

Huaweiはこのボトルネックを抱えながらも、EUVなしで先端チップの自社製造を試みてきた。7nmクラスの半導体の試作には成功したとされるが、TSMCが量産する3nm2nmの製品とは性能・コスト双方で格差がある。EUVが入手できれば、この差は急速に縮まる可能性があるため、米政府がEUV流出に神経をとがらせる理由もそこにある。

一方、2025年末のReutersは、元ASMLエンジニアを含むチームが中国でEUV装置のプロトタイプを独自開発していると報じている。これは市場で調達したのではなく自力開発という文脈であり、今回のLutnickの疑惑(既存装置の流出)とは直接リンクしない。ただし、装置の独自開発・部品流用・完成品の入手という複数のルートを中国が同時に試みていると仮定すれば、米政府がEUV関連機器の輸送情報に敏感になっている背景の一端が理解できる。

DUV装置への規制強化をめぐる議会の動向

より近い現実の問題として、議会で審議中の法案がある。この法案は外国サプライヤーに対して、米国企業と同等の輸出規制遵守を求める内容で、事実上ASMLのDUV装置(浸漬型深紫外線露光装置)の対中輸出を禁じる効果を持つ。この法案は超党派の支持を得て委員会を通過し、トランプ政権はまだ正式な立場を表明していない。

ASMLにとってDUV禁輸が現実になれば、2026年売上高の約20%が失われる計算だ。今回のBloomberg報道を受けてASML株は一時2.6%下落し、その後0.7%安で落ち着いた。年初来では約80%の上昇を維持しており、市場はEUV流出疑惑を直ちに重大リスクとは受け止めていないことが読み取れる。オランダと日本との多国間協議はいまだ決着しておらず、米欧貿易協議の行方が法案の推進力を弱める可能性もある。

オランダ外務省は今回の一連の報道を受け、「半導体製造装置の輸出については明確なルールと管理リストに基づいて運用しており、これらのルールに明示的に該当するすべての装置、コンポーネント、技術はライセンスを必要とする」とする声明を発表した。同省は「必要に応じて介入する」と付け加えており、自国企業を一方的に擁護する立場にはないことを示唆している。