欧州の光チップ戦略は、工場を建てる段階から製造工程を安定させる段階へ進み始めた。オランダの研究機関TNOは2026年6月24日、ASMLと新たな提携を結び、EindhovenのHigh Tech Campusで建設中のPhotonic Chip Pilot Lineを通じてフォトニックチップの開発と産業化を進めると発表した。

この発表の焦点は、ASMLの名前そのものではない。TNOのパイロットラインに、リソグラフィ、プロセス制御、計測を組み合わせた製造学習の場が加わることだ。ASMLは段階的な形で、DUVとI-Lineスキャナを含むリソグラフィ装置を同施設で使う。TNOによれば、この共同R&D環境では技術ワークショップや共同のイノベーション活動を行い、ASMLはTNOのインフラを自社開発と顧客向けデモにも使えるようになる。

光チップを「作れる」ことと「繰り返し同じ品質で作れる」ことの間にある距離を縮めるための提携である。TNOは同ラインについて、稼働後には6インチウェハースケールで高度なインジウムリン(InP)光チップの本格的な製造を可能にすると説明している。ただし、現時点で商用量産が始まったわけではない。施設は建設中であり、今回の提携はその立ち上げ過程にASMLの装置と製造ノウハウを組み込む動きだ。

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3月の工場計画にASMLの製造ノウハウが加わった

今回の提携は、突然出てきた新工場計画ではない。TNOとHigh Tech Campus Eindhovenは2026年3月、6インチウェハースケールでInP光チップを作る世界初の産業向け工場の建設開始を発表していた。TNOはこの施設を、研究開発とスケーラブルな生産を結び、エネルギー効率の高いAIデータセンター、6Gネットワーク、医療、スーパーコンピュータなどへつながる技術の市場投入を早める基盤と位置づけている。

3月時点の発表では、この工場は欧州Chips Actの狙いから生まれた1億5000万ユーロ規模の投資であり、欧州のPIXEurope構想の一部だと説明されていた。TNO、Eindhoven University of Technology、PhotonDelta、SMART Photonics、High Tech Campus Eindhovenが関わる官民連携で、立ち上げ後には約40人の専門人材を置き、その後さらに増やす見通しも示されている。

6月のASML参加で変わるのは、施設の意味合いだ。パイロットラインは研究機関や企業が設計を試す場であるだけでなく、装置、工程、計測、顧客デモを同じ場所で回す場になる。光チップの量産化では、良い設計データを持つだけでは足りない。露光、成膜、エッチング、検査、パッケージングのばらつきを測り、工程へ戻し、設計側にも反映する循環が必要になる。

ASMLのStanislas Baron氏はTNOの発表で、光チップ技術の拡大には先端研究から大量生産へのなめらかな移行が必要であり、同社のリソグラフィシステムをTNOのパイロットラインへ統合することでその間を埋めると述べている。顧客が採用を判断するには、工程がどれだけ安定し、どのくらいの時間とコストで検査でき、どこまで設計へ戻せるのかを確認しなければならない。装置を置くだけでは、その問いに答えられない。

InPの6インチ化は、光を出すチップを産業プロセスへ近づける

InP光チップが注目される理由は、光を扱う機能の中でも能動部品を作りやすい点にある。PITCはInPプラットフォームについて、レーザー、検出器、変調器などを実現でき、通信、データ通信、センシングに使えると説明している。電気信号を処理する従来の半導体とは役割が異なり、光を生成し、変調し、検出し、他のフォトニック回路と組み合わせるところに価値がある。

そのためInPは、シリコンフォトニクスやシリコンナイトライド(SiN)を置き換える単一の材料というより、補完する材料として見る方が正確だ。シリコン系のフォトニクスは大規模な製造基盤や受動回路との相性を持つ。InPは光源、増幅、変調、検出のような能動機能を担いやすい。光チップの実用品では、用途ごとに複数の材料と部品を組み合わせる必要が出る。

6インチウェハーへの移行は、この組み合わせを研究室の試作から産業プロセスへ近づける一歩だ。より大きなウェハーでは、一度に作れるチップ数が増え、工程条件のばらつきを統計的に測りやすくなる。PITCもInP技術の説明で、より大きなウェハーサイズへの移行は、工程と装置の進歩を通じて性能とスケーラビリティを高めると述べている。

ただし、6インチ化は成熟したCMOS量産と同じ地点に到達したことを意味しない。ASMLのDUV製品群は200mm300mmの電子半導体製造にも広く関わるが、TNOの今回のラインは6インチInPを対象にしたパイロットラインだ。光チップがいきなり最先端ロジック半導体と同じ量産規模に乗るのではなく、顧客が量産適用を検討できるだけの工程データを作り始める段階である。

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DUVとI-Lineは光チップの工程を測れる形にする

リソグラフィは、チップ上に微細なパターンを転写する工程だ。ASMLはリソグラフィを、マスクまたはレチクルに載せたパターンを光へ符号化し、光学系で縮小して感光性材料を塗ったウェハーへ投影し、ウェハーを少し動かして同じ処理を繰り返す仕組みとして説明している。電子半導体だけでなく、光導波路や変調器などの形状を高い再現性で作る光チップでも、この工程の安定性は製品性能に直結する。

TNOの発表がDUVとI-Lineスキャナを挙げている点も見落とせない。EUVではなくDUVとI-Lineである。ASMLのDUVページによれば、液浸システムは先端ロジックやメモリの量産で高い生産性、イメージング、オーバーレイ性能を担う。一方、ドライリソグラフィはチップの多くの層で使われ、ArF、KrF、I-Lineを含む製品群が200mm300mmウェハーにも対応している。

光チップでは、最小線幅だけが問題になるわけではない。導波路の幅、曲げ、結合部、グレーティング、変調器の位置合わせが少しずれるだけで、光損失や波長特性、出力、温度依存性が変わる。量産で問われるのは、最初の一枚をきれいに作れるかではなく、同じ設計を何度作っても顧客が必要とする特性に収まるかだ。

リソグラフィ、プロセス制御、計測を同じ環境に置く意味はここにある。露光条件を変えた時に何が変わったのかを測り、測定結果を工程へ戻し、設計キットや部品モデルへ反映する。PITCが掲げる「研究と産業の橋渡し」は、この測定とフィードバックの積み重ねで成り立つ。

量産化の難所は検査とパッケージングにも残る

光チップの量産化を妨げるものは、ウェハー上にパターンを作る工程だけではない。PITCは、集積フォトニクスの検査と検証について、生産コストの約30%を占めうる大きな課題だと説明している。高密度な光入出力や高速光信号を扱うため、電子半導体のように標準化された検査環境をそのまま持ち込めない部分がある。

この問題は、パイロットラインの価値を左右する。顧客は、試作品が動いたという事実だけでは量産を判断できない。ウェハー上のどのダイが使えるのか、検査にどれだけ時間がかかるのか、測定結果を設計モデルへ戻せるのか、製造ばらつきが性能にどう表れるのかを確認したい。PITCのメトロロジープログラムが、設計時点からのテスト手法、特性評価、検査自動化、ウェハーレベルテスト、データ標準化に取り組むのはそのためだ。

パッケージングと異種集積も同じくらい厄介だ。PITCは、多くの光チップ応用では複数の部品、材料、ビルディングブロックを一つのシステムへ組み込む必要があり、光を回路へ結合するにはサブマイクロメートル級の精度が求められると説明している。能動的なIII-V部品をSiNやシリコン系の受動回路に載せる場合、位置ずれ、熱、光損失、電気接続、パッケージのすべてが性能に関わる。

PITCの異種集積プログラムは、ガラスインターポーザ、Through Glass Via、低損失の光導波路、InPクーポンをSiNウェハーへ移すレーザー転写技術などを扱っている。この技術では、良品ダイを選んでから組み込む考え方が前面に出る。製造したすべての部品をそのまま高価なモジュールへ載せると、後段で不良が見つかった時の損失が大きい。使えるダイを先に見分け、必要な位置に高速かつ精密に載せる工程を作ることが、コストを下げる。

ASMLの関与を製造装置の話だけに読むと、この論点を見落とす。今回の提携でTNOが強調しているのは、リソグラフィ、プロセス制御、メトロロジーを組み合わせることだ。露光の精度、検査の自動化、パッケージングの再現性がつながって初めて、顧客は設計を製品へ移す判断ができる。

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欧州の狙いは、研究拠点を開かれた製造基盤へ変えることだ

この提携は、欧州の半導体政策とも重なる。欧州委員会はEuropean Chips Actについて、半導体分野の主権と競争力を高める枠組みだと説明している。その中のChips for Europe Initiativeでは、Chips Joint Undertakingが5つのパイロットラインを支援し、プロセス開発、テスト、実験、小規模生産を通じて研究から工場への移行を支えるとしている。

TNOのEindhovenラインは、この文脈でPIXEuropeの一部として位置づけられている。欧州が狙っているのは、大学や研究機関の成果を個別のデモで終わらせず、スタートアップや企業が使える共通の製造基盤へ変えることだ。InPのような材料系では、装置投資、工程開発、検査、パッケージングを個社だけで抱えるのは重い。開かれたパイロットラインは、その投資を分散し、設計企業やアプリケーション企業が量産前の検証を行う場所になる。

TNO、Eindhoven University of Technology、University of Twenteが関わるPITCの役割もここにある。PITCは、InP、SiN、メトロロジー、異種集積を研究プログラムとして持ち、産業寄りの研究と基盤研究をつなぐ。6月のASML参加は、この構造に半導体装置メーカーの視点を加える。

次に問われるのは、欧州が「世界初の6インチInP工場」という看板を、顧客が採用判断に使える数値へ変えられるかだ。歩留まり、検査時間、部品モデル、パッケージ歩留まり、顧客デモの結果が積み上がれば、InP光チップはAIデータセンター、通信、センシング、医療へ進みやすくなる。その数字がそろわなければ、施設は先進的な研究設備にとどまる。

ASMLとTNOの提携は、光チップがすぐ主流半導体を置き換えるという話ではない。光を使う部品を、電子半導体と同じように工程で管理し、顧客に示せる形へ近づける話だ。欧州にとっての本当の成果は、発表文の数ではなく、Eindhovenのラインから設計、製造、検査、実装までつながった採用事例がどれだけ出てくるかにかかっている。