量産実績が一件もない新興ファウンドリが「世界最大手より安く売る」と言えば疑ってかかるのが自然な反応だが、半導体業界では価格の公言が受注や利益に結びつかない例も珍しくない。Rapidus代表取締役社長兼CEOの小池淳義氏は2026年7月8日、長野県軽井沢町のセミナーで2nm半導体の価格方針に踏み込んだ。TSMC製品の水準を基準に「少なくとも同じか、それよりも少し下がる」水準を目指すという発言だ。ただし報じられた価格帯の主語や、価格を裏付ける技術面や財務面の根拠を一次資料で確認すると、単純な「価格対抗」の一言では片づけられない実情が見えてくる。

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軽井沢のセミナーで示された「TSMC以下」の価格方針

セミナーを主催したのは日本生産性本部だ。小池氏は2027年度後半に量産開始を目指す2nm半導体の価格方針について、「少なくとも同じか、それよりも少し下がるくらいのところで対応する」とTSMC製品の水準を基準に説明した。参考価格として挙げたのはウエハー1枚あたり300万350万円で、2026年7月10日時点の実勢レート(1ドル=162円前後)で換算すると約1万8500〜2万1600ドルに相当する。

量産開始の時期は「2027年」と表現される場合もあるが、経済産業省の実施計画では「2027年度後半」とされている。今回の価格表明も、この時期を前提に語られている。

「TSMCが2ナノ半導体市場で支配的な地位にあることを認めた上で、我々独自に価格を決められる立場にはなく、TSMCの価格を基準とする」(原文:"We are not in a position to set (prices) independently, and we will refer to TSMC's pricing as a benchmark.")。小池氏はこう述べ、独自の値付けというより、TSMCの相場に合わせる姿勢を明確にした。60社以上との受託生産契約に向けた協議を進めており、その大半が海外企業だということも、別途報じられている。

この発言はすぐに「RapidusがTSMCより安く売る」という単純な対抗構図として伝えられた。だが実際に公表された文書を確認すると、報じられた価格の主語そのものに解釈の余地があったことが分かる。数字は同じでも、それが誰の値段を指しているかによって、この発言が持つ意味は変わってくる。

「300万〜350万円」は誰の価格なのか

この数字を最も早く伝えたのはBloombergだった。2026年7月8日12時56分の配信では「小池淳義社長が...300万350万円を参考に決める方針」とRapidus自身の価格として報じていた。ところが同日18時に配信されたJiji Press(時事通信社)の記事は「2ナノ半導体の量産はTSMCが先行しており、価格はウエハー1枚当たり300万350万円と予測する」と書き、同社の配信を掲載したJapan Timesの英語記事も同じ趣旨の文で伝えた。額面通りに読めば、TSMCが自社の2nmウエハーをその価格で売ると述べているようにも受け取れる書き方であり、同じ発言を報じた記事の間でも時間の経過とともに解釈の余地が生まれていたことになる。

この食い違いを解く鍵は、Rapidus自身が2026年7月9日に発表した公式声明にある。「Statement Regarding Estimated Wafer Price」と題する声明で同社は、「一部報道が伝えた量産時のウエハー単価の見積もりはセミナーでの発言に基づくものであり、必ずしも実際の販売価格を反映するものではない」と説明した。声明が対象としているのは自社の量産時ウエハー単価の見積もりであり、TSMC製品の価格に言及したものではない。

Rapidusの声明はさらに、実際の販売価格は顧客ごとの製品仕様や為替変動によって変わるとも説明している。この一手間を踏まえずに「TSMC以下」という結論だけを切り取ると、確定した安売り宣言であるかのように誤解されやすい。

小池氏が語ったのは「TSMCの価格を基準とする」という限定的な表現であり、これがTSMC自身の価格発表であるかのように伝わったことが、今回の混同の背景にあるとみられる。いずれにせよ、300万350万円(約1万8500〜2万1600ドル)という数字の主語はRapidus自身であり、TSMCが公表した価格ではない。この一点を押さえておくと、以降の価格比較の意味も変わってくる。

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TSMC、Samsung、Rapidusで2nmの相場を並べる

TSMCの2nmウエハー価格は、業界メディアが2025年8月以降繰り返し報じている推定値で1枚あたり約3万ドルとされる。TSMC自身は価格を公式発表していないが、値引きに応じない方針だと業界筋は伝えている。この推定値と並べると、Rapidusが示した参考価格の位置づけが見えてくる。

  • TSMC: 約3万ドル/枚(業界推定、非公式)
  • Samsung: 約2万ドル/枚(2nmプロセス、業界推定、非公式。TSMC比約33%減)
  • Rapidus: 1万8500〜2万1600ドル/枚(300万350万円、自社参考価格)

先端ロジックの価格競争は、成熟ノードのそれとは前提が異なる。2nmのような最先端プロセスは開発費と設備投資が桁違いに大きく、量産初期は歩留まりも安定しにくい。それでもあえて価格で挑む選択をした点に、Rapidusの戦略の特徴がある。1枚のウエハーから取れる良品チップの数は歩留まりに直結するため、参考価格が最終的に成立するかどうかは、この段階で示された数字だけでは判断できない。

数字を並べると、Rapidusの立ち位置が見えてくる。目標の下限である1万8500ドルはSamsungの2万ドルよりおよそ7%安く、上限の2万1600ドルはSamsungよりおよそ8%高い。つまりRapidusの参考価格帯は、TSMCではなくSamsungの価格帯とほぼ重なっている。TSMCの推定3万ドルと比べれば、下限で約38%、上限でも約28%安い水準だ。

小池氏は「TSMCの価格を基準とする」と語ったが、実際に競合するのはむしろSamsungだとも読める。韓国メディアの報道によれば、TSMCはNVIDIAやApple、AMDなど主要顧客に3nm5nm7nmプロセスの価格を5〜10%引き上げる方針を伝え、Samsungも新規顧客向けに4nm5nmや一部8nm(車載向け)の価格を約15%引き上げているという。既存2社が値上げに動く局面で、Rapidusは2nmという最先端領域に割安価格で参入しようとしている。

日本の読者にも影響が及ぶ。Rapidusの価格競争が成立するかどうかは、同社に前工程装置を納入する東京エレクトロンなど国内装置メーカーの受注にも跳ね返る。安値受注で数量を確保できれば装置投資も拡大するが、価格競争に敗れて量産が細れば、その波及も逆方向に働く。

量産実績ゼロでも価格を語れる技術的な裏付け

Rapidusの技術基盤はIBMからのライセンス供与にある。IBMは2021年、自社発表で世界初となる2nm GAA(ゲート・オール・アラウンド)プロセス技術を発表しており、Rapidusはこの技術の供与を受けて2nmロジック半導体を開発してきた。技術面の協力先はIBMのほかにも広がっている。後工程のチップレットパッケージング技術では、ドイツのFraunhoferやシンガポールのA*STAR IMEとも協力体制を築いており、複数の研究機関と組む体制を敷く。価格方針を主張するにも、こうした生産能力の裏付けが要る。

GAAは、これまで主流だったFinFET構造の弱点を補う技術だ。FinFETはフィン状のチャネルの側面と上面をゲートが覆う構造で、微細化が進むほど電流の漏れを抑えにくくなる。GAAはチャネルをゲートで四方から包み込む構造をとり、電流の制御性を高めることで2nm世代の微細化に対応する。制御性が高まれば、同じ電圧でもトランジスタを流れる無駄な電流を抑えやすくなり、消費電力あたりの処理性能を引き上げる余地が生まれる。

量産に向けた実証も進んでいる。Rapidusは北海道千歳市の量産拠点(同社はIIMと呼称)で2023年9月に着工し、2025年4月には主要製造装置200台超を導入した試作ライン(パイロットライン)の稼働を計画通り開始した。石丸一成CTOによれば、このラインは数百を優に超える工程からなる製造フローとして構築されている。

稼働開始から約3カ月後の2025年7月には、このラインで試作した2nm GAAトランジスタの電気特性取得を終えたと発表している。これはトランジスタ単体の電気的な特性を測定できた段階を指し、完成したチップとしての動作確認には至っていない。着工からこの節目までは1年10カ月ほどで、当初の計画通りに進んでいる点が確認できる。

主要製造装置200台超、数百を優に超える工程という規模は、量産一歩手前の実証水準を意味する。パイロットラインは実際の量産ラインと同じ工程を再現するように設計されており、ここで歩留まりや装置の稼働率を検証してから量産ラインへ移行するのが一般的な手順だ。Rapidusが2025年7月時点で確認できているのは電気特性の取得までで、石丸CTOは「さらなる特性の改善と量産に向けた準備を進めている」段階だと説明しており、歩留まり検証や量産ラインへの移行はなお継続中だ。

試作したトランジスタが実際に電気的な特性を示すという証拠がなければ、価格方針はただの願望にすぎない。その意味でこの技術実証は、価格発言の説得力を支える材料になる。ただし電気特性の取得と量産時の歩留まり(良品率)は別の指標であり、この段階の実証だけで量産時の採算性まで保証されるわけではない。

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エルピーダの教訓と2.9兆円という金額の意味

DRAMメーカーのエルピーダメモリは2009年、日本政策投資銀行から優先株300億円の出資を受けたほか、同行と民間銀行団から協調融資約1000億円も受けたが、2012年に経営破綻した。価格競争の激しいコモディティ市場では、公的資金による下支えだけでは競争を勝ち抜けなかった。破綻の要因としては、主力に据えたプレミアDRAM事業が想定した需要を獲得できなかった経営判断や、一般DRAM生産の台湾移管の遅れに加え、2009年の公的支援後に経済産業省が十分な追加策を講じなかった産業政策上の不備が指摘されている。国策の半導体支援が必ずしも成功に直結しないことを、この前例は示している。

Rapidusへの支援規模はこれとは桁が違う。経済産業省は2025年11月21日、2026年度に約6300億円、2027年度に約3000億円の追加支援を見込む方針を示し、これを含めた累計の政府支援額は約2兆9000億円に達すると明らかにした。この時点の金額は資金計画上の見込みであり、2026年度分は2026年4月11日に6315億円で正式承認された一方、2027年度分は進捗を踏まえて今後詳細を検討するとされている。Rapidus自身の事業計画では、民間分を含む累計投資額が7兆円を超える見通しだという。

2兆9000億円は、エルピーダが受けた資金支援の合計(政投銀の優先株300億円と、政投銀・民間銀行団による協調融資約1000億円、計約1300億円)のおよそ22倍に相当する計算になる。ただし後者には民間銀行団の融資も含まれており、単純な公的資金同士の比較ではない。それでもRapidusの2兆9000億円は国の予算による公的支援であり、その規模は日本の税負担としても小さくない。

支援規模の違いに加え、市場の性格も異なる。エルピーダが競っていたDRAMは規格化されたコモディティ製品で、価格は主に生産量と歩留まりで決まる。Rapidusが狙う2nmロジック半導体は顧客ごとに設計が異なる高付加価値品で、IBMからの技術供与という土台を持つ。同じ「政府支援先の半導体メーカー」でも、勝負する市場の構造は別物だ。

それでも支援規模の大きさが成功を保証するわけではない。Rapidusの株式上場は2031年度ごろを目標としており、独立した事業として採算性が試されるまでにはなお時間がかかる。2.9兆円という数字は、価格方針を数年単位で支え続けられる体力の目安にとどまる。

契約と歩留まり、公表されていない2つの数字

60社以上との協議(大半が海外企業)が報じられている一方、量産契約が成立した顧客の実名や発注数量は公表されていない。公表されている数少ない協業例がTenstorrentだ。ただしこれは商用の量産顧客契約ではない。NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)の委託事業として技術研究組合LSTC(Leading-edge Semiconductor Technology Center)が推進する研究開発事業の一環として、米国のRISC-V半導体設計企業であるTenstorrentとの間で、2nmロジックを用いたエッジAIアクセラレータの共同開発・製造協力を公表したものだ。2027年度後半に予定する量産フェーズでの発注数量や契約金額は、この枠組みでも明らかになっていない。

「交渉中」と「量産契約済み」の間には大きな距離がある。TSMCの主要顧客に名を連ねるNVIDIAやApple、AMDが示すように、最先端ロジック半導体の主な買い手はデータセンター向けや高性能製品を手がけるファブレス企業だが、Rapidusの量産規模の顧客名はまだ挙がっていない。ここまでの材料を踏まえても、価格方針の実現可能性を判断するにはなお材料が足りない。

量産契約の交渉相手が誰かも分からない以上、価格方針の実効性を測る物差しは限られる。契約が公表されれば、少なくとも顧客がこの参考価格を受け入れる水準だと判断した証拠になる。逆に契約発表が長引けば、300万350万円という数字が机上の目標にとどまっている可能性が高まる。2027年度後半の量産開始を掲げている以上、量産直前になって初めて契約先が固まるようでは間に合わない。契約発表の有無とタイミングそのものが、価格方針の信頼度を測る次の判断材料になる。

もう一つ公表されていないのが歩留まり(良品率)だ。2025年7月に確認されたのはGAAトランジスタの電気特性が得られたという事実であり、量産段階でどれだけの割合が良品として出荷できるかは別の数字だ。歩留まりが低ければ、ウエハー1枚から取れる良品ダイ(チップ)1個あたりの実質コストは参考価格の想定を上回りかねず、価格方針の維持は難しくなる。

Rapidusの契約が実際に成立すれば、TSMCやSamsungが2nmの価格戦略を見直す材料になり得る。両社はすでに他ノードで値上げに動いており、2nm世代の相場にも波及する可能性はゼロではない。

読売新聞などは、Rapidusが2029年の1.4nm生産開始や千歳での第2工場建設を視野に入れていると報じている。ただしRapidus自身は、1.4nm工場の建設・稼働に関する一連の報道を「推測」であり自社が発信したものではないとする声明を公式サイトで示しており、時期や規模はなお確定していない。この計画が実際に動き出すかどうかが、2nmの量産と価格が計画通りに進んでいるかを測る次の手がかりになる。契約先の実名と歩留まりという2つの数字が示され、2027年度後半の量産が計画通り動けば、千歳の第2工場と2029年の1.4nm計画に進む足場が固まる。「TSMC以下」が机上の数字で終わるか現実の商流になるかは、その足場が組み上がるかどうかで決まる。