新しいルーターへの買い替えを検討して、型番の多さと価格差に戸惑った経験を持つ読者は少なくないはずだ。実はその市場自体が、静かに縮み続けている。Counterpoint Researchの調査によると、世界のコンシューマー向けWi-Fiルーター出荷台数は2022年から2025年まで4年連続で前年割れし、2021年のピークから34%減少した。その流れはQ1 2026も止まらず、前年同期比でさらに6%縮小している。ルーターという製品を「買う」という行為そのものが減っている裏で、通信事業者が回線契約にルーターを組み込んで配る仕組みへの転換が進んでいる。
6%減の中身、TP-LinkとXiaomiが失速しASUS、Google、Eeroだけ伸びた
Q1 2026の出荷データをベンダー別に見ると、縮小は業界全体に均等にかかっていない。TP-LinkとXiaomiの2社だけで世界出荷の約33%を握る寡占構造にもかかわらず、この2社は前年比でともにマイナスだった。Counterpoint Researchの調査によれば、Xiaomiは1.3%減、Netgearは3%減、最大手のTP-Linkに至っては5.4%減と、上位ベンダーほど落ち込みが目立つ。市場のボリュームゾーンを支えてきた「量を稼ぐ2強」自体が縮んでいる以上、次のQ2以降も6%前後の減少幅が続くかどうかが、市場全体の底を測る目安になる。
一方でプラス成長を記録したのはASUS(+3.8%)、Google(+1.2%)、Amazon Eeroの3社だけだった。Eeroの具体的な成長率は開示されていないが、この3社に共通するのはメッシュWi-Fiやゲーミングルーターといった高付加価値カテゴリーへの製品ラインの寄せ方だ。ASUSはROGブランドのゲーミングルーター、GoogleはNest Wifiシリーズのメッシュ製品に開発リソースを集中させてきた一方、TP-LinkやXiaomiは主に量販価格帯の製品構成で世界シェアを稼いできたベンダーだ。個別に集計されない中小ベンダーを含む「その他」区分の合計でも10.4%減であり、上位ブランド以外の落ち込みも同様に深刻だ。市場全体が縮む局面で、量から質への転換に成功したベンダーだけが前年を上回った格好だ。
Counterpointも認める要因を、T-Mobileの実例で検証する
Counterpoint Researchのレポートは6%減という数字の背景として、ISP側の動きに言及している。ISPが自社のブロードバンド機器を改善して家庭内ネットワークの主導権を手放さないようにしていること、そしてISPがメッシュWi-Fiシステムの提供を始め、最新のWi-Fi技術への投資を進めていることの2点だ。2021年のコロナ特需の反動減という説明だけでは、2022年から2025年まで4年連続で縮小が続き、Q1 2026もその流れが続いている事実を十分に説明できないが、この2つの要因は反動減とは別の、構造的な縮小圧力を示している。
レポートのこの指摘を具体的な形で裏付けるのが、T-Mobileの動きだ。米国の通信事業者T-Mobileは2025年11月13日、5G Home Internetサービスを3段階のプランに刷新し、月額60ドルのAmplifiedプランと70ドルのAll-Inプランに新型Wi-Fi 7対応ゲートウェイを標準搭載した。70ドルプランにはHuluとParamount+のサブスクリプションまで付属する。1ドル162.4円(2026年7月8日時点)で換算すると月額約9,700円から1万1,370円で、通信料、ゲートウェイ、動画配信をまとめて契約する仕組みだ。この刷新はQ1 2026の出荷データが対象とする直前の四半期にあたる。
この場合、消費者は家電量販店やAmazonでルーターを別途購入する必要がない。TP-LinkやXiaomiが得意としてきた「単体で売れる安価なルーター」という需要そのものが、契約の入り口で吸収されてしまう構図だ。出荷台数の増減だけを見ていると需要そのものが消えたように映るが、実際には購買のチャネルがルーター単体販売からISP契約へ移動したと捉える方が、4年連続という縮小の長さと整合する。T-Mobileは数ある通信事業者の一例に過ぎず、同様のバンドル戦略を採る事業者が増えるほど、ルーター単体市場の底はさらに切り下がっていく。
市場縮小の原因を「需要の消滅」と読むか「販売チャネルの移動」と読むかで、ベンダー側が取るべき対策はまったく違ってくる。前者であれば新製品の投入で反転を狙えるが、後者であればISPとの提携や、ISP標準機では満たせない機能への特化が生き残りの条件になる。ASUS、Google、Eeroの3社が実際に選んだのは後者の道であり、その選択が結果としてQ1 2026の数字に表れている。
メッシュとゲーミングだけが縮小に逆行する理由
ASUS、Google、Eeroの3社が伸びた背景には、メッシュWi-Fiとゲーミングルーターという2カテゴリーが、ISPの標準的なバンドルでは十分にカバーしきれない領域にあるという事情がある。ただし完全に手つかずの聖域というわけではない。T-MobileのAll-Inプランには実際にWi-Fi 7対応のメッシュ中継機が1台含まれており、Counterpoint Researchのレポートも「ISPがメッシュWi-Fiシステムの提供を始めている」と明記している。それでもASUS、Google、Eeroが優位を保てているのは、T-Mobileが同梱するのがWi-Fi 7メッシュ中継機1台までであるのに対し、サードパーティ製品は住宅の広さに応じて中継機を2台、3台と追加できる柔軟性を持つためだ。
ゲーミングルーターも同様の構図だ。オンライン対戦でのパケットロスや遅延を抑えるため、通信を優先制御するQoS(Quality of Service)機能や、有線ポートの多さ、専用の管理アプリを備える。ISPのゲートウェイはこうした細かい制御機能を持たないことが多く、遅延に敏感なユーザーはISP標準機に満足せず追加購入に踏み切る。つまりこの2カテゴリーは、ISPが「無料で配れるもの」と「有償でも欲しいと思わせるもの」の境界線の外側に立っている。
メッシュ機の中継機同士は、電波で無線通信するか、あるいはLANケーブルでつなぐ有線バックホールという方式で連携する。無線のみで中継機を増やすほど帯域は目減りしていくため、住宅の広さや壁の材質に応じて中継機の台数や配置を調整する必要があり、ここに専門知識と製品ラインの幅が求められる。T-Mobileの例のようにISP標準のゲートウェイは中継機1台までの構成にとどまることが多く、複数台構成を必要とする広い住宅ほどサードパーティ製品の優位は残る。ただしISP各社がメッシュへの投資を強めている以上、この優位は永続的な安全地帯ではなく、じわじわと侵食されつつある境界線だ。
Wi-Fi 8待ちという、もう1つの買い控え要因
2026年後半に投入が見込まれるWi-Fi 8も、この市場の停滞に別の角度から影響を与えている。TP-Linkは自社初のWi-Fi 8対応ルーター「Archer 8」を発表しており、米連邦通信委員会(FCC)の承認待ちという条件付きながら2026年10月の投入を予定している。ただし規格を策定するIEEE(米国電気電子学会)による802.11bn規格そのものの正式承認は2028年9月の見込みで、Archer 8のような先行製品は標準未確定のまま市場に出ることになる。
Network Worldが報じたところでは、Wi-Fi 8は従来世代のような通信速度の大幅な向上を売りにせず、接続の安定性と低遅延を優先する規格として位置づけられている。速度が主戦場だったWi-Fi 6からWi-Fi 7への世代交代とは異なり、体感差が分かりにくい規格転換であるにもかかわらず、規格名が変わるという事実自体が買い替えの判断を鈍らせる。今使っているルーターがまだ動いているなら、正式規格が固まる2028年まで待てばいいという心理が働きやすい。
TP-LinkがArcher 8の発表を急いだこと自体、IEEE標準が固まる前に市場へ先行投入するリスクを承知の上での判断であり、他のベンダーが標準確定まで様子見に回る余地を残す動きでもある。ISPバンドル化で単体購入の必要性そのものが薄れている状況に、規格の過渡期という時間軸の不確実性が重なり、消費者が新規購入を先送りする理由は二重になっている。
日本のルーターはすでに「買わない」が主流だった
T-Mobileのバンドル戦略は米国特有の現象に見えるが、日本の消費者にとってはむしろ馴染み深い仕組みに近い。NTT東西のフレッツ光やauひかり、SoftBank光といった主要な光回線事業者は、以前からONU(光回線終端装置)やWi-Fiルーター機能を持つホームゲートウェイを月額300円台から500円台程度のレンタル料でセット提供してきた。単体でルーターを購入するより低コストで済むため、契約時にこの仕組みをそのまま利用するのが標準的な選択肢になっている。つまり日本の消費者は、米国のISPバンドル化をこれから経験するというより、すでにその形に近いモデルの中で長年暮らしてきたことになる。
この構図から見えるのは、コンシューマー向けWi-Fiルーター市場の主戦場が、契約回線に付属する標準機で満足できない層に絞られていくという流れだ。日本でBUFFALOやIODATAといった国内ベンダーの製品が家電量販店で一定の存在感を保っているのは、集合住宅の隅々まで電波を届けたい、あるいはオンラインゲームの遅延を削りたいという、標準機では満たせない需要が残っているからだ。米国のASUS、Google、Eeroの勝ちパターンと同じ理屈が、すでに日本市場でも先行して機能してきたことになる。
違いがあるとすれば、T-Mobileの月額プランが動画配信のサブスクリプションまで抱き合わせているのに対し、日本の光回線事業者の低額レンタルモデルは通信機能に限定されている点だ。バンドルの範囲が広がるほど、単体でルーターを選ぶ理由はさらに狭い層に絞り込まれていく。Wi-Fi 8の標準化が固まる2028年前後、ISP標準機とニッチ高付加価値機という二極構造がどこまで固定化されるかが、この市場の次の分水嶺になる。