半導体株が急騰するたびに「韓国企業はなぜ正当に評価されないのか」という疑問が繰り返し語られてきた。SK hynixは2026年7月10日、NASDAQに上場して265億ドル(約4兆3000億円)を調達し、外国企業による米国史上最大のIPOという記録を打ち立てた。初値は公開価格比14%高となり時価総額は1兆2700億ドルに達したが、株価の高揚と評価の正当化は別物だ。上場のわずか11日前に韓国政府主導の5760億ドル投資計画への参加を表明していたSK hynixは、米国からも新工場建設を迫られており、記録づくめの上場劇の裏で身動きの取れない構図が浮かぶ。

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265億ドル調達で塗り替えたAlibabaの12年記録

SK hynixは2026年7月10日、米NASDAQ市場に仮ティッカーSKHYVで上場した。177.9百万ADS(米国預託証券、普通株換算で1779万株相当、比率10対1)を1株149ドルで発行し、調達額は265億ドル(KRW40兆230億ウォン)に達した。取引開始後の初値は170ドルとなり、公開価格比で14%高い水準で取引された。オファー株数に対する需要は7倍を超えたと報じられている。

この調達額は、2014年にAlibabaが打ち立てた250億ドルの記録を約15億ドル上回り、外国企業による米国史上最大のIPOとなった。Alibabaの記録は12年間破られなかった。半導体メーカー単体がこの規模で「外国企業による米国最大IPO」の記録を塗り替えたこと自体が前例のない事態だ。

Bloombergは同社の調達額を約4兆3000億円と伝えている。この265億ドルという金額は、SK hynixが2026年第1四半期にあげた純利益40兆3400億ウォン(約266億ドル、出典:ajupress、信頼度中)とほぼ同水準だ。売上高は前年比ほぼ3倍、営業利益は5倍以上に拡大しており、AI向け高帯域幅メモリ(HBM)の需要がこの成長を牽引した。

世界の企業によるIPO調達額そのものの上位を見ると、2026年6月のSpaceX(750億857億ドル)や2019年のSaudi Aramco(294億ドル)がSK hynixの265億ドルを上回り、全世界を対象にした金額順位ではSK hynixは3位程度にとどまる。それでも「外国企業による米国市場でのIPO」という条件に絞れば、SK hynixの記録は今のところ塗り替えられていない。半導体メーカーが単独でこの規模の記録を打ち立てたこと自体が、AI関連銘柄への資金流入の大きさを示している。

NVIDIAの供給網でSK hynixが握るHBMシェア56%の重み

HBM(高帯域幅メモリ)は、複数のDRAMチップを垂直に積層し、GPUのすぐそばに配置することで従来のメモリより桁違いに高いデータ転送速度を実現する半導体だ。NVIDIAのAI向けGPUは演算能力そのものよりもメモリとのデータのやり取りが処理速度の律速要因になりやすく、HBMの供給能力がGPU全体の生産計画を左右する構造になっている。SK hynixはこの部品でNVIDIAの主要サプライヤーの地位を築いてきた。

IDCの調査によれば、SK hynixのHBM市場シェアは2026年第1四半期時点で売上高ベースで56.4%と世界首位にある(出典:ajupress、信頼度中)。この数字が意味するのは、HBM市場全体の売上の半分以上がSK hynix1社に集中しているという事実だ。GPU単体の性能が向上しても、主要サプライヤーであるSK hynixのHBM供給が追いつかなければAIサーバーの出荷計画は影響を受ける。

先端HBM市場は現在、SK hynix・SamsungMicronの3社による寡占状態にある。中国CXMTが旧世代のHBM2量産を始めているものの、NVIDIA向けの最先端HBM供給ではこの3社以外に量産能力を持つメーカーは事実上存在せず、AI向けGPUの生産計画はこの3社の設備投資判断に直接連動する構造だ。上場で得た資金力は、SK hynix自身の次世代HBM開発と設備投資余力に直接反映されることになる。

Kwak Noh-Jung CEOは、NASDAQ上場について国際的な知名度を生かし世界の投資家から資本を調達する戦略だと説明している。株式市場からの資金調達は、次世代HBM品への設備投資を加速させる原資になる。AIブームの局面でメモリメーカーが投資家から評価される構図は、従来の半導体サイクルとは異なる力学で動いている。

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時価総額1兆2700億ドルでも消えないPER6倍未満の壁

上場によって時価総額は1兆2700億ドル台に達し、初値は公開価格比14%高となった。この数字だけを見れば、SK hynixの評価は市場から手厚く受け止められたように映る。だがCNBCが報じたIPO価格149ドル時点の予想PER(株価収益率、12ヶ月先行ベース)を見ると、SK hynixは4.8倍にとどまり、競合Micronの6.6倍、半導体業界の予想PER中央値29.84倍を大きく下回る(出典:CNBC、信頼度中)。取引開始後の株価上昇を反映すればこの倍率はやや切り上がるが、それでも業界中央値との差を覆すほどの水準ではない。

この差がどれほどの規模かは単純な計算で確認できる。発行済み株式数から算出したIPO価格149ドルベースの時価総額は約1兆0880億ドルで、これに対応するSK hynix予想PER4.8倍を業界中央値29.84倍に置き換えると倍率差は約6.2倍になる。つまり、投資家がSK hynixを業界中央値並みの倍率で評価するなら、IPO価格ベースの時価総額は単純計算で6兆7700億ドル近くまで膨らむ計算になる。この数字自体が現実的でないことが、逆に評価の乖離の大きさを物語る。

CNBCは今回のNASDAQ上場を「Korea discount」を橋渡しできるかの試金石と位置づけて報じている。上場自体は株価を押し上げたが、投資家がSK hynixの利益成長を業界標準の倍率で評価するようになったとまでは言えない。初値の上昇は需要の強さを示した一方、PERという物差しで見る限り、韓国企業に付きまとってきた評価の壁は上場後も残ったままだ。

メモリ業界全体が需給サイクルの波を受けやすく、構造的に低い倍率で評価されがちな業種であることも事実だ。Micronの予想PERも6.6倍と業界中央値29.84倍を下回る。ただしSK hynixの4.8倍という水準は、そのMicronと比べても一段低い。同じメモリ専業でも韓国企業により厳しい評価がついている構図は、上場前から指摘されてきたKorea discountがそのまま持ち越されたことを示している。

韓国に5760億ドル投資、米国には沈黙する新工場計画

SK hynixがNASDAQで祝賀ムードに包まれるわずか数日前、米商務長官Howard Lutnickは全く逆方向の圧力をかけていた。Lutnickは7月9日、Micronがニューヨーク州Clayの工場で迎えた建設マイルストーン(初めてのコンクリート打設を祝う式典。着工自体は2026年1月)に出席し、SamsungとSK hynixに対しても米国内でのメモリチップ工場建設を要請した。Micronはニューヨーク・アイダホ・バージニアの3州にまたがる米国内投資全体を2035年までに2500億ドル超に拡大する計画を示しており、Clay工場はその中核拠点と位置づけられている。

Lutnickは「Micronの最高経営責任者(CEO)Sanjay Mehrotraは望まないかもしれないが、私は競合のSamsung ElectronicsとSK hynixも米国に呼び込み、ここで工場を建設させたい」と述べ(原文:"Sanjay Mehrotra, the CEO of Micron, may not want this, but I want to bring competitors Samsung Electronics and SK hynix to the United States and have them build chip plants here.")、さらに「Micronが道を切り開けば、他の競合他社もそれを羨み、最終的には追随することになる」とも語った(原文:"Micron is blazing the trail, and other rival companies will envy it and eventually follow.")。米国の半導体政策は、AI向けメモリの生産能力を自国内に確保する方向で圧力を強めており、SK hynixのNASDAQ上場自体がその圧力の材料になり得る。

だがSK hynixとSamsungは、Lutnickの要請に先立つ6月29日、韓国政府主導の総額5760億ドル規模のAI・半導体投資計画への参加をすでに表明していた。両社合計で800兆ウォン(約5180億5200億ドル)を韓国内のチップ拠点に投じる計画で、需要動向と取締役会承認に応じて段階的に実行されるとされる。米国から新工場を求められながら、直前に巨額の投資方針を韓国内に定めた形になる。

SK hynixは実際、インディアナ州West Lafayetteに約38億7000万ドル(公式発表では「約40億ドル」とも表記)を投じるHBM先端パッケージング・研究開発拠点を2026年前半に着工し、2028年後半の稼働開始を計画している。ただしこれはウェハーを製造する前工程の半導体工場ではなく後工程のパッケージング・R&D拠点であり、Lutnickが念頭に置いていたとみられるウェハー製造工場とは投資の性質が異なる可能性がある。

TechCrunch・Korea JoongAng Daily・CNNなど本稿が参照した一連の報道を確認する限り(信頼度:中)、SK hynixとSamsungがLutnickの求める新規のメモリチップ工場建設について、着工時期や投資額を正式に表明したという事実は見当たらない。歓迎の意を示す発言はあっても、具体的な金額や日程を伴うコミットメントは報じられていない。

SEC提出書類(登録届出書F-1)によれば、今回調達した265億ドルの使途はさらに具体的だ。韓国・龍仁のFab 1建設(総事業費31兆ウォンのうち追加投資分26.6兆ウォン≒約174億6000万ドル)、清州のP&T7先端パッケージング拠点(総事業費19兆ウォンのうち追加分18.9兆ウォン≒約124億1000万ドル)、EUV露光装置の取得(11.9兆ウォン≒約78億ドル)に充てると明記されている。これらの追加投資額の合計は調達額を上回り、超過分は営業キャッシュフローや借入で賄う計画とされるが、いずれにせよ米国内工場への配分は使途リストに含まれていない。

既に着工済みのWest Lafayette拠点(パッケージング・R&D)は今回の調達資金とは別枠の投資であり、Lutnickの要求に直接応えるものではない。米国市場で調達した資金の使い道が韓国国内で明確に固まっている一方、米国内工場についての資金的な裏付けは今のところ示されていない。この非対称性こそが、次にSK hynixが問われる論点になる。

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SamsungとMicronが追う背中、2027年サイクル転換という影

SK hynixの56.4%というHBMシェアは盤石に見えるが、業界文脈を見ればSamsungとMicronの追い上げが続いている。Morningstarは、SK hynixの記録的な調達を今回のAI関連株ブームの中で最も注目度の高い上場の一つと位置づける一方、この分野の投資が抱えるリスクにも言及している(出典:Morningstar)。

Morningstarは、AIサーバー向けの旺盛な受注を背景にしたメモリ市場全体の拡大が、2027年から2028年にかけて供給増加や価格決定力の低下を伴うサイクル転換に向かうリスクを指摘している。SK hynixの上場による資金調達が、Samsung・Micronを含む3社の設備投資競争を加速させる可能性があり、需給バランスが崩れれば恩恵を受けたのと同じ企業が反動を受ける構図になりうるという。実際、SK hynixの上場前の時点(2026年7月8日付Morningstar記事)で、Micron・SanDisk・Western Digitalの株価はここ数週間で二桁パーセント下落し、Samsung Electronicsも7月7日の決算発表を受けて7%下落・直近高値からは18%下落していたと報じられている。急拡大した高速資金やレバレッジ型ETFの資金流入が今後巻き戻される場合、市場心理を悪化させかねないとMorningstarは指摘している(出典:Morningstar)。

SK hynixが本当にKorea discountを解消できるかどうかは、株価の値動きよりも実体を伴う投資判断にかかっている。Lutnickが求める新規工場の着工時期と投資額を正式に表明し、それが韓国内の5760億ドル投資公約と両立可能だと市場に示せたとき、初めてPERの壁は動き始めるはずだ。それが示されない限り、記録的な調達額と時価総額は、評価の乖離を覆い隠す数字にとどまる。