化石燃料に依存しないエネルギーシステムの構築は、21世紀の最重要課題である。その切り札として長年研究されてきたのが、太陽光エネルギーを使って水や二酸化炭素から有用な化学物質を合成する「人工光合成」だ。しかし、光エネルギーを化学反応に変換するデバイスの製造には、環境負荷の高い溶媒や莫大な電力を消費する真空装置が欠かせないという矛盾があった。今回、東北大学と北海道大学の研究チームは、水を極限状態に置く「超臨界水熱合成」と、樹脂スタンプで溶媒を吸い取る「プッシュコート法」を組み合わせ、大きさを均一に揃えた酸化ニッケルのナノ結晶からなる還元反応用半導体電極(光カソード)の新しい製造プロセスを確立した。これにより、製造の環境負荷を大幅に抑えつつ、光電流変換効率を従来比で約3倍に引き上げることに成功している。

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グリーン水素の生産を阻む「光カソード」のジレンマ

夏の強い日差しを浴びる植物の葉の中では、光の粒子が水と二酸化炭素に衝突し、ひそかに糖という化学エネルギーが紡ぎ出されている。人類もまた、この精緻なメカニズムに倣い、太陽光のエネルギーを直接水素や有機化合物へと変換する人工光合成の実用化に挑んできた。次世代のクリーンエネルギーとして期待される「グリーン水素」を社会の隅々まで行き渡らせるためには、高効率かつ安価な人工光合成プラントの実現が不可避である。

しかし、その中枢を担う無機デバイスの製造現場では、持続可能性とは相反するジレンマが長年つきまとっていた。光エネルギーを化学反応に利用するシステムにおいて、半導体電極は光を吸収して「電子」と「正孔(ホール)」を生み出す心臓部である。このうち、電子を使って水から水素を発生させたり、二酸化炭素を還元したりする役割を担う電極は「光カソード」と呼ばれる。

p型半導体である酸化ニッケル()は、化学的に極めて安定しており、広いバンドギャップと還元反応を駆動するのに十分なエネルギー準位を持つことから、有望な光カソード材料として古くから注目を集めてきた。だが、半導体としてのポテンシャルを引き出すには、高い結晶性を保ちつつ、電荷の移動を妨げる「隙間」のない均一な薄膜を大面積で作製しなければならない。

これまで、ナノスケールの結晶を溶液に分散させ、それを基板上に並べて薄膜を作る手法としては、遠心力を利用するスピンコート法や、水面に浮かべた粒子をすくい取るラングミュア・シェーファー(LS)法が主流だった。スピンコート法は手軽な反面、回転時に材料の大半が吹き飛んで失われ、膜の厚みにもムラができやすい。一方のLS法は、粒子表面や基板の状態に極端に左右され、粒子同士が凝集して数十から数百 nmに及ぶ巨大な空隙を生み出してしまう。

この隙間は、電子と分離した正孔が電極の裏側へと抜け出す際の「断崖絶壁」となる。正孔がスムーズに移動できなければ、せっかく光を吸収しても電荷は再結合してたちまち消滅してしまう。かといって、隙間のない緻密な膜を作るためにスパッタリングや原子層堆積(ALD)といった真空成膜装置を用いれば、製造コストと莫大な消費電力が跳ね上がり、大面積化の妨げにもなる。高品質な膜と低環境負荷・低コストのプロセスをいかに両立させるかは、半導体材料工学における分厚い壁だった。

水と油が混ざる超臨界の海でナノ結晶を精密に育てる

東北大学多元物質科学研究所の押切友也准教授、中川勝教授らの研究グループと、北海道大学電子科学研究所の松尾保孝教授らの共同研究チームは、このトレードオフを打破するため、全く異なるアプローチを融合させた。その第一段階が、超臨界水熱合成によるナノ結晶の緻密な成長制御である。

水は温度374 ℃、圧力22.1 MPaを超えると、気体と液体の境界が消失した「超臨界状態」に移行する。この極限環境下では金属酸化物の生成反応が爆発的に速く進行し、過飽和状態から一斉に無数の結晶核が誕生する。さらに特筆すべきは、超臨界状態の水は誘電率が著しく低下し、通常は決して交じり合わない有機物(油)とも容易に混合するようになることだ。

研究チームは、400 ℃、約38 MPaという条件下の超臨界水に、ニッケルの原料水溶液とオレイン酸と呼ばれる有機分子を共存させて反応を進行させた。オレイン酸を用いない通常の合成では、成長速度の制御が効かず、多形な酸化ニッケルが混在し、粒径は最大200 nmまで不規則に肥大化してしまう。しかし、オレイン酸を共存させると状況は一変する。超臨界水中に溶け込んだオレイン酸の炭化水素鎖が、生成したばかりの微細な結晶の表面に素早く結合し、さらなる肥大化と粒子同士の凝集を強力に抑え込むのだ。

この結果、副生成物を含まない高い結晶性を保ちながら、粒径が10〜20 nmという極めて均一で小さな酸化ニッケルナノ結晶だけを抽出することに成功した。表面をオレイン酸で覆われたナノ結晶は疎水性を持ち、オクタンなどの有機溶媒中に均一に分散する。沈殿することなく液中に漂うこの「ナノ結晶インク」が、次の革新的な成膜プロセスの鍵となる。

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塗るのではなく「吸い取る」——隙間を密着させるプッシュコート法

粒径の揃ったナノ結晶を手にした研究チームは、これを基板上に敷き詰めるために「プッシュコート法」という手法を採用した。これは、高分子や有機分子の薄膜作製で近年注目されている技術である。透明導電膜がコーティングされたガラス基板上に、酸化ニッケルナノ結晶の分散液をわずか一滴落とし、上からポリジメチルシロキサン(PDMS)と呼ばれる透明なシリコーン樹脂の平板をスタンプのように押し当てる。

ここから先は、微小空間の物理法則が働く。PDMSは疎水性(油を吸いやすい性質)を持っている。基板と樹脂板に挟まれた極薄の空間に分散液が閉じ込められると、余分な有機溶媒(オクタン)は毛細管現象によって横方向へ静かに引き抜かれると同時に、PDMSの内部へと吸収されていく。

スピンコート法のように溶媒を激しく気化させる手法では、液体の対流によってナノ結晶が不規則にかき混ぜられ、表面が波打ってしまう。しかしプッシュコート法では、溶媒が「吸い取られる」ことで対流が抑制され、ナノ結晶が基板上に静かに、そして緻密に沈降していく。材料のロスは最小限に抑えられ、有害な溶媒の揮発も防ぐことができる。

測定項目 従来法(LS法) 新手法(プッシュコート法)
膜の表面粗さ 90 nm 37 nm
粒子間空隙のサイズ 数十〜数百 nm 100 nm未満に抑制
光電流変換効率 基準値 従来比 約3倍

断面の電子顕微鏡観察は、この手法の優位性を明確に示していた。従来の手法で作った膜が穴だらけのスポンジのような構造だったのに対し、プッシュコート法で形成された膜は二次粒子同士が密接に接合していた。表面の凹凸(粗さ)も90 nmから37 nmへと半分以下に平滑化されていた。

超臨界水熱合成とNiOナノ結晶膜
従来法(ラングミュア・シェーファー法)とプッシュコート法で作製した薄膜の断面電子顕微鏡写真。従来法では数百ナノメートルに及ぶ巨大な空隙が正孔の移動を阻んでいたが、プッシュコート法では粒子同士が密着し、電流の通り道が確保されている。(Credit: Tomoya Oshikiri, et al., Nanoscale Advances (2026). DOI: 10.1039/D6NA00165C)

隙間が埋まったことで、光を照射した際の振る舞いも劇的に変化した。波長330 nmの紫外光を照射し、光の粒子がどれだけ電流に変換されたかを示す「入射光電流変換効率(IPCE)」を測定したところ、プッシュコート法で作製した光カソードは従来法の約3倍の値を記録した。光によって生じた正孔が、途切れることなく電極の裏側へと抜け出せるようになったためである。また、この電極は少なくとも24時間にわたって安定した光電流を出力し続けることが確認された。

予測可能な半導体の実現と、社会実装へのインパクト

研究チームはさらに、分散液中の酸化ニッケル濃度(1〜10 wt%)とオレイン酸の濃度比率を調整することで、光カソードの膜厚を約100 nmから500 nmの間で自在にコントロールできることを実証した。

特筆すべきは、被覆率を考慮して規格化した光電流変換効率が、膜厚に対して綺麗な反比例関係を示すことだ。これは、薄膜が部分的な欠陥やムラを持たず、全体が単一の均質な電気抵抗体として規則的に振る舞っていることを意味している。つまり、用途に合わせてデバイスの光吸収量や電気抵抗を計算し、自由自在に設計に組み込める「予測可能な半導体」が完成したということである。

さらに、正孔の移動を極限まで高めるための検証も行われた。プッシュコート法で作製した膜に、ALD法を用いて気体状のニッケル原料を流し込み、わずかに残ったナノスケールの空隙を酸化ニッケルで完全に塞ぐ実験を行った。結果として、空隙を埋めれば埋めるほど変換効率は明確に上昇した。粒子と粒子の接点を増やし、電荷の通り道を太くすることが、人工光合成デバイスの性能を引き上げる絶対条件であることが改めて証明された。

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超臨界水熱合成とプッシュコート法を組み合わせた酸化ニッケル半導体薄膜の製造プロセス。オレイン酸で表面を保護された粒径の揃ったナノ結晶が、スタンプ状の樹脂に溶媒を吸収される過程で隙間なく配列し、光を当てた際に電子と正孔を効率よく分離する。(Credit: Tomoya Oshikiri, et al., Nanoscale Advances (2026). DOI: 10.1039/D6NA00165C)

今回の成果が持つ最大の意義は、その技術的卓越性にとどまらず、産業構造に対する波及効果の大きさにある。現在、高性能な半導体電極の製造は、スパッタリング装置や真空蒸着機など、導入コストが数億〜数十億円規模に上り、稼働に莫大なエネルギーを消費する真空成膜プロセスに依存している。既存のシリコン製太陽電池の製造プロセスにおいても、この初期投資と環境負荷は常に課題となってきた。

対して、今回の超臨界水熱合成とプッシュコート法を組み合わせたアプローチは、高価な真空装置に依存しない「溶液プロセス」である。少量の分散液を滴下して物理的に広げるだけで済むため、材料のロスが劇的に少なく、有害な有機溶媒の大量廃棄も防ぐことができる。これは、将来の巨大な人工光合成プラントを建設するにあたり、電極の製造コストを桁違いに押し下げる可能性を秘めている。設備投資のハードルが下がれば、エネルギーインフラにおけるグリーン水素生産プラントの普及シナリオは大きく前倒しされるだろう。

残された課題もある。さらなる性能向上に向けては、ナノ結晶合成法の改良によりバンド構造そのものをチューニングすることや、ALD法のような後処理に頼らずとも、溶液プロセス単独で究極の緻密な膜を自己組織化させることが求められる。また、今回実証された酸化ニッケルの高品位な薄膜化技術は、人工光合成の枠を超え、次世代のp型透明導電層や高感度な光センサーなど、多様なオプトエレクトロニクスデバイスの基盤技術としても応用が期待される。

大量のエネルギーを消費してクリーンエネルギー製造装置を作るという自己矛盾からの脱却。水と光から無尽蔵のエネルギーを取り出す未来の工場は、極限状態の水が育んだ微小な結晶と、それを静かに定着させる樹脂スタンプという、シンプルで環境に優しいプロセスの組み合わせから形作られていくはずだ。