人類が太陽光からエネルギーを取り出す試みは、長らく一つの絶対的なルールに支配されてきた。異なる性質を持つ二つの半導体を貼り合わせる「$p-n$接合」である。光エネルギーを受けた電子が、接合部に作られた見えない坂道(電位差)を転がり落ちることで電流が生まれる。この古典的なメカニズムは現代のシリコン太陽電池の根幹をなし、巨大な産業を築き上げてきた。電子が素材の中を移動する際、不純物や原子の振動にぶつかる「散乱」によってエネルギーを失ってしまうという物理的な宿命を抱えながらも、工学的な改良によって限界まで効率が高められてきた歴史がある。

しかし現在、シリコンに代わる次世代の覇者として「ハライドペロブスカイト」と呼ばれる結晶群が激しい開発競争の的となっている。製造コストが低く、薄く曲がるうえに変換効率も極めて高い。建物の壁面や車の屋根など、あらゆる場所を無尽蔵の発電所に変えるポテンシャルを秘めており、世界中の企業が量産化に向けてしのぎを削っている。

その輝かしい未来の前に立ちはだかっているのが、最高性能を叩き出すペロブスカイト材料の骨格に深く組み込まれた「鉛(Pb)」という重金属の存在である。人体や環境に対して高い毒性を持つ鉛は、特に欧州を中心とする厳格な環境規制の壁に直面している。鉛をスズやゲルマニウムに置き換える試みは世界中で進められているものの、構造の不安定さや結晶欠陥の多さが原因となり、本来の性能を引き出すことは極めて困難であった。欠陥の多い素材では、前述した「散乱」によるエネルギーロスが顕著に現れ、実用化の道は険しいものと思われていた。

理化学研究所東北大学東京大学、そして住友化学による共同研究グループは、この難題に対して全く異なる次元からの回答を提示した。電子を粒子として坂道に転がす古典的な手法を捨て去り、電子の「波」としての形を操作して空間的な位置を瞬時にジャンプさせる量子力学的なアプローチである。

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古典的パラダイムの限界を破る「空間の歪み」への着目

ペロブスカイトとは、特定の原子配列を持つ結晶構造の総称である。ジャングルジムのような無機物の骨格の中に別の原子がすっぽりと収まった形をしており、この骨格を構成する元素の組み合わせによって、絶縁体から超伝導体まで千差万別の性質を示す。光を効率よく吸収し、電気に変換する能力に長けているのが、ハロゲン元素を含むハライドペロブスカイトだ。

前述の通り、現在主流の素材は鉛の存在を前提としている。共同研究グループは、鉛フリー材料としてゲルマニウムを用いたペロブスカイトに活路を見出した。環境調和性の観点から理想的であると同時に、もう一つの極めて魅力的な物理的特性を秘めているからだ。それが「強誘電性」である。

強誘電体とは、外部から電圧をかけなくても物質の内部でプラスとマイナスの電荷が偏り(分極)、その向きを電圧で反転させることができる物質を指す。結晶構造をミクロに見ると、ジャングルジムの中心に位置する原子が、本来あるべきど真ん中の座標からわずかにずれた位置で固定されている。この原子の「中心からのズレ」によって、右から見る景色と左から見る景色が異なる状態、すなわち「空間反転対称性の破れ」が生じる。

この空間の非対称性こそが、新しい光電変換の舞台となる。対称性が破れた結晶の中では、光のエネルギーを吸収した電子が、過去の常識を覆す振る舞いを見せる。

量子幾何学が仕掛けるトリック。「シフト電流」という瞬間移動

空間反転対称性が破れた物質に光を当てると、従来の$p-n$接合による坂道(電場)がなくても、特定の方向に一斉に電流が流れる。この特異な現象は「シフト電流」と呼ばれている。

シフト電流のメカニズムを直感的に理解するには、電子を小さなパチンコ玉ではなく、広がりを持った「波(波動関数)」として捉え直す必要がある。電子の波は、結晶という周期的な舞台の中を運動する際、単なる波打ちにとどまらず、数学的な「形」や「ねじれ」を持っている。これを物理学では「量子幾何学効果」と呼ぶ。

光の粒子(光子)が結晶に飛び込み、電子がそのエネルギーを吸収して高いエネルギー状態(励起状態)へとジャンプする瞬間、この電子の波の「形」が急激に変化する。この波の形状変化に伴い、電子が存在する確率の中心(重心)が、実空間において隣の座標へと瞬時に「シフト(移動)」する。

通常の電流が、傾斜を下る川の流れだとすれば、シフト電流は光を合図にしてバケツの水を隣のバケツへと瞬間移動させるバケツリレーに近い。空間そのものを飛び越えるように移動するため、途中に存在する不純物や欠陥に衝突してエネルギーを失う「散乱」の影響を極めて受けにくい。さらに、電場による物理的な移動を待つ必要がないため、応答速度がピコ秒(1兆分の1秒)レベルという超高速性を誇る。

ゲルマニウム系ハライドペロブスカイトの一つであるヨウ化ゲルマニウムセシウム()は、大きな強誘電分極と、太陽光の吸収に最適なバンドギャップ(電子が存在できないエネルギーの隙間)を併せ持つ。理論上、巨大なシフト電流を発生させる条件を完璧に満たしていた。長らく研究者たちを悩ませてきた唯一の障壁は、誰もその純粋な結晶を作れなかったという現実である。

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真空のキャンバスに原子を描く。日本の産学連携が生んだ極致

は従来の溶液を塗布する化学的な手法では、結晶の並びが乱れやすく、均一で高品質な薄膜を作ることが難しい。結晶の中に欠陥や不純物が多ければ、量子的な波の性質はかき消され、精緻なシフト電流の観測は不可能になる。この素材を合成する難しさが、世界中の研究機関を遠ざけてきた要因であった。

共同研究グループは、この物質的障壁を打破するため、「分子線エピタキシー(MBE: Molecular Beam Epitaxy)」という手法を選択した。これは、宇宙空間に匹敵する超高真空のチャンバー内で、構成元素を加熱して気化させ、分子のビームとして基板に吹き付ける技術である。極めて清浄な環境下で、基板の結晶構造を下敷きにしながら、原子を一層ずつ整然と積み上げていく。

ここで決定的な鍵を握ったのが、日本が長年培ってきた材料科学のエコシステムと、異分野の専門家を結集させた産学連携の枠組みである。理化学研究所、東京大学、東北大学のアカデミアが持つ極限状態での量子物理学の知見と、住友化学という素材メーカーが持つ材料制御の実践的なノウハウが、「最先端研究プラットフォーム連携(TRIP)」事業の下で高度に融合した。

結果として、世界でも数少ないハライド薄膜の成長に最適化したMBE装置の独自開発に至る。フッ化バリウム()の基板上に、成分を精密にコントロールしながら供給することで、結晶方位が完全に揃った厚さ約 70 nm 高品質エピタキシャル薄膜を世界で初めて作製することに成功したのである。大気中の水分などから保護するため、表面をフッ化鉛()で極薄くコーティングする念の入れようである。

完璧な舞台は整った。次に証明すべきは、この薄膜が理論通りの光応答を示すかどうかである。

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  • (A) 超高真空中での分子線エピタキシー法による薄膜作製のイメージ。(B) 電流測定のための積層構造。基板の上に を成長させ、表面を保護層と金(Au)電極で挟み込んでいる。(C) 外部から電圧をかけない状態で光を照射した際の光電流のエネルギー依存性。上図の実験データと下図の理論計算(第一原理計算)が、特定のエネルギーでの「符号反転」を含め見事に一致している。(Credit: Koma Miki, Masao Nakamura, Asahi Yamada, Gurvan Bosser, Kiyohiro Adachi, Daisuke Hashizume, Naoki Ogawa, Satoshi Okamoto, Yoshinori Tokura, Masashi Kawasaki, Proceedings of the National Academy of Sciences (2026). DOI: 10.1073/pnas.2602252123)*

可視光を支配する「符号反転」と一桁の跳躍

薄膜に電極を取り付け、外部から一切の電圧(バイアス)をかけない状態で可視光を照射する実験が行われた。もし発生する電流が、電極との接合部で生じる単なる局所的な電場によるものであれば、照射する光の波長(エネルギー)を変えても、電流の流れる方向は変わらない。

しかし、観測されたデータは全く異なる物理現象を提示した。

照射する光子エネルギーを変化させると、光電流は のバンドギャップである 1.6 eV 付近から明確に立ち上がった。そしてエネルギーをさらに上げていくと、2.9 eV 付近で突如として電流の符号がプラスからマイナスへと反転し、逆方向に流れ始めたのである。その後、3.0 eV 付近でマイナス方向の強いピークを示した。

この特異な「符号の反転」こそが、観測された現象が不純物や局所的な電場によるものではなく、物質の固有の性質である「シフト電流」に由来することの決定的な裏付けとなった。量子力学の基本原理のみを用いて物質の性質を導き出す「第一原理計算」によって予測されたシフト電流のスペクトル形状と、実験結果は恐ろしいほどの精度で一致した。

さらに、外部から電場を加えて結晶内部の「強誘電分極」の向きを意図的に反転させると、光電流の流れる向きも可逆的に反転することが確認された。光電流の発生源が、結晶の空間反転対称性の破れと完全に結びついていることが実証された瞬間である。

既存技術との比較:次世代光電変換材料の相対評価

この発見がどれほどのインパクトを持つのか。今回観測された のシフト電流の発生効率(性能指数:Glass係数)を、これまでに報告されている他の代表的な材料と比較すると、その特異性が際立つ。

比較対象 発電の主要メカニズム 必須となる構造 環境負荷・毒性 光電流性能(可視光域でのGlass係数)
従来のシリコン/ハライドペロブスカイト 古典的なキャリアのドリフト $p-n$ 接合が必要 鉛を含む場合は高い(ペロブスカイト) (シフト電流に基づく評価対象外)
従来の代表的な強誘電体 など) シフト電流(量子幾何学効果) 不要(単一材料で可) 低い 低~中(紫外光領域に偏りがち)
本研究の 薄膜 シフト電流(量子幾何学効果) 不要(単一材料で可) 低い(鉛フリー) 従来物質を1桁以上上回る巨大応答

既存の強誘電体(チタン酸バリウムなど)は、絶縁体としての性質が強く、太陽光の大部分を占める可視光をうまく吸収できない。一方、 は可視光を効果的に吸収し、さらに発生した光電流の性能指数が、既報の物質を1桁(10倍)以上も上回るという圧倒的な数値を記録したのである。

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覇権を握る次世代オプトエレクトロニクスの未踏峰へ

本研究は、鉛を使わない環境調和型の素材という持続可能性の課題と、量子幾何学に基づく散乱フリーの光電変換という物理学の理想を、分子線エピタキシーという極限の結晶成長技術によって一つの薄膜の中に統合した金字塔である。

この成果がもたらす産業界への影響は計り知れない。現在の太陽光パネル市場は、巨大な資本力を背景にした海外メーカーによる価格競争の渦中にある。日本がこの市場で再び主導権を握るためには、既存技術の延長線上にはない「非連続なイノベーション」が求められる。毒性を持つ鉛の使用を回避しながら、従来の性能を大きく上回る可能性を示した本研究は、次世代ペロブスカイト市場におけるゲームチェンジャーとなる潜在能力を秘めている。

社会実装に向けては未検証の課題も残されている。シフト電流は結晶の対称性に強く依存するため、薄膜内部の微小な「歪み(ひずみ)」や、分極の向きが揃った領域(強誘電ドメイン)の微細構造が、巨視的な電流にどのような影響を与えるかは完全には解明されていない。今後の研究において、これらのドメイン構造をナノスケールで精密に制御する技術が確立されれば、光電流のさらなる増強や、外部電場による自在なスイッチングが可能になる。

シフト電流が切り拓く領域は、環境調和型の太陽電池という枠組みを超え、新たな通信インフラの基盤技術へと広がる。散乱に依存せずピコ秒で発生する光起電力は、6G以降の次世代高速通信における超高速光検出器や、いまだ未開拓の電磁波領域であるテラヘルツ帯を用いたセンシングデバイスへの応用を強く予感させる。自動運転の高精度レーダーから大容量の空間通信まで、次世代のオプトエレクトロニクスが求める「圧倒的な応答速度」を、この無毒な結晶が担う日は遠くない。

傾斜を転がり落ちる電子の時代から、空間をシフトする波の時代へ。日本の産学連携が生み出した極薄のペロブスカイトが見せる新たな量子現象は、光と電気の関わりを根本から書き換えようとしている。